メリーさんと男女7人夏物語(遭難ですか?ソーナンス!編)
寝ぐらにしている洞穴の外を見るとまだ激しく横殴りの雨が降り続いていて、嵐が止むのはまだまだ先のことのようだ。これで二日この調子だ。そろそろ雨が降り止んでもらわないと島の探索に行くことも難しい。
「どうですか木内さん?」
洞穴の奥の方から戻ってこない俺が気になったのだろう、メリーさんが心配そうな顔を覗かせた。いつも綺麗にしている髪や着ているTシャツは砂や泥で薄汚れていて、いつも元気ハツラツなその顔にも疲労の色が滲んでいた。
「まだ外に出るのは難しそうだ。ここは危ないから奥に戻ろう」
メリーさんが雨に濡れないように奥へと促す。もう一度振り返ってみるが、外の景色が変わることはまだなさそうだった。
俺たちがこの誰もいない無人島の洞穴を拠点に生活を始めて今日で一週間が経つ。そもそも俺たちがこんなことになってるのにはちょっとした理由がある。
一週間前メリーさんの創り上げた砂浜へとやってきた俺は海の家で少しの休息をとったあと、メリーさんと二人でいろんな遊びをした。それこそビーチバレーをしたり、スイカ割りをしたり、砂の城を作ったりと色々だ。
そんな中、メリーさんが「せっかく海に来たんですし、海に行きましょう!」と言い出した。泳げない俺は出来ることなら遠慮したかったが、わざわざここまで用意してくれたメリーさんに悪いというのもあって素直に泳げないことを白状した。するとどこからかボートを用意すると「これに乗って海を楽しみましょう」となった。
用意されたボートは全自動で勝手に操縦してくれるとかいう代物で道中の心配はいらなかった。というより某ネコ型ロボットのひみつ道具みたいだなぁとぼんやりしていると、せっかくだから釣りでもしましょうということで二人揃って糸を垂らしてみることに。さすがに用意された釣竿は普通のもので糸を垂らしていたら勝手に釣れるなんて都合のいいものじゃなかった。なので俺もメリーさんも釣りはやったことがなかったせいもあって釣果はさっぱりだった。それでも夏を満喫していると思えたから結果オーライだ。
釣りを楽しんだ後にボートの上でまったり日光浴していると、近くのほうに島が見えた。こんなものまで用意してたのかと感心していると、どうやらメリーさんは身に覚えがないという。でも面白そう! ということで島の探索をしてみることに。……しかしこれが全ての始まりだった。
俺たちがたどり着いた島はいかにも無人島といった雰囲気を醸し出していた。砂浜からすぐに森が見えた。木々が生い茂る向こう側は数メートル先に何があるのか全く見えない。周囲を見渡すと砂浜と森が並走するようにどこまでも続いていた。ボートの上から見た感じではそれほど大きい島には見えなかったが、思った以上に全体は広いのかもしれない。
「見た目より大きそうですねこの島」
俺の横でメリーさんが辺りを見回しながら呟く。
「なぁ本当にこの島は創ってないのか?」
「創ってないかと聞かれるとちょっと自信がないです。海の家でもお話ししましたが、この空間を創るのに結構な力を使ったのでもしかしたらその力の勢いが余ってこのようなわたしですら知らない島が生まれてしまったのかもしれないです」
砂浜の砂の感触を確かめるようにメリーさんは砂を掬っていた。相変わらずとんでもないことをサラッと言ってのけるメリーさんだったが、それなりに付き合いが生まれるともうその程度では驚かなかった。……なんだか俺も毒されてるなぁ。
「ってことは、知らない間に創られたかもしれないこの島はメリーさんでもどんな風になってるのかわからないってことか?」
「そうなりますね。といってもそもそもこの世界はどんなことがあっても木内さんに危害が及ばないようになっているので心配はいりませんよ。それになにかあってもわたしがちゃんと管理していますのでご安心を!」
エッヘン! と自慢するように胸を張るメリーさん。そこまでちゃんと俺のことを考えてくれていたことに嬉しさとちょっとした気恥ずかしさを感じていた。
「ところでせっかくですしちょっと探検でもしてみませんか?」
「それもそうだな。普通に生活してたら一生こんな所に来ることなんてないだろうし」
メリーさんが近くに落ちていた木の枝を拾って振り回していた。どうやらこんな非現実的な状況にワクワクしているのはなにも俺だけじゃないらしい。その証拠にメリーさんのポニーテールが左右にピョコピョコと揺れていた。
