メリーさんとからあげ弁当
メリーさんって知ってるか? そう急に電話が鳴って出ると「もしもし、わたしメリーさん。今あなたの家の前にいるの」とかかかってくるアレだ。んで、そのメリーさんがだんだんと近づいてきて、最後には「もしもし。わたしメリーさん。今……あなたの後ろにいるの」で振り返るとメリーさんがいるってオチがつく。そんな都市伝説でも有名なメリーさんだが、今な俺の部屋の前にいるんだよ。
「ちょっと! いつになったら開けてくれるんですか! 約束しましたよね、ここを開けてくれるって」
部屋のドアを一枚隔てた向こうでメリーさんが喚いていた。というのも、彼女との出会いは一か月ほど前、真夜中にかかってきた一本の電話がきっかけだった。その頃の俺は世間で言うところのブラック企業に勤めていて、記念すべき二十連勤を迎えようとしていた。そんな夜にやってきたのがメリーさんだった。メリーさんは俺の部屋に来るなり中に入れろと今と同じように喚いていたが、俺の話を聞くと同情してなんでか励ましてくれた。それからいろいろあって勤めていた会社がなくなり、今に至るというわけだ。
んで、それからというものメリーさんはことあるごとに俺の部屋に来ては、中に入れろとあれやこれやといろんな手段を用いて、侵入しようとしていた。ちなみにこれまでどんなのがあったかというと、
ピンポーンとインターホンが鳴る。
ドアオープン。
「わたしメリーさん。今あなたの部屋の前にいるの」
ドアクローズ。
「ちょっとー! なんで閉めるんですかー!?」
またある時は、
ピンポーン、インターホンが鳴る。
ドアオープン。
「あのー、今新聞取ってもらったら巨人戦のチケットあげるけどどうだい?」
「あ、スポーツ興味ないんで」
ドアクローズ。
「ちょっとー! なんで閉めるんですかー!?」
またまたある時は、
インターホン鳴る。
ドアオープン。
「宅配便でーす」
「こんな時間に宅配便はやってないぞ」
ドアクローズ。
「ちょっとー!」以下略。
極めつけは、
鳴る。ドアオープン。「てへ♪ また来ちゃ(ドアクローズ)た……ってまだ喋ってる途中でしょうがー!」
と、こんな感じだ。
よくもまあ毎回手を変え品を変えいろいろとやってくるものだとむしろ関心すら覚える。
そして今夜は、
「今日という今日こそはこのドアを開けてもらいますよ!」
と、とうとうネタが切れたのかまた正攻法で挑んできた。
「おたくもしつこいな。だから何度来てもこの部屋には入れさせないって言ってんだろ」
「どうしてですか! このわたしがこれほどお願いしているというのに」
「どうしてもなにも、部屋に入れたら何かしでかすような奴をホイホイと入れるか!」
「ぐぬぬ、なかなか強情な人間ですね。ならば仕方がありません。この手だけは使いたくなかったのですが、ここまできたら止む負えません。いいですか? 後悔してももう遅いんですよ! 後悔先に立たずですよ! いいんですか!?」
メリーさんがドアの隙間にずずいと顔を押し込めて忠告してくる。顔が小さいせいか、頭だけ隙間からすっぽり出ていて、しかも長い金髪が顔に張り付いているせいで、それがよけい隙間から顔を出す生首みたいで気持ち悪かった。
まぁ何かしてくるにしてもこの隙間でその何かをできるとも思えない。俺はタカをくくっていた。
「……どうやら同意とみなしたようですね。ならば今こそお見せしようじゃありませんか。このメリーさんの本当の姿を!」
まるでどこぞの宇宙の帝王のようなセリフを大仰な身振りとともに吐きながら、メリーさんが構える。
本当に何かするつもりなのか……? 俺の中で妙な胸騒ぎがしていた。
「いきますよ。これがメリーさんの最終奥義──」
なんだ、最終奥義ってなんだ!?
