メリーさんと視線(2)
翌週。
「というわけで今日からしばらくの間ここで一緒に働くことになったメリーさんです。この子はフランスからの留学生で、日本の文化や日本人の仕事を学びに日本へやってきたそうなの。見た目は外国の女の子だけど、ちゃんと日本語は話せるから気軽に話しかけてあげてね。それじゃあメリーちゃんみんなに一言もらえるかしら」
「え、えっと、皆様初めまして。わたしメリーと言います。日本に来てまだ間もないですが、日本のこと一杯勉強したいです。なので皆さん色んなことを教えてください」
メリーさんが普段とは全く違う口調で話す。それだけで普段見ているメリーさんと今目の前にいるメリーさんがまるで別人のように見えてしまうから不思議だ。
そう。花村課長の提案というのは、俺たちのいるこの会社で海外からの留学生という形で日本のことを学んでもらうということだった。今回は日本の会社について学ぶという建前で俺の働く部署にメリーさんが体験入社という形になった。
確かにここならば四六時中メリーさんを見張ることが出来るし、会社の中なら部外者が入れば嫌でも目に付く。さすが課長だ。……と思いたかったが、きっと本心は違うところにあるんだろうな。
「メリーちゃん、ちょっといいかしら」
「な、なんでしょう」
「悪いけどお茶淹れてもらってもいいかしら?」
「は、はぁ……」
課長に呼ばれたメリーさんが指示されたとおり課長のためにお茶を用意していた。
「どうぞ」
「ありがとう」
軽く会釈をするとメリーさんから受け取った熱々のお茶を一気に飲み干す。そして、
「メリーちゃん、ちょっといいかしら」
「……はい」
「もう一杯もらえるかしら?」
と、こんな感じでさっきからずっとループしている。つーか何杯目だよ! ここが会社じゃなかったらそう叫んでいただろう。やらんけど。
にしても、どうにも今日のオフィスは色めき立っている気がする。浮ついているといってもいい。まぁ身内の贔屓目なしにしてもメリーさんは可愛い。遠目からでも目を引く容姿をしている。だからといってみんな揃って男子高校生じゃないんだからそわそわしすぎだ。
「先輩」
「おうどうした川本」
「俺、鼻毛とか出てないっすよね? 髪型とか変じゃないっすか?」
「……」
……お前もか。後輩の川本がさっきから妙に前髪ばっかりいじってると思ったら、なるほど今日も川本は絶賛通常営業だった。
「馬鹿なこと言ってないでさっさと仕事しろ」
「へーい」
いつもの人懐っこい笑みを浮かべると自分のデスクに戻っていった。
にしても。
俺は課長のそばでお茶くみをしているメリーさんを見る。
なんか変な感じだな。
メリーさんがこうやって俺の働いている会社にいるってのも。
デスクに頬をついて眺める。課長はいつものキリっとした姿は保ったままだったが、時折へにゃっとした情けない顔になる。大好き、いや、だいしゅきなメリーさんをずっと自分の目の届く範囲に置いておきたいという課長の願望または欲望が叶ったんだから当然といえば当然か。
「おい」
ぼんやりとしていたら頭上から声が降ってきた。柴田だった。
「お前も鼻の下伸ばしてないで仕事しろよ」
「鼻の下なんて伸ばしてねーよ。第一なんであいつに……」
「ん、知り合いなのかお前」
「あ、いや、そうじゃないけど」
慌ててごまかす。別にメリーさんと知り合いだからなにか都合が悪いということはないけど、変に勘繰られるのもちょっと気分が悪かった。そんな俺の気持ちを察したのか柴田はそれ以上追求してこなかった。その代わりにメリーさんを見ながら首をかしげていた。
再び自分の仕事に集中しだすと「どうぞお茶です」と聞きなれた声。
「あ……」
思わず俺は固まってしまった。
「どうしたんですか木内さん」
「え? あ、ごめんぼーっとしてた」
「大丈夫ですか? 体の具合でも悪いんでしょうか」
「そうじゃなくって、その……メリーさんいたんだよなって思ってさ」
「なんだかまるでわたしがここにいてほしくないような言い方ですね」
メリーさんが会社内だからかいつもより静かにプンスカしていた。
「違うって。なんかさ、いつもだったらメリーさんとは週末にしか会わないのに、いつもと違ってるからつい」
いつもと違っているのは場所や時間だけじゃなかった。さすがに職場ということもあっていつもの真っ赤なドレス姿ではなく、緑色を基調としたふわっとしたワンピースを身にまとっていた。首元に細身のリボンとレースがあしらわれていて、いつもと違った印象を与えていた。いつもは二つに結っている金髪もそのままに、しかし髪をゆるく巻いたせいでどことなく大人びて見えた。
こうして見るともう普通の女の子にしか見えない。だからかいつもと調子が狂う。
「それはそうと。はい」
「なんだこれ」
「なんだってお茶ですよお茶」
「そりゃあ見たらわかるよ。でもなんで」
「わたしが出来る仕事なんてお茶くみくらいしかないですから、せめてこれくらいは。ほら飲んでください。せっかく入れたんですから」
メリーさんが空いていたデスクの椅子にちょこんと座る。見れば持っていたお盆は空になっていて、どうやら俺が一番最後だったようだ。
「なにやってるんですか?」
「見てわかんないか? 仕事だよ仕事」
邪魔すんなと言いたげに適当にあしらうも、メリーさんは俺のやっていることに興味津津といった様子でパソコンチェアーと一緒に体を寄せてきた。
いつもならはらぺこ弁当でバイトしているから近くにいると美味しそうな匂いがしてくるのに、今日はいつもと違って女の子らしい匂いがした。そのせいかちょっと意識してしまう。
「うーん、なんだかよくわからないですねこれ」
「だから邪魔すんなって。ほらあっち行った」
しっしと追い払うように手を振るが、「いいじゃないですか。わたし特にすることもないのでここで見てるだけならお邪魔にはならないですよ」とメリーさんは頑なに拒否。居座ることにしたらしい。……まいったな。
「……ったく、邪魔すんなよ」
「やりました!」
俺からの許可を得たことに気を良くしたのか小さくガッツポーズ。俺のそばにいなくたってあっちこっち見て回ってたって誰も怒りはしないのにな。
意識をパソコンの画面に戻す。けれどすぐそばにいるメリーさんが気になってしょうがない。
「あのさ」
「なんでしょう?」
「……もう一杯お茶もらえるか?」
口から出てきた言葉はそれが精一杯だった。これじゃ課長とやってることが一緒だ。
「仕方ないですねー。ちょっとだけ待っててくださいね」
メリーさんはやれやれとしながらもなんか嬉しそうだった。
とてとてと給湯室にかけていくメリーさん。彼女が傍を離れて行くとホッとした気持ちと一緒にわずかに寂しさを感じた。
……って、いやいや、んなわけあるか。
俺は慌てて頭を振る。しばらくするとメリーさんが淹れたてのお茶と茶菓子をセットにして帰ってきた。
「なんかずいぶんサービスいいな」
「なに言ってるんですか。これはわたしが食べる分です。木内さんは早く仕事を仕上げてください」
ほれと言わんばかりに熱々のお茶を手渡してくる。なんだよ。と思っていると、そっとマグカップの横にスコーンが置いてあった。
……しゃーねーな。もう少し頑張るか。
そう思いながら仕事を進めると、なんでかいつもより早く仕上がった。
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