Fairy taleの幻想時計~Last Night~

深夜 うみ

#00 幻想と現実の間で

 暗闇の中に光る点が二つ浮かんでいた。

 その点は微かに動いている。動きに統一性は無い。

 やがて足音が聞こえる。


 コツ、コツ……。


 光る点の正体は——目。猫の目だ。

 猫は怪しげに微笑ほほえんでいる。


「また、ここに迷い込んだんだね、ユカリ……」


 つやのある声。中性的な声は続ける。


「さあ、物語を始めようか!」


 両腕を大きく広げ、猫はそう言うとその場から消えた。


  *


 ユカリは、暗闇の中にいた。

 温度がない。何も見えない。何も触れない。


「ここはどこなの……?ねぇ、怖いよ」


 返事は返ってこない。代わりに言い知れぬ恐怖心だけがユカリに襲い掛かる。

 無の世界で、高鳴る鼓動を感じていると、どこからか声が聞こえた。


『僕はずっと、キミの中にいるよ』

「えっ……」

『もし、シオンが死んじゃったとしたら……ユカリならどうする?』

『ニーナと、何を話したのだ?』

『決して忘れるな』

『生きて、ユカリ』


 どれも聞いたことのある声。しかしその声の主を思い浮かべることができない。

 ぐるぐると頭の中を駆け巡る言葉たち。

 ユカリは耐えきれずにその場でうずくまった。

 なにも、わからない。


 ……。


 ―—ユカリ。


 ――ユカリ、

 ――ユカリ、起……さい。

 ――ユカリ、起きなさい!


「ユカリ!」

「ん……なに?」

「何じゃないでしょ。学校、遅刻するわよ」


目を覚ますとそこは自分の部屋だった。目の前にいるのは母。

さっきまでのは一体……?夢?

ていうか学校?


「え?今日は土曜日――」

「何寝ぼけたこと言ってるの?シオンはもうとっくに学校行ったわよ、ほら起きなさい」


 ――シオン?もう学校に行った?


「ちょっと、シオンはもう――」


 と、その瞬間、激しい頭痛がユカリを襲った。


「痛っ……」


 あまりの痛さに思わず顔をしかめる。

 しかし、なにかこの状況に違和感を感じる。なんだろう?


「……!」


 やけに暑いと思ったら、外を見ると照りつける太陽。

 次にカレンダーに目をやる。「8月」の文字。

 おかしい。


「時間が、戻ってる……?」


 本来ならば今日は2月10日だ。外の道路にはまだ雪が残っているはずなのに、雪どころか暑さを感じるほどだ。

 頭がぼーっとする。朝だからっていうのもあるだろうけど、全然冴えない。

 しかし、ユカリはそれ以上に大きな違和感を感じていた。


 何か、抗うことのできない大きな力のようなものを。


  *


 家を飛び出してきたユカリは駆け足で学校を目指していた。

 時間に余裕を持てば周りにもっと人がいるはずなのだが、遅刻10分前ともなると通学路にはほぼ生徒がいない。

 だいたい自分が寝坊をするなどありえない。体の調子が悪いわけでもないのに。


「ユカリー!」

「えっ」


 呼ばれた方向を見ると、そこには笑顔で手を振るシオンの姿があった。


「ちょっと、先に学校行ったんじゃなかったの?」

「えへへ、道端に猫いたから構ってたらバス逃しちゃった……」

「何してんのよまったく……」


 一緒に行こ、というシオンの手を握って、ユカリは走り出した。


「もー、手つなぎながら走ったら危ないよ?」

「うるさい、時間ないんだから」


 トクン、トクン。


 なんだか呼吸が微かに苦しくなった気がした。


「はぁ、はぁ」

「ユカリ、大丈夫?」

「え、あ、うん。大丈夫……」


 ドクン、ドクン。


 心臓の鼓動が聴こえるほど大きくなってきた。

 呼吸もしずらくなってくる。


「一回休んだほうがいいんじゃない?どうせ遅刻だよここからだと」

「いいの、ほら行くよ」


 交差点を駆け抜けている途中で、ユカリは突然頭痛に見舞われた。

 交差点を過ぎたところでで膝がカクンと落ちる。


「ちょっと、ほんとに大丈夫?」

「う、うん……」


 ふと振り向くと、さっきの交差点でハンカチを落としたみたいだった。

 ユカリは拾いに行く。


 エンジン音。

 何かが近づいてくる。

 ハンカチを手にして、横を見たとき、既に【それ】は迫っていた。


「————!!!!」


 シオンが何か叫びながらこちらに駆けてくる。

 ダメ……こっちに来たら……。

 けたたましく鳴り響くクラクション。


 ブレーキでタイヤが擦れる音――。


  *


 暗闇の中、光る目が二つ。

 猫は不気味に微笑んでいる。




 ――行ってらっしゃい、ユカリ。

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