急拵えの探検隊で隊員はわずか二人。意気揚々と進む隊長の後ろを俺は見失わないように着いていく。砂浜から森の中を進む。こういった島には野生動物がたくさんいるように思っていたが、やはり創られた島だからなのか、動物の姿はおろか鳴き声さえ聞こえてこない。森の中を進んでいくと途中に川があった。川沿いに沿って歩いていくとちょっとした高さの滝があり、滝から流れる水が降り注ぐ陽の光に照らされ水飛沫が輝いていた。
「この道から行けそうですよ」
メリーさんが指し示す方向には獣道らしき道が草に隠れていた。見た感じこの道は登山道のようで、この道を進めば滝の上に行けそうだった。
「ほらほらしっかりしてください木内さん」
登山道とはいえ整備された道じゃないからとても歩きにくかった。なのにメリーさんはスタスタと先を進む」
「ちょっと待ってくれ……。足が限界だ……」
「もうなに言ってるんですか。まだまだ若いんですからこの程度でへばっててどうするんですか。ほら手伝ってあげるので行きますよ!」
メリーさんが後ろから俺の背を押す。そういやメリーさんって俺より年上だよな? いくつか知らないけど見た目通り元気なもんだ。
「余計なこと考えなくていいんですよ! それより足を動かしてください!」
背後からお叱りの言葉と一緒に背中に頭突きをされた。ちょっと痛かった……。
メリーさんの助けもあって山道を登り切ると、そこから島全体を見渡すことが出来た。どうやらこの島は三日月のような形をしているようで、カーブの内側に砂浜がありそれを取り囲むように木々が広がっていた。海から見ていても思ったが、周囲には本当に何もない。そもそも俺たちがいた砂浜すらどこにあるかわからない。普通ならそれを怖いと思うはずなのに、今の俺にはそんな思いはなかった。
「綺麗なところですね」
メリーさんが額から流れる汗を拭っていた。
「はー、木内さんを押してたら疲れちゃいました。ちょっと横になりますね」
そう言うとメリーさんは束ねていた髪を解き、芝生の上で大きく大の字になって寝転んでしまった。
メリーさんの長い髪が大きく広がる。金色の絨毯に寝転ぶ、俺はそんな彼女に自然と見惚れていた。
人の気配が一切ないこの島で俺とメリーさんの二人っきり。この状況があまりにも現実離れしすぎて、遠くに浮かぶ雲と柔らかな日差しの降り注ぐここはまるで楽園なのかもしれないと一人で思っていた。
「楽園のようなところですね」
俺の心の声が聞こえたのか、メリーさんは地面に寝転びながら言う。「木内さんもどうですか? 気持ちいいですよ」俺も言われた通り横になる。
丘の上の芝生の上で横になると、通り過ぎる海風が火照った体を冷やしてくれた。風の音と揺れる草の騒めく音だけが聞こえる。それ以外一切の音がない。
「ねー、木内さん」
「なんだー?」
「ずーっとここにいたいですねー」
ふと首を横に向けるとメリーさんと目があった。その青い瞳は微笑んでいるのにどこか真剣味があった。
俺は目を逸らす。
「ずーっとなんていられないだろ。仕事とかどうするんだ?」
「こんな時くらい仕事のことなんて忘れちゃいましょうよ。空に浮かぶ雲のように流れるままでもいいじゃないですか」
「ずいぶん楽観的だな」
とはいえメリーさんの言う通りずっとここにいてもいい気がしてきた。現実も仕事も何もかも忘れてただこうやってのんびりと過ごす。そんな生き方も悪くないかもしれない。
「もう少し年とったら考えてみるか」
「年とったらっていつになるんですか」
「さぁな。いつになるかな」
「その頃にはわたしお婆ちゃんになっちゃいますよ」
「お前は何年経ってもそのままだろうが」
「それもそうでした。でも……」
メリーさんが言葉を詰まらせる。横目で見る。
「最近は木内さんと一緒に年をとりたいって思いますよ」
「……そうか」
今度は俺が言葉を詰まらせる番だった。本当なら俺が死ぬまで一緒にいるつもりか? と軽口でも叩いてやろうかと思ったが、よくよく考えたらそれはそれでどうなんだ? と思ったらその先が出なかった。
このままだと変な雰囲気になりそうだったので、それを打ち破るように起き上がる。
「結構な時間経ったしそろそろ戻るか」
俺が促すと渋々といった風にメリーさんはゆっくりと起き上がった。
ただ戻るといってもまたあの道を通るのか……と思うと少し気が重かった。
「……おいマジか」
どうにか砂浜に戻ってきた俺たちはそこで見た光景に言葉を失くしていた。
砂浜に停めてあったボートが知らぬ間に沖まで流されていた。あれ? どうやって帰るんだ俺たち?
