メリーさんとババ抜き

 今日はみんなで集まってババ抜きをしていた。ともあれ、五人でババ抜きをするとなるとそれなりに駆け引きなんかも必要で、妙な心理戦なんかがそこに働く。しかしながらこういったものにも得手不得手というものはあって、ババ抜きの才能っていうんだろうか、強いやつはとことん負けないし、いつもババを引いてしまうやつもいる。


 そんな才能があるのかないのかは知らないが、現に俺の目の前にいる四人も強いやつとそうでないやつと分かれていた。


 俺の順番が回ってきた。俺がカードを引く相手はアンジェリカだ。こいつは強い部類に入る。いつも涼しげで優雅な彼女が取り乱すことなんてほとんど見たことがない。だから何を考えているのか、なにを企んでいるのか、真意が読めないことが多々ある。そのためどのカードを引いてほしくて、どのカードを引かれたくないのか、その駆け引きがとにかく上手い。気づけば上がってることもよくあり、油断ならない相手だ。


 俺はアンジェリカの持つカードを一枚引く。引いたカードはハートの8。残念ながら揃わず。


 さて次は俺が引かれる側だ。ちなみに俺の手元には先程引いたハートの8に加えてスペードのエースと7、ダイヤのキングにジョーカー、つまりババがいる。俺としてはこのババをさっさと引き取って欲しいのだが、相手は──ノワールだ。


 今日もきっちりかっちりメイド服を着こなす彼女はもう一人の難敵だ。こっちはアンジェリカと違い、常に無表情でなにを考えているのかわからない。アンジェリカはまだ感情が見える分付き合いやすさがある。けれどノワールについてはクスリとも笑わないためとっつきにくいところがあった。


 俺はジッと彼女の目を見つめる。相変わらずなにを考えてるのかわからない。


「なんでしょうか木内様。そんなに見つめられると思わず身篭ってしまいそうになります」


 ……前言撤回。ロクでもないことを考えてることだけはよーくわかった。


 ノワールが俺の手元からカードを引く。引いたのはジョーカー。しかしババを引いたというのに顔色一つ変えない。そこはさすがノワールだと思う。


 さてここからはババ抜きが弱い陣営に移っていく。まぁ言わなくてもわかる通りあの二人だ。


 ノワールの次はメリーさんだ。メリーさんは喜怒哀楽が激しいからか、いいカードが手元にくれば喜び、反対にババを引けば暗くなる。うーん顔に出やすい。


 メリーさんの手札は残り三枚ここで揃えておけばかなり優位に立つこと出来る。しかしそこはメリーさん。果たして上手くいくだろうか。


 ノワールと対峙するメリーさん。メリーさんの手がノワールが差し出すカードを行ったり来たりしていた。なんせ相手の表情からどれがよくてどれが悪いのか読み取りたくても読み取れないのだ。


 メリーさんはぐぬぬ……。と唸っていた。そりゃそうだ。俺だってノワールからカードを引くことになったらぐぬぬと言ってると思う間違いなく。


 しばらく迷っていたが、引くカードを決めると、それを引き抜いた。結果は……今にも泣きそうな顔をしてた。つまりババを引いてしまったというわけだ。これだけわかりやすいのもそうそういない。と思ってたんだが……。


「次はわたしの番ね!」


 意気揚々と水色のドレスに身を包んだ銀髪のメリーさん、クオーレが高らかに宣言した。弱小コンビの片割れ、それがクオーレだった。


「さあメリーさん。あなたのカードを差し出しなさい。わたしが綺麗に選んであげるわ」

「なにを言ってるんでしょうかこのユキちゃんは。いいからさっさとババを引いて泣いて喚けばいいんですよ」

「な、泣かんちゃよ! アンタと一緒にせんといて」

「おやおや、言葉遣いが変わるということはそれだけ動揺しているということじゃないですか。ほら引いてくださいユキちゃん」

「だからウチはユキちゃんじゃなくてクオーレ!」


 子猫同士がじゃれあうようなやりとりを繰り広げ、ようやくクオーレがカードを引いた。直後、「むふー」と満足そうに笑うと手札を捨て札置き場に置いた。


「どうやらこの戦いわたしの勝ちみたいね!」

「くっ……ユキちゃんごときに負けるとは」


 まだ手元に残る手札を口元に当てて高笑いするクオーレ。悔しがるメリーさん。というより、すでに自分の手元にジョーカーがあるということをここにいる全員にバラしてしまっていることに気づいてない時点でおわかりいただけるだろう。


