メリーさんと視線(1)

「……最近誰かに監視されている気がするんです」


 いつもの週末、いつものように俺の部屋にやってきたメリーさんはカフェオレの入ったマグカップ片手に神妙な顔でそう言った。


「監視? お前なにかやらかしたのか?」

「やらかしたって人を犯罪者みたいに言わないでください! そうじゃなくて、こう誰かに物陰からじーっと見られてる気がしてて」

「あー、ストーカーってやつか」


 要はメリーさんは見知らぬ誰かにストーキングされているということだ。


「気にしすぎじゃないのか?」

「最初はそう思ってたんですけど、日に日にその視線が強くなっている気がしてちょっと気味が悪いんですよ」


 メリーさんをストーキングする人なんて俺が思い当たる節なんて花村課長くらいしかいない。あくまで可能性の話だがあの人ならやりかねない。いや、すでにやってたんだった。


「その可能性も最初は考えたんですけど、多分違うと思います。課長さんの持っている雰囲気とその相手から感じる雰囲気が違っている気がするので」

「それじゃあ他に思い当たるようなことは?」

「ないですね」


 キッパリと言い切るメリーさん。正直なところ、メリーさん自身に思い当たる節はなくとも、メリーさんなら誰かにストーキングされていてもあまり不思議じゃない気はする。


「けど放っておくってのも気持ちわるいよな。よし、それじゃあ明日からしばらく俺がメリーさんのボディガードするっていうのはどうだ?」

「ボディガードですか?」

「そ、ボディガード。ほらメリーさんにはなんだかんだ世話になってるし、メリーさんだっていつも誰かに付け狙われてるなんて嫌だろ?」

「ま、まぁそれはそうですが……」

「だから近くに男がいればそのストーカーも迂闊なこと出来なくなると思うんだよ。それにもしメリーさんに危害を加えようとしても俺がいれば対処出来ると思うし」

「でも木内さんに迷惑がかかるんじゃ」

「ま、そのあたりは課長に話しておけば大丈夫だろ。んで、いつまでそこで隠れてるんです花村課長?」

「ふぇ!? か、課長さん……?」


 俺がそう言うと、物陰に隠れていた課長がビクッとした様子で現れた。本人は必死に平静を装っていたみたいだが、俺にはモロバレだった。というより、やっぱりメリーさんのストーカーはこの人なんじゃないだろうか。


「こんばんは木内くん、メリーちゃん。こんなところで会うなんて奇遇ね」

「奇遇もなにもここ俺んちなんですけど」

「あら、そうだったの? 偶然ね。今日は月が綺麗だったから夜道をお散歩していたらここにたどり着いてしまったの。そうしたらまさかのメリーちゃんがいたってわけ。もしかしてわたしとメリーちゃんは赤い糸で結ばれているのかしら?」

「んなわけないだろ。それにアンタ前に俺んちのトイレで吐いてたじゃねーか」


 呆れたように言ってやるも、花村課長は「そうだったかしら?」とどこ吹く風。本当に都合のいい人だ。


「それよりも話は聞かせてもらったわ。メリーちゃん何やらお困りのようね」

「いえ、困ってません」

「あぁっ! なんてつれない言葉! でもそれがイイっ!」


 冷たくされているのにどうしてだか課長は満足そうだった。……うん、あまり深く考えないでおこう。


「それで話は全部聞いてたんですよね」

「ええもちろん。まるっと全て聞いていたわ。メリーちゃんも変なのに目を付けられたわね。でも安心して。このわたしがいる限り、メリーちゃんの安心はもうすでに手中に入ったものも同然。それよりこのわたし以外にメリーちゃんのあーんな姿やこーんな姿をその目に焼き付けるなんて許せない! そのストーカーとやらは見つけ次第即刻処すべきね!」

「発想が物騒だな!」


 処されるべきは本当ならこの人なのかもしれない。


「それはそうと、メリーちゃんのボディガードを引き受けるってことだけど、どう対処するつもりなの?」

「それは……」


 俺がまだ考えに至っていないのを見て課長はため息を吐いた。


「あのねぇ、いつも言ってると思うけど、なんでも考えなしに動くのは君の悪い癖よ。すぐに動くその気力は評価してるし、君の持ち味でもあると思うけど、下手に動いて何かあった場合危害を受けるのはメリーちゃんなの。それはわかるわよね?」

「……はい」

「でもメリーちゃんを守りたいって気持ちはハッキリと伝わったわ。だったらわたしは全面的に協力してあげる」

「本心は?」

「ここでメリーちゃんに対する株を上げておけばゆくゆくはあーんなことやこーんなことをしてくれるかもしれないじゃない!」

「アンタもう帰れよ!」


 俺のボディガードとしてのまず最初の仕事はこの人を排除することかもしれないそう思った。

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