メリーさんと男女7人夏物語(ひと夏のアバンチュール編)

「木内さん、海に行きたくないですか?」


 なんてことのないいつもの週末、メリーさんの作り上げた小部屋の中にあるソファーに寝そべりながらくつろいでいると、唐突に本当に唐突にメリーさんがそんな事を言い出した。


「どうした急に」


 俺が寝転びながら眺めていたスマホから目を外す。


「以前から思っていたんですが、こういった日常を売りにした作品って必ず海に行ったりプールに行ったりするじゃないですか。なのに我々は海に行ったりセミ捕まえたり花火したりとかしてないなーと思いまして。それにせっかくこうやってお知り合いになれたんですからもう少しくらいお互いの親密度を上げるイベントのようなものがあってもバチは当たらないんじゃないかと思った次第です。はい」


 いたって真面目な面持ちでメリーさんはズズズーと紅茶を啜っていた。果たして突然のメタ発言はたしてどうしたものかと次の一手を考てみる。まぁいい案なんて出ないわけなんだけど。


 よっこらしょっと体を起こしてメリーさんのいるテーブルの向かいの席に座る。


「海に行きたいならアンジェたちと行って来ればいいだろ。セミは一週間しか生きられない可哀想な生き物だから捕まえるのはやめて差し上げろ。あとこのあたりで花火やると苦情くるからそれも遠慮してくれ。ちなみに社会人というのは海に行く時間があるなら家で寝てたい人種だ。それにもう夏も終わりだっていうのに今さら海に行くのもなー」


 椅子に座るとメリーさんが自分も飲んでいる紅茶を俺に用意してくれた。少し温くなったそれを啜りながら、悪態をついてみる。すると案の定「もう、なんでそんなこと言うんですか!」とメリーさんはプンスカしていた。


「木内さんだってまだ若いんですから、そんな疲れきった休日のお父さんみたいなこと言ってないでせっかくの休みなんですから外に出て遊びましょうよー」

「んなこと言ったって、今の若者なんて家でごろごろしながら空から百万円降ってこないかなぁとか思ってるような奴ばっかりだぞ。そんな奴に期待するだけ無駄だ」


 諦めろという気持ちを全面に押し出しながらキッパリと断る。ちなみにどうしてそこまで頑なに嫌がってるかというと単に俺が泳げないだけなんだが、それを言うと馬鹿にされそうなので敢えて言わないようにしている。


 と、そこまで言っておきながらさすがに言いすぎたか? と思いながら紅茶を啜るフリをしながらメリーさんの方を見る。思った通り俺が素直に首を縦に振らないからかぐぬぬ……と口元を結んでいた。


「……仕方ないですね。わかりました。では木内さん抜きで海に行くことにします。アンジェやユキちゃん、シエルも誘いましょうか。あ、もしかしたら海でナンパとかされちゃうかもしれませんね。そうなったら断れるでしょうか? まぁ一夏のアバンチュールってのも悪くないかもしれませんね。いやー、今から楽しみです。もう今から連れていってくれ! って言ったって知りませんからね」


 メリーさんがずいぶん早口で捲し立てるように言う。大方、俺を煽るための文句なんだろうけど、しかしメリーさんの言う通りナンパしてくる男は絶対にいるだろう。まかり間違っても見た目だけならかなりの美少女だ。海に来るような男ども放っておくはずがない。けど、きっとメリーさんのことだからちゃんとうまくいなすことが出来ると思う。……思うけど、もし……もしもだ。メリーさんが変な輩に絡まれたりしたらと思うと俺は胸にざわつきを感じていた。


「あー楽しみだなー。今年最後にいい思い出たっくさん作りたいですねー」

「……」


 チラチラとこちらをうかがう視線を送ってくるメリーさん。ここで反応してしまったらアイツの思う壺だ。けど認めたくない、認めたくないけど心配なのも事実。知らぬ間に俺は逃げ場を失おうとしていた。


「さてどうします木内さん?」


 チェックメイト、とでも言いたげに優雅にカップを傾ける。今度は俺がぐぬぬ……と口元を結ぶ羽目になった。


 ……ったく、どうしてこうも面倒なんだろうな俺って奴も。


「……気が向いたらな」

「え? なんですか木内さん?」

「気が向いたらって言ったんだ。勘違いするなよ! これは普段お前には世話になってるからたまにはお前の言うことを聞いてやってもいいかと思っただけだからな! 別にお前が心配とかじゃないからな!」

「またまたー、わたしと一緒に遊びたいなら最初からそういえばいいじゃないですかー」


 ──まったく素直じゃないですね。ま、それはわたしも同じですが。


 ふとメリーさんがなにか呟いた気がしたけど、あまりにも一瞬のことだったので聞き取ることは出来なかった。


 そして次の週末……。


「な、なんじゃこりゃあぁぁぁぁ!」


 マンションのエレベーターの扉の向こう。その向こうは──砂浜でした。


「あ、お帰りなさい木内さん」


 砂浜の向こう側から金髪をポニテに括ったTシャツ姿のメリーさんが駆けてきた。


「あ、え、あ?」

「今日はお早いお帰りでしたね。あ、そうだ。せっかく帰ってこられたことですし、ご飯にします? お風呂にします? そ・れ・と・も・一回泳いできます?」

「泳ぐかぁ!」


 思わず持っていた鞄を砂浜に叩きつけた。



「とりあえず説明を求む」


 海の家を模したというより海の家そのものと言った方がしっくりくるだろう部屋の中、俺は海の家定番の焼きそばとカレーライスとかき氷を前に眉根を押さえていた。


 大体のことは聞かなくてもわかる。大方、メリーさんの使うヘンテコな能力なんだろうけど、まさか砂浜と海を創り上げるとはさすがに思ってもみなかった。今まで大変な目には散々遭ってきてるが、さすがにこれは予想の斜め上を行き過ぎた。


