クオーレとにらめっこ

「こんばんわー!」


 俺が夕食に食べようと思っていたカレーの準備をしていると、玄関から元気な声が転がってきた。とりあえず鍋にかけていたコンロの火を消すと、エプロンもそのままに玄関へと向かった。


「来てあげたわよ人間!」


 俺はそっとドアを閉めた。


「ちょっと! なんで閉めるのよー!」

「何なんだよこんな時間に……」


 ドアの向こう側では水色のメリーさんことユキちゃん、もといクオーレがいた。なんか赤いのに反応が似てるから2Pカラーと影で呼んでいる。


「誰が2Pカラーよ!」

「うおっ聞こえてた!」

「それよりもわざわざ来てあげたのにお茶も出ないわけ?」

「出るわけないでしょうよ」

「なんで?」

「なんでって、呼んでもないのに来てあげたって言われても……」

「そ、それもそうよね……。うん、それはわたしが悪かったわ。ごめんなさい」


 クオーレがシュンとうなだれる。やっぱりこういうところもメリーさんそっくり。さすが2Pカラー。


「それはそうとなにか用か?」

「え、あ、そ、そうだったわね! 人間、わたしと勝負なさい!」


 あー……。なんとなくそうじゃないかなーって思ってたけど、やっぱりそうでしたかー。


「ちなみに勝負って?」

「もちろんにらめっこに決まってるじゃない。聞いたわよ? アンタ、メリーさんだけじゃなくアンジェまで倒したらしいじゃない」

「倒したって、アンジェとは勝負すらしてないんだけど」

「でもこのわたしはそんな簡単には負けないわよ! なんていったってこのクオーレが相手するんだから!」


 どこから湧いてくるのかその自信は。扱いが面倒なのはメリーさんより上だった。


「さぁ勝負するのしないの? もちろんするわよね?」

「いや、しませんけど?」

「なんでよ!?」

「なんでと言われましても……」


 そんな急にやってきてにらめっこしましょうだなんて今時小学生でさえ言わないと思う。


「だから悪いけど帰ってくれない? 正直仕事から帰ってきて疲れてるし」


 若干強めに言うと、よっぽどびっくりしたのか、クオーレの目に涙が浮かんでいた。


「お、おい、泣くなよ……」

「だ、だって……だってメリーさんが……メリーさんが、人間と勝負したらいいことあるって教えてくれたんやもん……。勝負して勝ったらウチのこともうユキちゃんって呼ばんってゆーたんやもん……」


 ひっくひっくとしゃくり上げて泣くクオーレ。そんな泣きじゃくるクオーレの銀髪のつむじを見ていると、なんか悪いことをした気になって仕方がない。


「ぐす……しょうぶぅ……ひっく……」

「まいったな……」


 と、


 ぐぅ~。腹の虫が鳴った。もちろん俺じゃない。


「…………」


 音のした方を見ると、クオーレが泣くのをやめて今度恥ずかしそうに俯いていた。


「お前腹減ってんのか?」


 俺が尋ねるとこくんと小さく頷いた。


「ちょっと待ってろ」


 俺は一旦ドアを閉めると、さっきまで火にかけていた鍋から出来たてのカレーを二人分用意する。


「ほれ、これでも食うか?」


 クオーレに出来たてのカレーを差し出す。するとクオーレの顔がパァっと明るくなった。


「た、食べていいが……?」

「おう」


 皿と一緒にスプーンを渡すと、よっぽどお腹が空いていたのか勢いよく食べ始めた……が、


「か、かひゃい……」


 クオーレはその白い肌を真っ赤にするほど悶えていた。ジタバタと地団駄踏むくらいに辛そうだった。


「お、おい大丈夫か!?」

「かひゃい……かひゃいよぉ……」

「水持ってきたからこれ飲め!」


 俺がクオーレに水を渡すと一気に飲み干した。


「──あー……死ぬか思たわ……」

「んな大げさな」


 と言いつつ、いつもカレーを辛めにしているのを忘れていた。そりゃあクオーレみたいな女の子には辛すぎても仕方ない。


「そうだ」


 俺はもう一度台所に戻ると、今度はコーンポタージュの素を持ってきた。


「これかけたら少しは辛さが和らぐぞ」


 一応、クオーレに一言断りを入れてから適量のコーンポタージュの素をかける。クオーレはそのカレーを混ぜてから一口口に含む。

「──! 美味しい!」

「よかった。俺の妹もカレー好きなんだけど、辛いのダメでさいつもこうやって辛さを和らげてるんだよ」


 そう言いながら俺はいつもの辛口カレーを頬張る。ウチの家族は辛口派と甘口派の二つの派閥があるが、さすがに甘口と辛口のカレーを両方作るわけにもいかないため、こうやって対処したりする。もちろん甘口カレーが出てきたときはカレー粉なんかを混ぜたりして辛味を出したりもする。