 まぁそんなこんなで順番が進み、結果は言わなくてもわかるだろうが、メリーさんが最後までジョーカーを持っていた。


「なんでですかー!? なんで誰もジョーカーを引かないんですか!?」


 ムキー! と歯をむき出しにして悔しがっていた。


「だってさ、メリーさん思ってることすぐに顔に出るからわかりやすいんだよ」

「そうね。確かに貴女は素直過ぎるところがあるわね」

「そ、そうだったんですか……」


 自分が負けた理由を聞かされてシュン、と落ち込むメリーさん。顔に出やすいとは言ったが、ここまでハッキリとされると言った本人の心が痛む。


「ま、それでも負けは負けよね。そうでしょうノワール?」

「はいお嬢様。しかしながらお嬢様もなんだかんだ顔に出やすいかと思われます。なんだかんだで最後のほうまで残っていらっしゃいました」

「そういうことは言わなくていいが! 結果勝ったんだからいいがやちゃ」

「言葉遣い」

「……勝ったんだからいいのよ」


 コホン、と咳払いしながら言い直していた。ノワールの言う通り顔に出やすい。いや、言葉に出やすい、か。


「くっ。こうなったらもう一度勝負です! 次こそは負けませんよ!」

「また負けるのがオチではなくて?」


 くふふ、と口元に手を当てて笑うクオーレ。よっぽどメリーさんに勝ったのが嬉しかったのだろう。


「けれど残念ね。もう時間だわ。この勝負はまた次回に」

「あ、待ちなさい! そうやって逃げるつもりですか?」

「まさか。わたしはいくらでも勝負してあげるわよ。ま、次もわたしの勝ちに決まってるけどね!」


 高笑いしながらクオーレはノワールを引き連れて帰っていった。残されたメリーさんはよっぽど悔しかったのか地団駄を踏んでいた。


「ぐぬぬぬぬ、ユキちゃんの癖に~」

「気にすんなよ。所詮お遊び「そこで諦めたら試合は終了なんですよ!?」──じゃないみたいっすねはい」


 なんかとばっちりで怒られた。


「けれどあの子の言うことも事実ね」

「事実とは?」


 メリーさんが頭に?マークを浮かべていた。


「ババ抜きに勝つには運の要素もあるけど、それ以外の要素もあるってことだよ」

「あ、もしかしてそれが顔に出やすいってことですか」


 得心いったという風にぽんと手を打つ。


「その点でいえばクオーレも同じなんだけど、あいつの場合運がいいってのもあるんだろう。だからわずかながらメリーさんより勝率が高い」

「このわたしがユキちゃんよりも劣っているというわけですか!?」


 俺の評価にメリーさんが憤っていた。ほんところころ表情が変わるやつだ。


「ほらそれだよ。メリーさんは感情がすぐに顔に出る。それがいいか悪いかでいったらメリーさんらしくていいことだけど、ことババ抜きになると致命傷になる。ノワールとかまったく無表情だろ? だからあいつの手札は読めない」

「じゃあアンジェは?」

「……何を考えてるのかすら読めない」

「あら、言ってくれるわね」


 ボソッと言ったつもりだったがアンジェリカにははっきりと聞こえていたようで、微笑んでいたものの言葉のなかに若干の刺を感じた。


「ま、まあ、メリーさんがババ抜きで勝つにはトレーニングが必要ってわけだ」

「トレーニングですか?」

「そ。トレーニングだ。といってもそんな難しいことはしないがな」


 ニヤリと笑ってみせると、アンジェリカがなにか悟ったようで「なにか秘策でもあるのかしら」と勘ぐってきた。


「どうだろうな。ま、それは当日のお楽しみってことで」


 俺が自身たっぷりにしている中、唯一状況をわかっていないメリーさんだけがやっぱり頭に?マークを浮かべていた。


 そして当日。


「さぁメリーさん! 約束通りコテンパンにのしてあげに来たわよ」

「今晩はメリー・クオーレ。今日もいい月夜ですね」


 スカートの裾をつまんで軽く会釈するメリーさん。言葉遣いや仕草がまるで違うことにクオーレだけじゃなく珍しくアンジェリカまで驚いていた。


「と、ところで貴女そこの人間と一緒になにやらトレーニングとやらしてたみたいだけどその成果はあったのかしら?」

「さぁどうでしょうか」

「どうでしょうかって、なによそれ」

「なにとはなんでしょう?」


 何がおかしいのかメリーさんが口元に手をあってて静かに笑う。


 すっかり様子の変わったメリーさんにたじろぐクオーレ。そりゃそうだ。見た目はメリーさんだが、中身はすっかり別人なんだからそう思うのも仕方ない。


「……荒療治でもしたのかしら。それともあれが貴方の言う秘策というものかしら」


 アンジェリカがいつもの澄ました顔で聞いてくる。しかし声は戸惑いを隠せていなかった。


「まぁ見てなって」


 俺が手に持っていたトランプを適当に切り始める。今日の順番は俺からアンジェリカ、ノワール、クオーレ、メリーさんの順番になっている。つまり俺の持つカードをアンジェリカが引いて、メリーさんのカードを俺が引くという形だ。


