メリーさんとクオーレ

 俺には疑問に思っていることがある。


「ちょっとそこの貴方」


 それはどうして世界が平和にならないのか。もしくはどうして世の中には貧富の差があるのか。いや、そんな大それたことじゃない。


「ねぇ聞いているのかしら?」


 アイツに彼女がすぐできるのに、どうして俺にそんな話が舞い込んでこないのか、世の中どうしてここまで不公平なのか、まぁそんな事を思うこともあるが今それも大した問題じゃない。


「それとも聞こえていないのかしら? もしもーし」


 とはいえ、今の生活で彼女ができたところでちゃんと相手が出来るとは思えないし、それより部屋の片付けもしないといけない。まぁそんな状況になることはないだろう。悲しい話だが。


「ちょっと聞こえてるんでしょ!? ここ開けなさいよ!」


 ……いい加減この状況から目をそらすことも限界のようだ。


 うん。わかってる。わかってるよ。俺に彼女が出来ないのも、世の中に貧富の差があるのも、世界が平和にならないのも、誰かが悪いわけじゃない。それはそういうものなんだ。だから……、


「もう! さっきから話しかけとんがにアンタ人の話聞いとんがけ!」


 だからってまた新たなメリーさんが俺の部屋に来る理由ってなんだ!? 俺は半開きになったドアの向こうに立つメリーさんを見てそんなことを思っていた。


「……あのなんか用ですか?」


 俺がようやく反応を示すと、見知らぬメリーさんは頬を綻ばせたが、瞬時にツンとおすましモードに戻った。


「ん、こほん。そこの人間、貴方が木内とやらでいいのかしら?」

「初対面の相手に呼び捨てにされる筋合いはないが、まぁそうだ」

「そう。なら良かったわ。じゃあ早速ここを開けてくれる?」

「なんで?」

「なんでって、わたしはメリーさん。だったらすることは一つだけじゃない?」


 人差し指をピンと立ててそっと自身の唇に当てる。その姿はまだあどけなさが残る少女の見た目だが、彼女もれっきとしたメリーさんだ。ここしばらくメリーさんやアンジェリカと仲良くしていたから、メリーさんという存在が実はどんなものか忘れていた。いや、油断していたと言い換えてもいい。


 俺と彼女を隔てるのは厚みわずか数センチの鉄の扉とそれほど頑丈そうに見えないチェーンロック。無闇にこの扉を開いたことを後悔していた。


「さぁここを開けて? わたしと長い夜を楽しみましょう」


 彼女の長い銀髪が蛍光灯の光に照らされ、妖しく輝く。


 そっとチェーンロックに手がかかる。ん? なんかこの光景前にも見たような……。


 と、


「そおぉぉぉぉいやあぁぁぁぁ!」


 どこからか大きな掛け声と一緒に飛んできた金髪のメリーさんが銀髪のメリーさんをダイビングクロスチョップで弾き飛ばす。その瞬間、銀髪のメリーさんが「ふべぇ!」と情けない声と一緒に目の前から消えた。


「大丈夫ですか木内さん!?」

「……う、うん。大丈夫」


 俺若干引き気味。けれどいつものメリーさんの顔を見て少し安心もしていた。


「まったくわたしの木内さんを狙う不届きものは一体どこの誰ですか。このわたしの目が青いうちは木内さんには指一本、いえ、髪の毛一本たりとも触れさせはしませんよ!」


 えらく物騒な言葉遣いで廊下の端っこで伸びているもう一人のメリーさんの元に向けて言い放つメリーさん(ややこしいな)と、そこへ少し遅れて黒髪のメリーさんことアンジェリカも姿を現した。


「ご機嫌よう。今夜も綺麗な月ね」

「おうお前も来てたのか。なんかお前がいるとホッとするよ」

「あら、それはわたしに対する愛の囁きかしら? だとしたらもう少し色のある言葉を選んだほうがいいわ」

「へいへい。んじゃ、今宵の夜の月も綺麗だが、地上に輝く貴女以上の星はどこにも存在しない。それに比べたら空に浮かぶ月でさえ貴女の前じゃ霞んで見える。これでどうだ?」