「どうか! どうか後生ですから部屋の中に入れてくださいー!」
土下座だった。それも寸分の狂いもない綺麗な土下座だった。
俺はそっとドアを閉めた。
「ちょっと! なんで閉めるんですかー! こんな可愛い女の子が土下座してるんですよ! あー可哀想だなー。よし、部屋の中に入れてあげよう! なんて気はないんですか!?」
ドンドン! と扉を叩きながらメリーさんが喚く。仕方ないからドアを開けてやった。直後ニョキッと顔が生えてきたので思わずドアを閉めてしまった。
「痛い痛い! 首が! 首が取れちゃう!」
「あ、ゴメン」
なんかデジャビュだろうか。似たようなやりとりを以前もやった気がする。
「な、なんなんですか! 一度ならず二度までも人をドアに挟むなんて! まったく人をなんだと思ってるんですか! 危うく首だけまんじゅうになってしまうところでしたよ」
「うん、なに言ってるかわかんないけどそれも含めてゴメン」
やっぱりデジャビュでした。
「まったく、お前はもう少し大人しくすることはできんのか」
「出来ません!」
「おおぅ、言い切りやがったこいつ……」
俺もまさかの返答にたじろいでしまった。
「そもそもなんでそんなに俺の部屋に入りたがるんだよ。部屋に入るだけなら他の人のところ行けよ」
「そ、それは……」
俺が前から思っていた疑問を投げかけると、なぜかメリーさんが口ごもる。そんなに言いにくい理由でもあるんだろうか。
「くっ……仕方ないです。今日のところはこのあたりにしておいてやりますよ!」
そう言い残すとメリーさんは帰っていった。まるで毎回やられにくる悪役キャラのような捨て台詞を残して。俺はそんなぴょこぴょこと揺れる二つにくくった金髪に「おー、またなー」と言葉を投げかけてやる。
にしても、なんだか美味しそうな匂いしてたなあいつ。メリーさんが帰った後、どうしてだか無性にマックのポテトが食べたくなった。
会社帰りにいつも立ち寄る弁当屋がある。名前ははらぺこ弁当。そこはこじんまりとしてて、派手さはないものの、作られる弁当の質はそんじょそこらの弁当屋とは二段階ほどランクが違っていた。しょっちゅう通っているせいですっかり常連になってしまって、弁当屋の店員さんにも顔を覚えられていた。俺がくるといつも同じからあげ弁当ばかり注文するものだから、たまには違ったのを食べてみたら? とおすすめされるが、味と質、値段と三拍子そろったコスパ最高なからあげ弁当から乗り換えるつもりはなかった。
そして今日もまた会社の帰りにいつもの弁当屋に寄る。もちろん頼むのはいつものからあげ弁当だ。
「ちわー」
「あら木内くんこんにちは。今日も残業?」
「ここ最近忙しくって。つっても前の会社より全然マシっすけど」
俺が苦笑いを浮かべながら言うと、店員のお姉さんはあー……という苦い顔をしていた。そりゃそうだ。あの頃の俺はそれこそ毎日死にそうな顔をしてたんだ当然と言えば当然か。飯を食う暇さえ惜しかった当時は、いつも笑顔で配達してくれるここの弁当だけが生きがいだった。
「いつもゾンビみたいな顔してたもんね」
お姉さんが弁当を袋に詰めながら言う。
「人のことゾンビってひどくない?」
「それぐらい大変だったってことでしょ」
「違いない」
からかい上手なお姉さんから、からあげ弁当(今日は大盛り)を受け取るとルンルン気分で家へと着いた。
今日の夕飯はからあげ弁当(大盛り)とインスタントの味噌汁とシンプルだけど、俺にとっちゃ何よりのご馳走だった。……まぁ家に帰ってきて温かい食事と一緒に迎えてくれる彼女なんてものがいたらまた違った毎日になるんだろうけど、それを考えたら虚しくなるだけなので考えないようにした。
弁当のフタを開けてからあげ弁当とご対面。今日もいい感じだ。
溢れ出そうになる唾液を抑えつつ、割り箸片手にいただきます。いい感じに揚がった鳥からを一口、口に放り込むと、
「な、なんじゃこりゃあ!?」
思わずそう叫んでしまった。
あれ? これこんなに美味かったか!? なんかからあげがいつもと違っていた。いや、全くの別物と言い換えてもいい。つまりそれぐらい美味しかった。
じっとからあげを凝視する。見た目はいつもと何ら変わらない。なのに味は全然違っていた。いや、空腹だから美味しく感じるだけかもしれない。一度ご飯を口に入れてもう一度からあげを食べる。
「う、うまー!」
やっぱり美味しかった。
え、なにこれ。すごい美味い。ダ、ダメだ。このままじゃご飯、ご飯、鳥からのローテーションが鳥から、ご飯、鳥からになってしまう……。俺は鳥からの残量とご飯の残量を見比べながらペース配分を考える。
にしても、この弁当誰が作ったんだ……?
