第1話
大戦から数十年。元は避難用シェルターだったそれが街になるには、十分な時間だった。そしてその中身は勿論、混沌極まりない物だった。
一例を挙げるとすれば、その構造。中央部には巨大なタワーがそびえ、その膝元にはビジネス街や歓楽街が点在している。
だが路地を一本入れば、古びた木造の長屋やコンクリート打ち放しのアパート、経年劣化で舗装の剥がれた道路に佇むホームレスなど、所謂スラム街の雰囲気が漂う。無論治安はよろしくない。
ある詩人が言っていた。――ビクトリア・シティ。この街は、人の心そのものだと。
ビクトリア・シティの郊外、ポーラ・タウン。朝四時。
「済まないな兄ちゃん、こんな所まで」
会社の重役らしき男。頭には、豊かな白髪を湛えている。
「お構いなく、これが仕事ですから」
運転席の男が、事も無げに言った。
「近頃は滅法不景気でな。飲まんとやってられんのさ」
「心中お察し致します」
「どうだい、タクシー業ってのは儲かるのかい」
「いや、さっぱりです。この仕事を始めて半年になりますが、中々」
「そうか、どこも変わらんか」
遠い目をして、重役は言った。
「――コウイチ・トドロメを知っているか?」
「ええ、この辺じゃ有名です。腕利きの探偵だったとか」
「そうだ。だが、十年前に死んじまった。事故でな」
「お気の毒なことです」
淡々と会話は続く。
「お知り合いだったのですか?」
「ああ、そいつが探偵になる前からだ。前の仕事場の上司だったのさ」
「・・・随分と楽しそうですね」
「ああ、貴重な部下だったからな」
再び遠い目。
「兄ちゃん、この後時間は」
「ありますが」
「ちょっと付き合え、チップは弾むからよ」
「はあ」
重役は、にやりと笑う。
「この歳になると、昔語りをしたくてよ」
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