#02 最初の一歩
ユカリ、シオン、ラビの三人は森を進んでいた。
日も進んでいるせいか、辺りは暗さを増している。
「何ここ……気味悪いんだけど」
「大丈夫だって、何も出ないから!」
「わからないでしょそんなの!?」
のほほんと歩くシオンに目をくれる様子もなくユカリは辺りをキョロキョロ見回している。
「お前ほんと嫌いだよな、こういうの」
「は、はあ?別にそういうわけじゃないし!」
「はいはい、怖くないこわくない~」
ラビが必要以上におちょくると、ユカリは無言でラビの尻めがけて蹴りを入れた。
蹴られたラビは「うがあああ」などと
そんな二人のやりとりをよそに前を歩いていたシオンが振り返る。
「ラビ、ここら辺にしとく?」
「あ、あぁ。木の上に気味悪ぃ猫いねぇか探してみてくれ」
気味悪い、というフレーズが聞こえたとたんユカリはさらに眉間にしわを寄せる。
「え、気味悪い!?」
「あーわかった、お前は見張り番な」
「ちょっと、一人にするの!?」
「あー!お前めんどくせぇな!?」
めんどくさいと言われたユカリはムッとした顔でラビに迫る。
一方のシオンは、また始まったよという様子で眺めている。
「あんたに言われたくはないわよ!」
「俺はめんどくさくねぇよ!」
「どの口が言ってるのよこのヘタレウサギ――」
「はいはい、そこまで!ほらユカリ、一緒に探そ?」
いよいよまずいと思ったシオンは二人の間に割って入り静止した。
一緒に探そうと言われたユカリはムッとしたまま黙っている。
「乗りかかった船、潔く諦めなよ~」
「無理やり乗せられたんですけど!」
ラビは二人を尻目にチェシャ猫捜索に移り始めた。
「岩の裏とかに隠れてるかもしれんから、くまなく探せよな」
「はーい。ほら、ユカリ!」
「まったくもう……」
ユカリは確実に府に落ちていなかったが、これ以上抵抗しても無駄だと悟り立ち上がった。
ラビは「俺のチェシャ猫レーダー」とやらを張り巡らせるようにして辺りをうろうろしている。
若干森に不安を持ったままのユカリはシオンの腕をつかんで歩いている。ユカリはその岩に気付かずに足を引っかけてしまう――。
「あっ……」
「ユカリ、大丈夫?」
「……」
「ユカリ?」
ユカリは突然
ユカリの悲鳴に驚いたラビが「なんだよいきなり……」とユカリのいた岩の近くに歩み寄る。
「あ、あれ……あれ……!!」
「アレアレ言われてもわかんねぇよ――うわぁあああああ!!?」
結局ラビも悲鳴を上げて身を構える。
シオンもラビにならって岩をのぞき込む。
「……えっ、亀?」
「はぁ?亀?」
どうやら岩だと思っていたものが実は亀だった。正確には亀の甲羅の部分が暗さで見えにくく岩に見えたのだろう。
そしてその亀の様子がおかしい。息を整えたユカリが再びゆっくりと歩み寄り、物体を確認する。
「なんか……干からびてない?」
「ちょ、ちょっと亀さーん!起きて!死なないで!!」
「う、うぅん……」
今までピクリともしなかった亀が目を開いた。見るからにかなり年老いている。
「起きた!亀さん大丈夫?」
「水を……」
「水?……あ、ここに」
シオンは水、水とつぶやきながら持っているカバンから水筒を取り出した。
「ちょっと、それ私たちのやつ」
「だって死にそうじゃん!」
ユカリが指摘をする頃にはすでに亀に水がかけられていた。
しばらくして亀がむくっと起き上がる。そのまま二足で立つ。腰は曲がっている。その姿は誰もが想像する「老人」だ。
「亀って二足歩行できんのか?」
「ラビ、そこは触れたらダメ」
「いやぁ、優しいお嬢さんどうもありがとう」
亀の言葉にシオンは「どういたしまして!」と返す。
「もうすぐで、死んでしまうところでしたよ。あなたみたいな方がいてくれてよかった」
「そんな……照れちゃうね、ユカリ」
「いや私は別に」
亀は自分のことを「カメキチ」と名乗ってみせた。
「カメキチさん。和風でいい名前!私はシオン。こっちは双子の姉のユカリ。あと、幼馴染のラビ!」
「えっと……シオンさん、ユカリさん、ラビさんですね。覚えました」
カメキチは手で一人一人指して確認した。
頭を掻きながらラビがカメキチにたずねる。
「なあ爺さん、なんでこんなところにいたんだ?」
「あぁ、実は孫へのプレゼントを探しにね。この近くには若者に人気の店がズラリとありますから、何か喜んでくれそうなものがあればとね」
「素敵!」
「まあ、その結果干からびてしまったわけですがね!はっはっは」
ゲホゲホ、と笑いの反動でせき込む亀老人。
ユカリは冷ややかな目でその様子を見て言った。
「いや、全然笑えないけど……」
「まったくだな」
「それで、プレゼントは買えたの?」
「えぇ。亀の骨格標本を!」
ユカリの問いにカメキチが自信満々に答える。どこにもカメラがないのに一点を見つめる亀老人。
辺りには微妙な空気が流れる。
「ま、まあ、買えたんならよかったな」
「あ、そうだ。助けていただいたお礼にこの近くの泉にご案内しましょう。私のせいでお水がなくなってしまったみたいですし、丁度いいでしょう」
そう言って歩き出すカメキチ。ラビが慌ててその背中を追う。
「おい、まだ行くとは――」
「まあまあ」
「まあまあって……。ったく待てよジジイー!」
ラビの言葉を聞かずに歩き出したカメキチを追いかけていくラビ。
そんなラビの後ろ姿を見てユカリはため息をつく。
「あぁもうラビまで……」
「ほらユカリ、行ってみよ!」
「さっきからなんなのよもう……!」
暗がりの森の中、シオンに手を引かれユカリはその森を後にした。
*
ユカリたちが森を去ってから一時間が経とうとしていた時。
森を走る一人の少年がいた。
「にゃはは~、どこに行くのかなレンくん?」
「……」
レンの後ろをついて走るのはチェシャ猫だ。
話しかけられるが無言で走り続けるレン。
「もー無視なんてひっどいにゃ~」
「なぜついてきた」
「そりゃあ気になるからさ。キミは全然喋ってくれないし謎が多いからね~」
「……」
「ほーら、また無視だ」
レンが走ると草むらから鳥が羽ばたいてゆく。その度にチェシャ猫がわーとかきゃーと騒ぐ。もちろんわざとだ。
「なあ、悪いけど一人にしてくれないかな。君がいると気が散るんだよ」
「あーあ、わかったよもう。勝手にするにゃ!」
チェシャ猫はレンの言うとおりに後をつけるのをやめてその場で立ち止まった。
そのまま走っていくレンの後ろ姿を見つめて静かに微笑む。
「まったく、【時計】ももってないのにどうやってここに来たんだか……本当に謎が多いなキミは」
*
風を切るようにして走り行くレン。その手には鏡が握られている。事前にチェシャ猫から渡されたものだ。
「魔法の鏡……か」
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