#01 時計

 木漏れ日が差す森の中で一人、木の下で眠る少女――ユカリのもとへシオンが駆け寄る。


「ユカリ、起きてよ~」


 シオンの呼びかけにユカリからの反応はない。ただ静かに眠るだけ。

 風の音が時折聞こえるくらいで、森の中はとても静かだ。

 なかなか起きないユカリに、シオンはあることをひらめいた。シオンは何か悪いことを企んでいるようで、手を上げた。そのまま眠りについているユカリの尻めがけて手を振り下ろし、一撃。


「——痛っ!!」

「ふふん、気分はどうですかぁ?」

「なにするのよいきなり!」

「だってユカリ全然起きないんだもん。仕方ない仕方ない」


 そう言ってどこか満足げなシオン。そんなシオンの表情を見たユカリは「このっ」とシオンを押し倒してほほをつねる。


「いーたーい!もー、仕返ししてやるんだから!」

「ちょっと……やめなさいよ!このっ」


 口調こそ強めなユカリだが、その表情は笑っている。シオンも同様だ。

 静かな森に二人の少女の笑い声が響く中、どこからか駆け抜ける足音が聞こえた。


「ユカリー!シオンー!」

「あ、ラビ!」


 二人のもとへ汗だくで走ってきたのは幼馴染おさななじみうさぎのラビだ。容姿はヒトだが、その頭からは兎の耳が生えている。尻尾しっぽもしっかりとある。


「やばいやばい……」

「なに、どしたの?」

「時計、時計がどっかいった!!」


 ユカリの問いかけに、青ざめた顔で答えるラビ。

 やれやれ、とユカリは肩を落とす。服をほろいながらシオンがラビに問う。


「時計って、いつもラビが持ってるやつ?」

「そうそう!もし父さんにバレたら……。なぁ、探すの手伝ってくれよ!」


 ラビはユカリとシオンの肩をゆすって助けを求めた。


「嫌よ。自分で探して」

「なぁ、そこをなんとか!もし時計が見つからなかったら……俺殺される」

「え、そんなに?」


 もはや顔面蒼白そうはくのラビに対し、なかば呆れているユカリ。


「馬鹿、あれはただの時計じゃねぇんだよ!ウチで代々受け継がれてる大切な時計なんだよ」


 ラビの言葉に、「たしか、過去とか未来に行くことができるんだっけ?」と問いかけるシオン。


「正確には、【幻想】を見せることができるんだよ。それが悪人の手に渡ったりなんかしたら……」

「え、それヤバくない?」

「なんでそういう大切なもの無くすかなぁ」


 ラビに同情し始めたシオンと、さらに落胆らくたんするユカリ。そんな両者を見てラビはもう一度「なぁ、頼むよ」と頭を下げる。


「だいたいさ、そんなにすごい時計なら誰かに盗まれたんじゃないの?知らないけど」


 地面の草をぷちぷちと抜きながらぶっきらぼうにユカリがそう言うと、ラビは思案し始めた。


「盗んだ、か。いやでもここら辺にそんなことする奴……あ、いる」

「ラビ?」

「いる。あてがある……」

「ボソボソ喋らないでくれる?」


 シオンとユカリに見つめられ、ラビは振り向いて少し強い口調で続けた。


「チェシャ猫だよ!あの猫が盗んだんだ、ぜってぇそうだ!」

「ラビは本当にチェシャ猫さんと仲が悪いね~。でも、だからと言って犯人と決めつけるのは良くないよ?」


 興奮気味に訴えるラビに、おちょくるように指摘するシオン。ユカリもシオンの意見に乗る。


「そうよ、それにまだ盗まれたとも決まったわけじゃないでしょ」

「いーや、絶対あいつが何か知ってる。俺のチェシャ猫レーダーがビンビン反応してやがるぜ……」

「めんどくさ」


 いよいよユカリに見放されると悟ったラビはこれでもかというくらいユカリの肩に掴みかかりゆすぶった。


「ちょっと……っ!」

「もー、ラビは本当にさみしがりやなんだからぁ」

「うるせぇ!おら、とっとと行くぞ」

「はいはーい」


 何気に乗り気なシオン。ユカリはため息を一つつくとその場でまた眠ろうと試みる。しかしそんな思いもシオンの放った一言でぷつんと切られる。


「ほら、ユカリも行くよ?」

「はあ?私は行かないわよ」

「問答無用!行くなら三人で!」


 シオンは無理やりユカリの手を引く。ユカリは先ほどより深いため息をつき、立ち上がった。


 ―—その瞬間、鈴の音がユカリの耳に入ってきた。


「……?」

「よっしゃあ、とりあえずこの森進んでいくぞ!」


  *


 暗闇に光る目。チェシャ猫だ。

 チェシャ猫は歩く三人を見下ろして微笑んでいる。


「さあ、いよいよ冒険が始まるみたいだね……。肝心なのは最初の一歩さ」


 そう言ってチェシャ猫は隣にいる少年に目をやる。


「キミには、ユカリを救う手助けをしてもらおう」

「……」

「おや、緊張しているのかな?まあ無理もないね。キミも、この世界に【迷い込んだ】一人だもんね」


 少年は、森を進む三人をまっすぐに見て言った。


「僕は、自分で望んでここに来た」


 少年の発した言葉に、ニヤりと笑うチェシャ猫。


「へぇ、そうかい。楽しませておくれよ、レンくん」

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