第26話 ずるい彼

とにかく、何を言っても結局言い訳にしかならないだろうけど、言いたいことは言っておこう。

真希は、たくましい頼雅の胸板を見ながら、話し始めた。


「えっと・・・私、どうしてもあいつのところには帰らないって本人に直接言いたくて・・・。これ以上逃げ回る生活はもう嫌だったし、あいつに直接会うことで、もうあいつに怯えてないって確かめたかった気持ちもあったの。何より、一緒に帰らなかったら、みんなを傷つけるって脅してきたのが、もう我慢できなくて」


もうダメ。

言いたいことが止まらない。


「みんな・・・神谷家の人たちは、私にとって、とても・・・とても大切な人たちだから、だから私が護らなくちゃって思ったのに・・・それなのに、私・・・またみんなに助けられて・・・護られてばかりで、私、ホントに役に立たない・・・」

「おまえは役立たずじゃないって言っただろ?もう忘れたのか、バカ」


あ、また私・・・頼雅さんにそっと抱きしめられた。


「ごめんな。帰るの遅くなって。日本出てたから、飛行機の時間とか乗り換えとか、いろいろあってさ」

「え!」


そのとき私は自分が泣いていたことに気がついた。

さすがは頼雅さんだ。

私がビックリして泣き止むツボを心得ている。


「場所までは言えねえけどな。これでも最速で帰ってきた。まったく。おまえにはいつもヒヤヒヤさせられる」と言いながら、その口調は面白がってるように真希には聞こえた。


「あのぅ・・・頼雅さんは、私が一人であいつに会いに行くのが、分かっていた・・・とか・・・」

「まあな。ここんとこ、おまえのまわりにまた蛇野郎の邪気を感じ始めてたからな」


この人まであいつを「蛇」呼ばわりしてる!

やっぱりあいつには、蛇が似合ってるってことか。

真希はまたふき出しそうになるのを、グッとこらえた。


「親父は留守で、俺も家空けることになるから、弟たちに家とおまえのことを託さなきゃいけなかったのは正直、すげー不本意だったが、これもまた引き寄せたんだろうな。ま、とにかく、おまえのオーラがまたヘンな動きし始めたから、弟たちに絶対おまえを見つけ出せと命令しといてよかった」

「命令、って・・・?」

「あー。俺たち――親父もだけど――言葉以外でも会話できるんだ。テレパシーとも言えるのか?だからおまえの動向は、逐一俺に報告されてたぞ」

「ええっ!!そんなの聞いてません!」


この人たちの”特別な力”に関しては、もう慣れたと思っていたけど・・・まだまだ私が甘かったわ。

そんな私に頼雅さんは「今言った」と言い放つ。

その言い方が、またしれっとしてて。

元々怒ってはなかったけど、呆れるのを通り越して、ついに笑ってしまった。


そんな真希の顔を見ながら、「そうそう。おまえは笑ってるほうがいい。おまえに泣かれると、俺、弱いんだよ」と頼雅は言って、真希を再び自分の胸元に引き寄せた。


弱くなる頼雅さんなんて、想像もできないな。


「よくがんばったな」

「あの・・・”一人で出歩くな”という言いつけを破ったことは、怒らないんですか?」

「予想してたからな。それに、怒ったところでまた同じ状況に陥ったとしても、おまえは一人で蛇野郎に会いに行くんだろ?」

「うん、まあ・・・そうですね」

「ありがとな、俺たちのことを護ってくれて」

「う・・・ずるいですよ、頼雅さん・・・」


また涙が出てきてしまった。

でも今は彼の顔を見ていないから、少しだけ泣かせてもらおう。


「なんだよ。俺の何がずるいんだ?」

「そうやって私を甘やかすことがです。頼雅さんだけじゃなくて、他のみんなだって・・・みんな、私に優しすぎなんです」

「いいじゃねえか。”女には優しくしろ”って、親父とおふくろから教え込まれたんだ。それに、今まで女を甘やかして、”ずるい”と言われたこたぁねえぞ」

「そこでご両親や元カノたちを出さないでください。ずるいです」

「また”ずるい”、か」


あ。今頼雅さん、笑った。

この人は、今の会話を楽しんでいる。

そして私も楽しんでいる。

顔は泣いてるのに心は笑っているような、ヘンな感じだ。


「とにかく、おまえが無事でよかった」


その言葉は、真希の心に温かく染み入った。


「頼雅さん」

「なんだよ」

「おかえりなさい」

「ああ。ただいま」


この日真希は、久しぶりにソファで眠った。

もちろん頼雅から「おまじない」をしてもらって―――。






「2日だ。2日くれ」

「はい?2日・・・ですか?」


翌朝、久しぶりに6人兄弟全員そろった席で、頼雅さんは私にこう言ってきた。

「2日くれ」と言われても・・・どうあげたらいいのかしら。


困惑している私の顔が読めたのだろう。

私の場合、考えていることが分かりやすいから。


「ホントは今日にでも蛇野郎を葬りたかったが、思ったより時間がかかりそうだ。だから明日の午後、ケリをつける」


さっきから、「葬る」とか「ケリをつける」とか、物騒な言葉がポンポン彼の口から出てるんですけど!


「意外と時間かかるね」

「まーな。の融通、きかねえんだよ」

「でも蛇男はラッキーじゃね?一日寿命が延びたんだし」


だからそれをフツーに会話している神谷兄弟なんですけど!


「まあ、どっちにしてもしょうがないよね」

「今日家にいるのは」

「俺ー」「と僕」

新くんと武臣さんか。最強のコンビだ。


「というわけで、真希さんは今日、うちでおとなしくしてようね」


なんか、私の知らないところで、どんどん話が進んでいるから全然ついていけてないけど・・・。もあるし、ここは大人しく従おう。


真希は素直に「はい」と言ってうなずいた。




この日真希は、一日家の中で過ごした。

新と武臣が一緒だったおかげで、退屈な思いをすることは全然なかったし、

それに夕方には、また6人全員そろって晩ごはんを食べることができた。


真希が寝る前にソファに座っていると、頼雅が来た。


待っていた・・・わけじゃない。だけど、私のために来てくれるような気がしていた。

彼は私の額に、おまじないのキスをしてくれた。


「明日の午後だ」

「はい」

「あの野郎におまえを傷つけることは、二度とさせない」


日和ちゃんも言っていたけど、彼はウソをつかない。

元々彼のことは信頼しているけど、余計彼の言葉に真実味を感じる。

困っていた私が放っておけなくて、手を差し伸べてくれた優しい頼雅さんとも、もうすぐお別れ・・・なのかな。


「なんだよ」

「いえ。何でもありません。頼雅さん、おやすみなさい」

「おやすみ」


これ以上頼雅さんのそばにいると、何を言い出すか分からなかった私は、スタスタと自室へ引き上げた。


あいつがサッサと部屋へ行ってくれて助かった。

じゃなけりゃ俺は今頃あいつを抱きかかえて・・・。


ダメだ!明日!明日まで待とう。


頼雅は両手をあげてグーンと伸びをしながら、自室へ引き上げた。

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