それから数日後、また残業で遅くなったその日いつものはらぺこ弁当でいつものからあげ弁当を注文しようと立ち寄った。ついでに先日あったことを店員のお姉さんに聞いてみよう。そう思いながら弁当屋に立ち寄る。いつもの満面で満点の笑顔のお姉さんが迎え入れてくれた。
「ちーっす」
「あ、いらっしゃーい。弁当取りに来たのね」
「あ、もしかしてもう出来てる?」
「あと少しで出来ると思うからちょっと椅子にでも座って待ってて」
お姉さんに促されて待合室の椅子に座って適当に置いてある週刊誌を手に取る。表紙には最近注目されてるらしいグラビアアイドルが真っ白な水着を着て笑っていた。俺は芸能人に詳しくないが、この表紙の子は見たことがあった。ここずっとテレビによく出てる、名前は──、
「木内くんそんな感じの子が好みなの?」
そこまで考えてると声をかけられた。急に声をかけられたせいで反応が遅れた。
「え、あー、可愛いと思うけどどうなんだろ。ほら、俺ずっと仕事ばっかやってたから芸能人に詳しくなくて」
「でも可愛いとは思ってる、と」
「まぁそれは」
実際可愛いと思うが、俺がこの子と関わることなんて人生何度やり直してもないだろうから、適当に答えた。
「ふーん、なるほどねー。最近の男の子はこういった感じの子が好きなんだね」
「なんか誤解されてるみたいだけど、あくまで一般論だから」
「おーおー焦ってるぅ」
お姉さんがヒューヒューだねぇ、と今の世代には通用しない言葉ではやし立ててくる。あんた本当はいくつだ。
「ま、なんにせよ、木内くんがちゃーんと男の子やってるってことで安心したよ」
「余計なお世話です。あ、これ代金」
弁当と引き換えにお金を渡す。その時ちらっと奥の方にもう一人店員さんが見えた気がしたが、奥に隠れてしまったせいでどんな人かわからなかった。
「んじゃまた」
「あいよ。またの来店お待ちしております」
そして家に着いて俺はまた「なんじゃこりゃあ!?」と奇声を上げることになった。
俺が頼むからあげ弁当のご飯のところにはいつものりがトッピングされてるんだが、そのご飯の上になぜか『祝』とのりでトッピングされていた。
……なんなんだよこれ。
正直、気味悪さを感じたが、それよりもお腹が減っていたせいで深く考えずに食べてしまった。相変わらず美味かった。
そして、
「……なんでお前がここにいるんだよ」
俺がそう思うのも無理はなかった。弁当屋のショーケースをはさんで向こう側にいたのはどこかで見覚えのある金髪ゴスロリ少女だったからだ。ただし、今は金髪Tシャツエプロン少女だったが。
「……なんでってここでバイトしてるんですよ」
金髪Tシャツエプロン少女ことメリーさんはどことなくぶすくれた様子で答える。それが答えになってるのかなっていないのかはわからないが、メリーさんでもバイトってするんだな。
「まぁいいや。それよりからあげ弁当一つちょうだい」
「またからあげ弁当ですか。たまには違ったものを食べてみてもいいんじゃないですか?」
「いいんだよ。ここのからあげ弁当は質、量、値段と三拍子揃ってるんだから、むしろこれ以外をチョイスする理由が見当たらない」
俺の持論を述べると、さして興味もなかったのか、メリーさんが「そうですか」と素っ気無かった。
「そういやこの間のからあげ弁当に『祝』ってなんかのりでトッピングされてたんだけど、あれなに?」
「祝? なんですかそれ」
「え、だって『祝』って書いてあったからもしかして俺の転職でも祝ってくれてるんだと思ってた」
「いやいや、わたしがトッピングしたのは『祝』じゃなくて『呪』ですよ」
「はぁ!?」
店前だというのに思わず叫んでしまった。
「いやいや、お前間違ってるぞ。呪は口と書いて兄だけど、ネと書いて兄だと祝だからな」
証拠の写メ(驚きのあまり思わず撮影した)を見せてやる。するとメリーさんは「そ、そんなバカな……」と口元をわなわなさせていた。どうやら日本語は話せるが、見た目通り漢字はあまり得意ではないようだ。そんなやりとりをしていると、店の奥からいつものお姉さんが出てきた。
「あら木内くんいらっしゃい。どうしたの? なんか騒いでたみたいだけど」
「いや、その」
「あ、そういえばねウチに新しくバイトの子が入ったの! 紹介しようと思ってたんだけど、いつも木内くんが来る時に限って奥に引っ込んじゃうから紹介出来なかったのよね。この子ねメリーちゃんっていうの。見てよこの金髪! すっごいよね、お人形さんみたい」
お姉さんがテンション高めに話すが、残念ながらそちらの方とはすでに面識がございます。そしてお人形みたいというか、その方お人形です。
俺が唖然としていると、ひとしきり喋り終わって満足したのかようやく本題に入ることが出来た。
「そういえばさっき騒いでみたいだけど、なにかあったの?」
「あ、いや、いつも弁当美味いなぁって思ってるんだけど、ここ最近のは特に美味しくて」
考えてたこととはまったく違う言葉が口を突いて出てきた。さすがにお弁当開けたら『祝』(正確には呪だった)とトッピングされてたなんて口が裂けても言えない。すると、お姉さんが「あー、最近からあげ作ってるのメリーちゃんなの」と衝撃の事実を教えてくれた。というより、なんかうすうす勘付いてた。
「メリーちゃんてばね、他のお弁当はまだちゃんと作れないんだけど、からあげ弁当だけは誰よりも美味しく作れるのよね」
ニマニマと嬉しそうにしている傍らでキッと睨みつけてくるのは止めてほしい。俺悪くない。
ま、なんにせよ、
「そっか。そりゃありがとうな」
「……」
俯く俺より幾分背の低いメリーさんのつむじに向かって感謝の言葉を投げかけてみる。今日のからあげ弁当も大変美味しくいただきました。
後日……、
「今日こそは今日こそはこの扉を開けてみせます!」
「おーバイト上がりかお疲れさん。ほれカフェオレ」
「あ、どうも。じゃなくって!」
「そういやなんであのからあげ弁当変なトッピングしてあったんだ? いつもならのり一枚貼ってあるだけなのに」
「そ、それは……、もういいじゃないですか! それよりもここを開けてください!」
ガシャガシャとチェーンを揺さぶるメリーさん。その度に美味しい匂いがするのは黙ってやることにした。
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