「ほらほら木内さん早く食べないと冷めちゃいますよ」


 そんな俺の想いを知ってか知らずか、メリーさんは山盛りの焼きそばをバキュームカーのように平らげていた。


「こんな状況でよく食えるな」

「だって今回はこの砂浜を創り上げるだけで結構な力を消費しましたからね。そりゃあお腹も空くってものですよ」


 そう言いながら次にとんでもない大きさの皿に盛られたカレーライスに手を伸ばす。相変わらずその小さな体のどこにそれだけの量の食べ物が入るのかわからないが、すでに見ているだけで胸焼けがしそうだった。


 メリーさんという存在がなんでもありだってのは知ってるつもりだ。だからといってこれはいくらなんでもやりすぎじゃないだろうか。


「ところでなんでこんなことになってんだ?」

「この間言ったじゃないですか。夏らしいことしてないから夏が終わる前に色々やりたいって」

「だからって砂浜を創るか普通?」

「だってもう夏も終わりで今さら海にも行けない。セミも鳴くのを止めるし花火は出来ない。このままじゃ何もないまったく何もない夏の出来上がりですから急ピッチでそれらが出来る場所を用意しました。この中なら時間を気にすることなく過ぎ行こうとする夏を十分に堪能できますよ! いわゆる、ないのなら創ってしまえホトトギスってことですね!」


 なんかよくわからん格言まで飛び出したが、要はこの中ならいくら騒いでも誰にも迷惑をかけないし、時間のことも気にせずに過ごすことが出来るというわけだ。相変わらずどういう原理なのかよくわからない能力だ。


「それはそうと、これ他の人に見つかったりしないのか?」


 色々な情報が一度に飛び込んできたせいで忘れそうになっていたが、エレベーターの扉の向こう側が砂浜になってるなんて他の人が見たらそれこそ大事件だ。だが俺の心配をよそにメリーさんはかき氷に手を伸ばしていた。


「前にも説明しましたがそんな心配はご無用ですよ。今回はちょっと部屋のサイズを大きめにしたので木内さんから見たらそう見えるだけかもしれませんが、木内さん以外の人はそもそもこの部屋を認知出来ませんからエレベーターを下りてもいつもの廊下が広がってるだけですよ。おぉう……これはキーンとしますね」


 器用なもので説明しながらかき氷を食べていたせいで頭が痛くなったみたいだ。ちなみにかき氷を食べたときに頭痛が起きることをアイスクリーム頭痛というらしい。


 メリーさんの説明を途中から聞くことを止めた俺は、とりあえず海の家の定番の一つ、微妙なラーメンを啜っていた。微妙といってもメリーさんが作ったものだから海の家で食べるものよりちゃんとしてて数倍美味かった。


「そういや他に人いないんだな」


 ふと辺りを見回して気づく。こう言った場所はたくさんの人が賑わっているそんなイメージだったが、メリーさんの創り上げた砂浜だからそれも当然といえば当然の話だ。


「急な思いつきでやったんでアンジェたちには連絡してないんですよ。つ・ま・り・二人っきりなわけですよ木内さん!」

「……出口どこかなー」

「ちょわー! なに言ってるんですかこの人は! こんな誰もいない砂浜にうら若き女の子とと二人っきりで何もないはずがないじゃないですか! そんな誰もが羨むようなチャンスタイムをみすみす逃すんですか木内さん!?」

「お前他の人いる前でも言うなよ!?」


 まだなにもしてないのにすでにライフはゼロになりそうだった。



「さて、腹ごしらえも済んだことですし、なにからしましょうか木内さん」


 あれだけの量を食べたくせにスッキリした顔のメリーさん。対しての俺はというと、


「畳気持ちいい……」


 ちょうどいい感じの暖かさの畳に寝転ぶとたちどころに意識を持っていかれそうになった。


「なに寝てるんですか木内さん! もう目を離すとすぐこれなんですから。ホント油断も好きもない人です」

「少しくらいいいだろ。それにこの部屋の中だったら外より時間の進みが遅いんだろ? なら少しくらいゆっくりしたところで時間はあるんだ。どうせならお前も横になってみろよ。俺の隣空いてるし寝転んでみろ。気持ちいいぞ」

「えっ」


 あーダメだ。仕事の疲れと畳の暖かさで何にも考えられねー。というか、なんか俺ヤバいこと言ったかもしれないけど、ま、いいか。 


 目を閉じると少し生温い風に混じって波の音が優しく耳に届く。スーッと意識が遠退いていく。


 こんなに穏やかなのは久しぶりだ。


 にしても、こんなものまで創り上げるってアイツ本当にすごいな。料理も美味いし、色んなこと出来るし、あと……結構可愛いし、こうやって振り返ると色々あったけどなんだかんだ言いながらいつも俺と一緒にいてくれるんだよな。……俺メリーさんに甘えてばっかだな。俺も甘えてばかりいるんじゃなくて、メリーさんの側にいても恥ずかしくないようもっと努力しないとな。


 …………。


「……いつのまにか寝てたのか俺。と、メリーさんは……って、なにやってんだお前?」


 俺がゆっくり起き上がるとメリーさんが部屋の隅っこで背を向けて座っていた。


「どうしたなにかあったのか?」

「い、いえっ! 今は! 今だけはわたしのことはそっとしておいてあげてください!」

「?」


 メリーさんが背を向けたまま俺に静止の合図を送ってくる。なにがあったのかよくわからないが、そっとしておけと言うならそれに従うしかない。……でもなんで顔真っ赤なんだアイツ? 


 それからメリーさんが俺と口聞いてくれるまで十分ほどの時間を要したのだった。





 

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