 全員に行き渡るようにカードを配る。妙な緊張感が走る中、クオーレだけが落ち着かないようでキョロキョロと辺りを見回していた。


「それじゃあ始めるか」


 俺の合図をきっかけにゲームが始まる。


 ちらっとメリーさんの方を見る。メリーさんは穏やかにそこにたたずんでいた。とりあえずは順調といったところか。


 アンジェリカ俺の持つ手札から一枚カードを抜き取る。いつもならすっと抜き取るはずのアンジェリカが警戒していた。その視線は俺が何を企んでいるのか見抜こうとしているようだった。もしかしたら大事な友人になにかした俺に対する怒りかもしれない。そんな視線だった。


 しかし俺は平静を装う。心配しなくてもゲームが終われば種明かしするから待ってろって。


 そしてアンジェリカからノワール、ノワールからクオーレと順番が回って、次はメリーさんの番だ。


「あの人間となにしたのか知らないけど、今回も勝つのはこのわたしよ!」

「そうですか。ではどうぞ手加減してくださいね」

「ぐぬぬ……」


 のれんに腕押しといった風でクオーレの圧をさらりとかわすメリーさん。ますますアンジェリカからの視線が痛い……。


 メリーさんがカードを引いて次は俺の番。メリーさんと目があった。その目は自信に満ち溢れていた。


「どうぞ木内さん」

「うーん、じゃあこれにするか」


 俺は適当にカードを一枚引く。引いたカードはハートのクイーンだった。


 そのあとも何事もなくてゲームは進み、そして──。


「や、やりました! わたしが! わたしが一番です!」


 なんとあのメリーさんが一抜けしてしまった。


「やったなメリーさん」

「はい! これも木内さんとの特訓の成果です!」


 初めて一抜けしたことがよっぽど嬉しかったのか、さっきまで取り繕っていた淑女の仮面はどこへやら。すっかりいつものメリーさんに戻っていた。


「ウチがメリーさんに負けるなんて……」


 すっかり打ちひしがれていたクオーレだったが、それでも二位と健闘していた。ちなみに三位はノワール、四位はアンジェリカ、最下位はま、言わなくてもわかるよな。


「ふっふっふ、どうですかメリー・クオーレ。いや、ユキちゃん。このわたしの実力を思い知りやがったですか!」

「い、イカサマやちゃ! あんなんイカサマに決まっとんがんぜ! そうに違ないわ!」

「あらあら負けたからってイカサマ呼ばわりは失礼じゃないですか。ちゃーんとわたしは実力で勝ったんですよ~」


 ベロベロバー、ともうゲーム中の大人しかったメリーさんの面影はどこにもなかった。というより調子に乗ってるとまた負けるぞ。


「さて、話してもらいましょうか。一体どんな手を使ったのかを」


 スっと俺の横にアンジェリカが忍び寄る。澄ました顔をしてる割にちょっと怒ってるところを見ると、メリーさんになにかしただけじゃなくて、ゲームでいい結果を残せなかったことにもちょっとご立腹のようだった。


「種明かしってわけでもないけどさ、ほれ」


 そう言って俺は手に持っていたハートのクイーンを差し出す。それを見たアンジェリカは一瞬だけ驚いたが、すぐに俺がなにをしたのか理解したようだった。


 そう。俺たちがやっていたのは“ババ抜き”じゃなくて“ジジ抜き”だった。


 俺がメリーさんに教えたのはただ大人しくしてるだけでいい。それだけだった。それだけで勝てるとたった一言添えて。


 ババ抜きはジョーカーという明確なババがあるからそれが手元にあると顔に出てしまう。だからメリーさんはそれを見抜かれていつも負けていた。だったらそのババがどれなのかわからなくしてしまえばいい。そうしてしまえばメリーさんがババを持っているのか判断がつかなくなる。


 その思惑通りメリーさんは見事一抜けした。さすがに運の要素もあったが、とりわけ運だけはいいメリーさんのことだからなんとかなると思っていたが、ここまで上手くいくとは正直なところ俺も思っていなかった。


「秘策ってこのことだったのかしら?」


 アンジェリカが呆れたように俺の手元にあったハートのクイーンをひったくる。


「必ずババ抜きに勝てる秘策なんてものがあるなら俺が知りたいよ。それよりもさ」


 メリーさんたちの方を振り返る。メリーさんとクオーレがまた騒がしくお互いの頬を引っ張り合っていた。


「メリーさんはああやって笑ってるほうがいいだろ?」


 そのクイーンみたいにさ。指さしながら言うと、「貴方ってやっぱり変わってるわね」とアンジェリカからお褒めの言葉をいただいた。


「さあ木内さん。二回目やりましょう! 次もわたしが一抜けしますよ」

「そんなことさせんちゃよ! 次こそはウチが勝つがやから!」

「お嬢様。言葉遣いがなっていません。しかしながらお嬢様ごときに負けるのはいささか悔しくもあります。ですので次はグウの音もでないほどコテンパンにしてみたいと思います」

「アンタ誰の味方なん!?」

「じゃあわたしも手加減しなくていいというわけね」


 四者四様の意気込みを見せながら第二幕が上がろうとしていた。あー、今夜もまた眠れなくなりそうな気がしていた。。

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