第24話 あなたたちを護りたい

「間違いない?」

「うん。顔はよく見えなかったけど、声とか目つきとか・・・間違いない」


あの声を聞いたとき、私は固まってしまった。

背中は冷や汗をかき、体は硬直して動かない。


そんな私の異変にいち早く気づいた息吹くんは、買いものそっちのけで、急いで家に連れて帰ってくれた。

でも実際は、ちゃんと買いものリストに乗っているものをすべて買っていた。

息吹くんのおかげだ。

私は、あのときから家に戻るまでの記憶が飛んでいた。


「ごめん!俺のせいで・・・本当にごめん!」


頭を下げて謝る誠に、真希は「あれは私が、雪ちゃんを追いかけろって言ったのよ。誠くんのせいじゃ、絶対ないからね!」と力説した。


「だが、真希さんを危険な目にあわせたのは分かってるね?誠」

「うん。分かってる・・・」


これじゃあ、しょげて下を見ている誠くんが可哀相すぎる!


「ちょっと待って!誠くんは悪くないの!本当に!それに、あのときあいつが来たのは・・・」とそこまで言って、気づいてしまった。


あいつは計算高い男だ。

きっと私があのスーパーで買いものをしていることも、すでに知ってたに違いない。

誠くんが離れたあのタイミングは、本当に偶然だけど、その偶然を利用したのはあいつだ。


「・・・ごめんなさい。私がもっと気をつけてたら・・・」

「それは真希さんのせいじゃないよ」

「ううん。私、みんなに守ってもらっているという自覚が、足りなさすぎた」


それなのに、みんなを守りたいって気持ちまで芽生えちゃって。

それが先走ってて。


なんか自分が、すごく天狗になってる気がした。

その高い鼻を、あいつにへし折られた。

悔しい。


真希は手をグッと握りしめた。


「でもさ、真希さんには何もしなかったんだろ?」

「あ、うん」

「じゃああれは、挨拶代わりってことか」

「おまえがここにいること知ってるぞ、と」

「上等上等!かかってこいやー!」

「お!威勢がいい高校生だねー」

「新、おっさんみたい」

「おっさんじゃないっての!」


またいつもどおりワイワイいってる5人を見て、真希は安心した。





片づけを済ませた真希は、自室に引き上げた。

入浴を済ませ、布団にもぐりこむ。


頼雅さんは今日戻ってこなかった。

早くて明日戻るということだ。


真希は、手に持っていたメモ紙を広げてみた。

あいつは、これを私のバッグの中に入れるために、わざとぶつかってきたんだ・・・。


『明日15時に、このスーパーの近くにある公園に来て。来なかったら・・・分かるよね?あの男たちの未来は、キミ次第だよ』


あいつに鼻をへし折られても、やっぱり私は神谷家の人たちを守りたい。

私に何ができるのかはわからないけど、神谷家の人たちを傷つけるようなことだけは、絶対にさせない!


真希はメモ紙をグシャッと丸めてその辺に投げ、額に手を当てると、「頼雅さん、力を貸して」と囁いて、眠りに落ちた。




また悪夢を見るかと思ったけど、意外にも朝までぐっすり眠れた。

キッチンへ行こうと数歩歩いたとき、丸めたメモ紙を見つけた。

これは、みんなに見つかっちゃいけないよね。

真希はそれをポケットの中に入れると、キッチンへ行った。


「おはよう」の挨拶が、ダイニングでこだまする。

今日も、頼雅さんと神谷先生がいない、いつもの朝―――。

真希は午前中家事しながら、どうやって午後3時にあの公園へ一人で行こうかと、あれこれ思案していた。



午後2時過ぎの神谷邸には、真希と栄二がいるだけだった。


2時45分ごろ、テレビを観ている栄二くんに、「アイロンがけしてくるね」と言った。

アイロンをかける場所は、今栄二くんがいる場所からだと、少し離れている。

こんなの、子どもでも騙せないレベルかもしれないけど、5分でもいいから時間稼ぎになってくれればいい。


真希はそっと神谷邸を出た。


そして午後3時。

私はすでに、公園で待っていた。

あいつは来るのか・・・来るに決まってる。

手のひらが汗ばんできた。

ここには、まばらだけど人がいるし、スーパーの出入口も見える。

そこから出入りする人たちに、私も見えるところに立っていたら、「やあ」と声をかけられた。


その声に、私はドキッとする。

ときめきとは真逆の嫌悪感。


「来てくれたんだね」


無言の私に、「じゃあ帰ろうか」とあいつは言って、手を伸ばしてきた。

私はその手をふり払い、「帰らない」と言った。


よかった。声、震えてない。


「髪、切ったんだね。確か・・・10日ほど前だったかな?」


当たっているだけに不気味だ。

「そのときから、すでに“キミ”を見ていた」というわけか。

それともお得意の「追跡調査」をしたのかしら。


「よく似合ってるよ。あの男にもそう言われた?」


しまった!一瞬目が動揺してしまった・・・。


「ふーん。いけないね。真希は人妻なのに」


あいつが一歩近づいた。

そして私の髪に触れ、「あの男とは、もう寝たの?」と聞いてきた。


「寝てません」

「でも寝たいんだ」

「さあ」


ちゃんと平静を装えてるよね?私。


「まあいいや。真希はこれから俺と一緒に帰るんだし。挨拶は済ませた?それとも寂しくなるから、このまま帰る?」


あいつが私の腕をつかんだ。


「離して!」


ふりほどこうとしたけど、びくともしない。

やっぱり私、無力なの・・・?

いいえ!ここでこの人に負けるわけにはいかない!

真希は、夫の腕を思い切り噛んでやった。


「いたっ!」


よし。あいつの手が離れた!


「私、あなたのところへは、二度と帰らない。それだけ言いたかったの。じゃ」と一気に言うと、私は駆け出した。


しかし夫に「待てよ」と言われ、真希はまたすぐつかまった。


今度は肩をつかまれた。

そして夫は「逃がさないよ。一生」と言いながら、真希に顔を近づけてきた。


「い、いや・・・やめて」


押し返しても全然動かない。

と、そのとき急に、夫の動きが止まった。


「な・・・なんだ?」

「すみませーん。うちの家政婦さんに、これ以上手出さないでもらえます?」


武臣さんだ・・・。

顔はいつもどおり温和な笑顔だけど、目が笑ってない。

それにいつもどおり優しい口調だけど、声が厳しすぎる。

そして武臣さんの片手だけで、あいつは動けなくなっている。


「真希さんから手離せ」と武臣に言われた夫は、しぶしぶ手を離した。

自由になった真希は、すぐさま武臣の後ろに隠れる。


「僕たちも真希さんに出て行かれるのは困るんだ。彼女は有能な家政婦さんだし、何より兄貴が怖くてね。殺されたくないし。キミも注意しといたほうがいいよ。一応警告したからね。じゃあ真希さん、帰ろう」と武臣は言うと、真希の肩に手を回し、真希を護るように歩きだした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る