 パクパクとカレーを食べ進めるクオーレを見ていると、実家にいる妹を思い出す。そういやアイツもこんな風にがっついてたっけ。


「……なによ」


 俺の視線に気づいたらしいクオーレが上目遣いで睨みつけてくる。


「美味そうに食べてんなぁって思ってさ」

「……うん」


 静かに頷くと、また一口二口と食べ進める。しばらくしてカレーの皿は綺麗なっていた。


「ごちそうさまでした」

「お粗末さまでした」


 行儀よく手を合わせてごちそうさま。あれだけ綺麗に食べてもらえると作った方としても嬉しい。


 食後のマンゴーラッシーを二人で飲んでいると、ふとクオーレが語りだした。


「なんかね、あんな風にカレー食べたの久しぶり」

「そうなのか?」

「うん。前はカレー食べるときはヤエちゃんと二人だったから。ヤエちゃんはカレー食べる時にいつもお醤油かけてた」

「醤油? お前のいたところじゃ醤油をかけるのか?」

「え? 醤油かけないの?」

「俺の住んでた地域はソースだったかな」

「そうなん?」


 ふーんと口を尖らせる。興味なさそうにも見えるが、「そうなんだ」と繰り返すあたり、それが彼女の癖なんだろう。


「ヤエちゃんって人がお前の持ち主だった人か?」


 俺が尋ねるとクオーレはまた頷いた。


「ヤエちゃんはウチ……じゃなかった、わたしのことずっとユキちゃんって呼んでたんだ。わたしのこの髪が雪のように見えるからだからこの子はユキちゃんやって」

「だからユキちゃんって呼ばれてるのか」

「うん。ウチもね別にユキちゃんって呼ばれるの嫌いじゃないんよ。たださ、ユキちゃんって呼ばれるとヤエちゃんの事思い出しちゃうから」


 クオーレは気づいているのかいないのか、自分の言葉遣いがすっかり変わっていることを。でも今の彼女はクオーレとしてではなく、ユキちゃんとして俺に話してくれている。だから俺も茶化すようなことはしない。


「ウチはねヤエちゃんがちっちゃい頃からずっと一緒やったが。ヤエちゃんが大きくなって結婚して、子供産んで、みんなが巣立っていって、……また一人になってもずっと」


 ガラス玉のようなクオーレの目には、彼女がヤエちゃんと過ごした思い出が映っているのだろう。


「ホントはさ、ウチたちメリーさんちゃ持ち主の前に現れたらアカンがよ」

「そうなのか?」

「うん。ただその時のウチはまだちゃんとしたメリーさんじゃなかったから、それ知らんくて、気づいたらヤエちゃんの前に現れてた」

「初めて見たときびっくりしただろうな」

「そんなことなかったよ。ヤエちゃんずっとウチとお話したいって言ってたから夢が叶ったって喜んでた」


 クオーレがついさっき話してたようにそのヤエちゃんは一人きりだったんだろう。そこにクオーレが現れた。きっとヤエちゃんにとってクオーレはかけがえのない友達であり、娘みたいなものだったのかもしれない。


「ヤエちゃんとおっきなお家で二人っきりだったけど楽しかったなぁ。毎日さしょーもないことで笑って、なんてことないことで驚いて、大したことないことで喜んで。でも楽しかった」


 俺にはクオーレの言うヤエちゃんがどんな人か知らない。でもきっとだけどヤエちゃんはクオーレと一緒にいられて幸せだったんだろう。


「ってこんな話しに来たんじゃないのよ! 勝負よ勝負! さぁこのわたしと勝負なさい人間!」

「急にキャラ変わった!?」


 あまりの変わり身の速さにさすがに俺も驚き桃の木山椒の木だった(古いな)


「食後にそんな風に動き回ったらお腹がびっくりするぞ」


 俺がいつも妹に言っていたように言うと今度はクオーレがびっくりしていた。


「ヤエちゃんみたい」

「?」

「ヤエちゃんも同じこと言ってた。食べてすぐに動き回るとお腹がびっくりするぞって」

「昔から言われてたんじゃねーか」

「うぅ……」


 図星を突かれたようでクオーレが苦虫を噛み潰したようになっていた。


「で、でもでも勝負しないと」

「勝負ならお前の勝ちでいいんじゃないか? だってさ、俺お前の話聞けてちょっと笑顔になってるし」


 そう言って笑ってみせる。もちろんわざとじゃなくて本心から笑っている。それでクオーレが納得するかしないかは彼女次第だ。


「……わたしの負けよ。勝負の内容はにらめっこで相手を笑わせることだもの」

「じゃあ今回の勝負は引き分けってことでいいんじゃないか?」

「引き分け、ね。わかったわ」


 それでようやく納得してくれたようでクオーレが帰り支度を始めた。


「もう帰るのか?」

「アンタ明日も仕事なんでしょ? 疲れてるのにこれ以上居座ったって邪魔になるだけだもの。今日のところはこれくらいにしておいてあげるわ。感謝なさい!」

「へいへい」


 最後の最後まで憎まれ口を叩くところはなるほどクオーレらしいと思う。


「それじゃあまたご機嫌よう。人間……じゃなくて木内」

「呼び捨てかよ。まぁ俺も呼び捨てだからいいけどさ」

「このわたしが名前で呼んであげてるんだからいいじゃない。あと、カレー美味しかった」

「おう。また食べに来いよ。今度は甘口のカレー用意しておいてやるからさ」

「か、辛いのだって食べられるようになるわよ! あんまり子供扱いせんでよ!」


 ふん! と捨て台詞を吐いてクオーレはスタスタとエレベーターの中へと消えていった。やれやれ騒がしい奴だ。でも不思議と俺はまたアイツが来てくれることを楽しみにしていた。



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