「……そうね。及第点といったところかしら」


 予想以上に効いていたのか、アンジェリカが珍しく視線を逸らしていた。正直俺だってこんなセリフ二度と言いたくない。


 それよりもだ。


「おーい、そこの人大丈夫かー?」


 俺が声をかけると銀髪メリーさんがのっそりと起き上がった。どうやら無事みたいだ。


「ちょっといきなりなにすんがけー!」


 銀髪メリーさんの額にはこぶが出来ていた。まああんな勢いよく壁に激突したらそりゃあこぶの一つや二つできてもおかしくはない。


「なんだ、ユキちゃんじゃないですか。なにやってるんですかこんなところで」

「ユキちゃんじゃない! わたしの名前はクオーレ! メリー・クオーレだっていつも言ってるでしょ!」

「あーはいはいそうでしたねー」


 銀髪メリーさんこと、クオーレがメリーさんに対して食ってかかるが、それを彼女は軽くあしらっていた。


「なあアンジェリカ、あの子は一体誰なんだ?」

「紹介がまだだったわね。彼女の名はクオーレ。本当の名はメリー・ユキなのだけれど、本人がそれを嫌がって今はクオーレと名乗っているわ。わたしは元の名のほうが彼女らしくていいと思うのだけれど」

「あー、だからユキちゃんって呼んでるのか」


 クオーレの見た目はサラサラとした銀髪に水色を基調としたドレス。そこにあしらわれた白色のフリルレースが冬の空に舞う雪のようで、確かにアンジェリカの言うとおりユキちゃんという名が合っているそんな気がした。


 と、そんな会話をしていると、まだ目の前ではちびっ子二人の言い争いが続いていた。


「そんなんだから貴女はいつまでたってもわたしにユキちゃんと呼ばれるんですよ」

「そ、そんなこと今関係ないにか! それよりあんたこそどうながけ!?」

「あらあらクオーレさんともあろう方が言葉遣いがなってませんねぇ。田舎言葉が丸出しですよ? ああ、そうでしたそうでした。ユキちゃんは雪国出身でしたものねー。そりゃあ言葉も田舎言葉になってしまいますよねー」

「こ、これは違う……わ」

「今更取り繕っても遅いですよー。ほーら、昔みたいに純朴で素直なユキちゃんに戻ればいいんですよー」

「……ち、違うちゃよ」

「んー? なんですかーユキちゃん?」

「ウチ、ユキちゃんじゃないもん!」


 クオーレはそう叫ぶとメリーさんの口をぐいーんと大きく広げた。


「は、はにふるんへふはー!?(な、なにするんですかー!?)」

「こうすればもうウチのことユキちゃんって呼べんやろ! ほーれウチのことユキちゃんって呼んでみられま!」

「ほっひははほほひははほっひはっへ!(そっちがその気ならこっちだって!)


 メリーさんもクオーレの口をぐいーんと広げる。


「はへはへ!(やめられ!)」

「ははひはへんほ!(はなしませんよ!)」

「ひはいひはい!(痛い痛い!)」

「ふっふっふ、ほへほほへひーふぁんほひははへふ!(ふっふっふ、これこそメリーさんの力です!)」

「はひほー! はっははふひはっへ!(なにをー! だったらウチだって!)」

「ひはははは!(いたたたた!)」

「はんはひふひほほほははふひはははへははほ!(あんまりウチの子と甘く見たらダメながよ!)」

「はふははいへふは! はっはははへはへんほ!(やるじゃないですか! だったら負けませんよ!)」


 なにやってんだあいつら……。


 金髪と銀髪の美少女二人が真夜中に人の部屋の前で口を引っ張り合ってむーいむーいしていることがどれほどカオスな光景かわかるか? わかんねーだろうな。俺だって分かりたくない。


「とりあえずお茶でもいれるか。アンジェリカ今日は何がいい?」

「そうね。たまにはメリーさんと同じカフェオレでもいただこうかしら」

「あいよ。んじゃちょっと待っててくれ」


 とりあえず俺とアンジェリカは見て見ぬふりを決め込むことにした。


 静かな夜にはまん丸な月。それとむーいむーいと無駄な争いを続ける二人の少女の叫び声がいつまでも木霊するのだった。


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