「だ、大丈夫ですよ木内さん! この世界はわたしが創り上げたものですから変なことは起きませんって! それに木内さんも知ってるじゃないですか。わたしたちメリーさんの小部屋はどこからでも出ることが出来るってほら!」
そう言っていつもの通りなにもない空中に向かって手を差し出す。……しかしなにも起きなかった。
「あれ? おかしいですね。ではもう一回とりゃ!」
しかしなにも起きなかった。
「あ、あはは、おっかしいなー。今日はちょっと調子が悪いみたいですね。でも今度こそ! えい!」
しかしなにも起きなかった。
「…………」
差し出す。
なにも起きなかった。
差し出す。
なにも起きない。
差し出す。
なにも(以下略)
「……ど」
「ど?」
「ど、どどど、どうしましょう木内さん! ドアが! ドアが出てきません!」
「……うんわかってた」
「い、いや、ここで諦めるのはメリーさんとしての名折れ。こうなったらなんとしてでもここから出てみせますよ! えい!」
なんかつい最近も同じようなことあったなぁ、と、ついしみじみしてしまった。そんな横でメリーさんが色んなポーズを決めながら現れることのないドアを出そうと必死になっていた。
十分後……。
「……はぁ、はぁ、はぁ、……木内さん。一つ残念なお知らせがございます」
「……なんでしょうか」
「……どうやらわたしたち遭難したみたいです」
「……ソーナンスね」
というのが一週間前の出来事だった。
遭難したという事実がハッキリとしたところで最初に取りかかったのは寝床の確保だった。これはすぐに見つかった。俺たちが最初に訪れた砂浜から少し歩いたところに結構な大きさの洞穴があった。奥行きもそれなりにあるようで、寝床の心配はすぐに消えた。
次に水と食糧の問題だが、これも幸いなことにすぐにクリアー出来た。ただ食糧といってもヤシの実などの果実類しかなく、海がすぐそばにあるのに魚が全くいなかったのはここが創られた世界だからなのだろう。欲を言えば魚なども食べたかったがそれでもないよりはマシだった。
一番の問題はどうやってここから出るかだった。なにせここはメリーさんが創った世界だから俺たち以外の人間はいない。ついでに俺たちがここにいることを誰も知らない。仮になにかしらのきっかけで俺たちが現実世界にいないと気づかれるにしても、この世界の一年が外の世界の一日に該当するわけだからもし一週間ほど経って気づいてもらえるにしても俺たちはこの中で七年間過ごさないといけなくなる。ということは助けが来る可能性はほぼゼロみたいなものだ。
ちなみにメリーさんいわく、一つだけ助かる方法があるそうだ。それは俺たちが一番最初にいた海の家のある砂浜まで戻る事。海の家にはこの世界に出入りするための扉が設置してあるそうで、そこから出られるそうだ。ただそれにしたって自力で砂浜まで戻る必要があるし、どこになにがある状況かわからない中無闇に動くこともできない。つまりここから出ることは出来ないのとほとんど変わりはなかった。
それに何よりの誤算、これはメリーさんが言ってたことだったが、天気が大荒れになったことだ。基本的にこの小部屋内では俺に危害が及ぶことはないと話していた。それは天気にも適用されるようで本来ならば天気が悪くなることはないように設定されているそうなのだが、それが只今絶賛大嵐。こんなことになるとは思ってもみなかったそうだ。これも力を使いすぎた影響かもしれないとのこと。
しばらくこの洞穴から出なくても大丈夫なくらいの食糧は確保してあるものの、ジッとしているのもどこか落ち着かなかった。
バタバタと横殴りの雨が岩肌に打ちつけられる。洞穴の奥にはまだ作り初めのイカダが転がっていた。
「ここに来たことを後悔してますか?」
メリーさんが備蓄してある食糧のバナナを手に問いかけてくる。バナナを受け取りながら俺はなんて答えるか思案していた。
「別に。それどころかたまにはこんな非日常も悪くないと思ってたところだ」
ややおどけた風に言いながらバナナの皮を剥いた。
「……でもわたしがこんな世界創らなかったら木内さんをこんな目に遭わせることはなかったはずです。本当にごめんなさい」
「謝るなよ。それにここに来たいって言ったのは俺だ。メリーさんだけのせいじゃない」
ほらもう一本食べようぜ。俺は奥からバナナを一房持ってきてメリーさんの前に置く。
「にしてもバナナだけじゃさすがに飽きてくるな」
「じゃあ元の世界に戻ったらなにが食べたいですか?」
「やっぱり唐揚げかな。メリーさんの作った唐揚げが食べたい」
「ホント木内さんそればっかりですよね。他にも色んなものをリクエストしてくれてもいいんですよ? オムライスとか。今ならケチャップでハート描いちゃいますよ」
「マジか。課長あたりが喜びそうだ」
「……どうしてそこで課長さんが出てくるんですか」
メリーさんがうげーとゲンナリした顔で二本目のバナナに手を伸ばしていた。
「ま、無事に戻れるまでにはなに作ってもらうか考えておくよ」
それがいつになるかはまだわからないが、戻ったら腹一杯唐揚げを注文しようと決めた。
「ところでずっと気になってたんですけど、この『男女7人夏物語』ってタイトルどういう意味なんでしょうか?」
「どうせロクでもない理由だと思うぞ」
「ふふふ、それはどうでしょう?」
「ちょっと! まだ出番じゃないわよ!」
「……なんか騒がしくなってきそうだ」
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