第27話 龍の覚醒
翌日の昼過ぎ。
「出かけるぞ」と、頼雅さんから言われた。
ついにこのときが来たのか―――。
真希はドキドキしながら、頼雅と一緒に神谷邸を後にした。
今日は朝からずっと、頼雅さんと一緒に過ごしていた。
とはいっても、私は家事をして、頼雅さんは部屋にいた。
要するに、普段どおりの生活をしていたけれど、たぶん彼は、部屋で仕事をしていたと思う。
「これから私たちはどこに行くんですか?」
「おまえがいつも買いものしてるスーパー」
「は?」
スーパーって・・・そこに行けばケリがつくの?
怪訝な顔をしている真希を、運転している頼雅はチラッと見ると、すぐ正面を向いて「すぐ分かる」とだけ言った。
まあ頼雅さんがそう言うなら・・・そうなんだろう。
と真希が思っているうちに、スーパーに着いた。
車から降りた二人は、スーパーの中に入った。
「俺から離れるなよ」
「はい」
頼雅さんが私の手を握ってくれているので、離れようがないんですけど・・・。
彼らはスーパーのかごやカートを持つこともなく、ただ中を歩いていた。
「蛇野郎は、おまえのルーティーンを把握している。ということは、おまえが毎日ここに買いものに来てないことも知ってるはずだ」
「なるほど」
「おまえは一昨日、ここに買いものに来たんだよな?」
「そうです」
「ということは、今日か明日、大体この時間帯におまえはここに来ると、奴は見当をつけているはずだ」
「ということは、もうすぐあいつもここに来る可能性が高い、ということ・・・?」
「そういうことだ」
「奴はおまえの前に姿を現した。だからもう変装したり、コソコソ隠れておまえを見ることもないはずだ」
「そうですね・・・」
急にキョロキョロあたりを見始めた真希に、「そんな不自然なことすんな」と頼雅は言った。
「すみません、素人なもので・・・」と真希が謝ると、頼雅はプッとふき出した。
「その余裕があれば大丈夫・・・思ったとおりだ。見つけた」
「えっ?!ホント?あ・・ホントだ。でも頼雅さん、なんであいつの顔を知ってるんですか?」
「知らねえよ。会ったことねえし、写真で見たこともない。でもあの男は、おまえにまとわりついてる邪気と同じオーラだ」
「なるほど・・・」
ターゲットがいるレジに向かって一直線に突き進む頼雅を、真希はただ感嘆の眼差しで見ながら一緒に歩いた。
ケリをつけるために。
終息に向けて―――。
「おまえには、これからかなり不快な思いをさせるが、俺のことを信じてほしい。二度と奴には触れさせないから」
実は、あいつのところに向かいながら、私の心臓は、またバクバク鳴り始めていた。
だけど今の頼雅さんのセリフを聞いて安心した。
私は一人じゃない。しかも頼雅さんと一緒だ。
だから大丈夫。
「信じてます。頼雅さんのこと」
真希は頼雅の方を見ずに言った代わりに、つながれている手をギュッと握って意思表示をした。
「佐田秀樹さん?」と頼雅に聞かれた男は、二人の方をふり向いた。
男は一瞬、驚いた顔をした。が、すぐ無表情に戻った。
さすがは蛇男。
ポーカーフェイスは、あいつの得意分野だ。
「彼女のことで話があるんだけど・・・」
頼雅は、つないでいる二人の手を男が見るように、わざと仕向けながら、意味深に言葉を切った。
「俺もあるな」
演技なのか、男は余裕たっぷりな言い方だ。
「ここじゃあ何だし、近くの喫茶店にでも行きませんか?」
「ああ、いいよ」
また余裕たっぷりに、男は答えた。
安定したこの声。
そして、相手に気遣うフリをしながら実は自分が主導権を握ってる言い方。
頼雅さんは、蛇男を見つけたその瞬間から、自分の縄張りにあいつを囲い始めていた。
今の頼雅さんは、覚醒した虎どころじゃない。
蛇を丸呑みする龍になってる。
たぶんあいつは、まだこのことに気がついてないだろう。
頼雅さんは、相手にわざと隙を見せて、極限まで相手の自惚れ度と余裕度を上げさせたところでバキッとへし折るんだ。
頼雅さんの真の怖さにまだ気づいてない蛇男が、本当に少しだけ、気の毒になった。
「じゃ、ここにしましょう」と頼雅が言ったのは、スーパーの裏路地にある、昭和チックなたたずまいの喫茶店だった。
本当に「喫茶店」という言葉が似合う、レトロなお店だと真希は思いながら二人の男と中に入った。
頼雅さんと同年代くらいのマスターが、カウンター越しに「いらっしゃい」と言った。
私たち三人の他には、新聞を読んでいる男の人が、一人だけ店内にいる。
この人はお客だろうか。「常連さん」というやつかしら。
でなければ、こういうお店はとっくに潰れているだろう。
そんな雰囲気の喫茶店だった。
三人は、角のテーブル席に座った。
もちろん、真希の横に頼雅が座り、テーブルを挟んだ頼雅たちの向かいに、蛇男が座った。
本当に頼雅さんは、あいつに私を触れさせる機会すら与えていない。
果たしてあいつはそのことに気がついているのかしら。
気づいてなければ、本当にバカだと思う。
でもあいつはずる賢いから、おそらく気づいているはず。
そして頼雅さんも、わざとあいつが気づく程度に威嚇している。
きっと、これから薄汚い修羅場が始まるんだろうな・・・。
そこにマスターが注文をとりに来た。
「コーヒー三つ。お冷いらない」
頼雅が端的に三人分の注文を済ませた。
マスターは「はい、かしこまりました」とにこやかに言って、またカウンターへ引っこんだ。
頼雅自身が注文をすることで、この場は彼が取り仕切っているのだと、あいつに分からせたかったんだろう。
そうして頼雅さんは、さっきから見えないジャブをボンボンと繰り出している。
本当に殴られていたら、あいつの顔は今頃ボコボコに腫れてるに違いないわ・・・。
それを想像した真希は、ついクスッと笑ってしまった。
「なんだよ」
いつもの彼のセリフを聞いた真希は、心から安堵した。
あいつがいるのに、今の私は余裕すら感じる。
「いえ、べつに」
真希もいつもどおり、取り澄ました口調で答えた。
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