第23話 近づく影
頼雅さんが仕事で家を留守にして、今日で3日経った。
今回は3・4日かかるって言ってたから、今日か明日には帰ってくるのよね。
いつになく心が弾んでいる自分がここにいる。
「おはようございます!」
「おはよ・・・真希さん、それ」
武臣は、自分の喉あたりを指差した。
「ああ、なんか痒くて。ボディソープが急に合わなくなったのかしら」
今朝起きたら喉のあたりがすごく痒くて、ボリボリ掻いたら、痒みはおさまったけど、掻いた後が赤く残ってしまった。
だから向かい合った相手の目に、すぐついてしまう。
それで今朝はみんなから、「それ、どうしたの?」と聞かれる始末だ。
「後で先生に診せて」
「なんで新は、そこで”先生”出すんだよ」
「いいじゃん、やらしくて」
「よくない!」
「確かによくないけど・・・真希さん」
「はい?」
「今日は絶対一人になっちゃダメだからね」
いつもどおりの温厚で優しい、自他ともに認める「S」な武臣の口調だったが、いつもより、緊張感と真剣度がプラスされているような気がした。
「・・・はい」
「とは言っても、いつもどおりでいいんだよ。今日は出かける予定ある?」
「スーパーに買いものに行きます」
「俺が一緒に行くよ」
「分かった。誠、頼んだよ」
「おうよ。任せとけって」
今日は午前中栄二くんが、午後は誠くんが私と一緒にいてくれることになっている。
誠くんはテスト中なので、学校は午前中で終わるそうだ。
誠くんと同じ学校の、中・高等部の校医をしている新くんは、時々大学の校医も受け持っていて、今日はその日らしい。
真希は、栄二と一緒にスーパーへ行き、そこで学校帰りの誠と合流した。
それを見届けた栄二は、そのまま仕事へ直行した。
「そういえば誠くんって、めいさんが経営をしている
「うん。でも頼人と
「そうなの」
「あのさ、真希さん・・・」
「なに?」
「俺、雪ちゃんに避けられてるんだ・・・」
「なんで!ケンカでもしたの?」
「いいや、してない」
「じゃあなんでよ。心当たりある?」
なんかもう私、誠くんのお母さんになった気分なんだけど!
「うーん・・・わかんねー」
頭を抱えて悩む誠くんが、可愛くてかわいそうだ。
高校生の恋愛なんて私とは世代が違うけど、好きな子に避けられてるのは誰だって辛いよね。
「じゃあ、いつから避けられてると感じた?」
「そうだなあ・・2週間くらい前かな。俺の弁当見た雪ちゃんが、最近毎日お弁当持ってきてるねって言ったから、家政婦さんが作ってくれるんだーって自慢しながら弁当の中見せて、うまそうだろ、雪ちゃんも食う?ってたまご焼きひとつあげようとしたら、いらないって言われて・・・ああ、そうだ。それからだよ、何となく避けられ始めたのは!」
ああ、なんかそれは、私に原因があるんですけど・・・。
それをこの子は分かってないみたいで。
雪ちゃん、ごめんね。
真希は心の中で「雪ちゃん」に謝った。
「あのー、誠くん」
「ん?」
「そのとき“家政婦さん”のことを、あれこれ言った?」
「うん。料理上手で、家のこともキレイにしてくれて、俺の制服のブラウスもアイロンかけてくれてとか」
「それより、私の年齢とか、外見とか・・・」
「言ったよ。20代の可愛い感じの女の人って・・・あ!」
「やっぱり・・・」
自分が可愛いなんて思ってないけど、雪ちゃんから見たら、私の存在は恋敵に見えないこともない。
私は誠くんのことを息子のように思ってるけど、雪ちゃんはそのことを知るはずがないし。
「どーしよー真希さーん」
「よしよし。今度うちに来てもらったら?」
「いや、それは・・・そうしてもいいんだけど・・・俺もそうしたいし・・・」
「ん?歯切れ悪いね、誠くん」
「うん、ちょっとね・・・あ、雪ちゃん!」
チャンス到来?!
行け!誠くんっ!!押せ!誠くんっ!!
「まこちゃん」
うわあ、何て可愛い子。
めいさんみたいにスッと縦に伸びたスレンダーな体型だ。
顔はすごく小さい!なのに目はパッチリしてて、鼻もスッと高くて。まるで子どもの頃遊んだフランス人形のような可愛さだ。
長い髪を高い位置でお団子にしているところを見ると、やっぱりダンスをしているんじゃないかな。
「買いもの?」
ああ、誠くん。キミは緊張している!スーパーに来てるんだから、そこは分かるでしょうに・・・。でもその気持ち、よく分かるよ。
「うん。今日はお姉ちゃん、バイトだから」
「そっか。あ、この人が家政婦の真希さん」
誠くんにふられた私は、「藤本真希です。よろしくね」と笑顔で言った。
「一ノ瀬雪です。まこちゃんとはクラスメイトで」
「うん、知ってるよ。誠くんがいつもあなたのことを話してくれるから、いつか会いたいなって思ってたの」
というより、この“おばちゃん”が恋敵になるわけないって、雪ちゃん、分かってくれたかしら?
「え、まこちゃん。私のこと言ったの?」
「いや!そんないつもとかしゃべってないし!」と、慌てて否定している誠くんを見て、もしかして私は、二人の間に溝を作ってしまったのだろうかと不安になってしまった。
「じゃあ誠くん。雪ちゃんと一緒に帰ったら?」
「いや。それはダメ」
即座に否定をする誠を、雪は気持ち睨んでいる。
ああ、これじゃあますます溝ができてしまう!
「私のことは大丈夫だから。家まで近いし」
「ダメだって」と言い合いをしている真希と誠に、雪は「じゃあ私はこれで」とそっけなく言うと、サッサと、でもダンサーのように優雅に歩いて行ってしまった。
「追いかけなさいっ!」
「だから、真希さんを一人にはできないよ!」
「雪ちゃんに誤解されたままでいいの?」
「そ、それは・・・・・・誤解は後で解くからいい」
「でも避けられてるんでしょ?」
「そうだけど・・・ああもう!俺のバカ!真希さん、ここ動いちゃダメだよ!・・・ここから一番近くにいる息吹呼んだ。あいつ5分以内にここに来るって。それまでここにいる」
「それじゃあ雪ちゃん帰っちゃうよ」
「いいんだ。雪ちゃんち知ってるし」
「そう。でも・・・」
私が雪ちゃんの立場だったら、すぐ追いかけてきてほしいと思う。
これってすごいワガママだけど、でも・・「女心」ってそういうものじゃない?
ああとにかく息吹くん、早く来て!
真希と誠の願いが通じたのか、それからすぐ息吹が来た。
真希の後ろ越しに、息吹の姿を見た誠は、「息吹来た!」と言って彼に向かって手をふると、「じゃあ俺、行くね」と言うなり、猛ダッシュで雪ちゃんを追いかけていった。
いいぞ誠くん!その意気その意気!!
真希がニコニコしながら、息吹のほうにふり向いたそのとき、男性とぶつかった。
「あ、すみませ・・・」
「失礼」
その男は、帽子を目深にかぶり、マスクをしていたので、顔立ちは分からなかった。
でもあの声。そして、蛇のようにネットリしたあの目つき・・・。
あの男は私の夫に間違いなかった。
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