第21話 特別な人

「なんだよ」

「あの、さっきはごめんなさい。私、何も知らなくて・・・」


やだ。声が震えてくる。涙も出てきそう。


それを頼雅に気づかれるのが嫌で、真希は下を見たまま「役立たずで本当にごめんなさい」と謝った。


「アホかおまえは」

「あ・・・」


この心臓のドキドキ音は、頼雅さんの・・・?


力強く、安定したリズムを刻んでいるそれは、真希の耳にしっかり届いている。

なぜなら頼雅が真希を抱きしめているからだ。


「おまえは役立たずなんかじゃねえよ。だからもう、そんなこと言うな」

「はい・・・」

「さっきは悪かったな。怒鳴ったりして。思い出しちまっただろ」

「もう、ですよ」


まったくこいつは・・・。

どっから「役立たず」なんてセリフが出てくるんだよ。

こいつがいるから俺は家へ帰りたいと思うのに。


「とにかく、弟たちに協力してもらわないといけなかったから家に帰ってきたが、もしおまえに何かあったら・・・ごめんな。おまえを危険な目に遭わせて」

「私なら大丈夫ですよ。逃亡生活中だって、一度も病気になったことない健康体なんですから」

「は?おまえ、何言ってんの?」


あ、頼雅さん、今笑った。


そして頼雅さんは、私を離そうとしなかった。

だから私は、いつも言いたかったことを言うことにした。


「頼雅さんが、今日も無事に戻ってきてくれてよかったです。頼雅さんが無事に帰ってきてくれるだけで、私・・嬉しいです」


国から多額の報酬をもらえる仕事、イコール自分の命をかけた危険な仕事だ。

一つ屋根の下で一緒に暮らし始めて、真希はその事実に気がついた。

今夜の頼雅の姿を見てしまったら、余計その実感がわいてきたと思っていただけに、彼にちゃんと言えてよかったと、真希は思ったのだった。


「俺も。家に帰れて嬉しいよ」と頼雅は言うと、名残惜しく真希を離し、真希のために浄化の水を作った。


「飲め」


頼雅からグラスを受け取った真希は、「はい」と返事をして、ゴクゴクと聖水を飲み干した。

そして、そのコップを受け取った頼雅から、額にそっとキスされた。


「まじない。今日はしといたほうがいい」

「はい・・・」


・・・やっぱりこれは、「デコに口つけた」程度じゃない。

少なくとも私にとっては、だけど。


「おやすみなさい」


真希は顔を赤くしつつ、挨拶をすると、サッサと自室に引き上げた。

そして、頼雅さんの”おまじない”のおかげで、私はぐっすり眠ることができた。






翌日。

真希は頼雅と一緒に、もうひとつの神谷邸へ、浴衣を返しに行った。


「よぅひよりー。おまえ、男できたんだってな」


開口一番ですか、頼雅さん・・・。

でも話をふられた日和ちゃんは、嬉しそうにはにかみながら、頼雅さんに彼氏の話をしていた。


なんか、頼雅さんの表情を見ていると、娘を嫁に出した父親っぽく見える。

それがおかしくて、思わずクスッと笑った真希に、「なんだよ」と頼雅は言った。


「いえ、べつに」

「ったく。おまえはいっつも俺の顔見てニヤニヤ笑う」とブツブツ言ってる頼雅に、日和は「花火楽しかった?」と聞いた。


あれ?ということは・・・。

日和ちゃんも、もしかしてめいさんと頼人さんも、頼雅さんが私と一緒に花火に行くって知ってたの・・・?

まあ、すでに終わった今となっては、別にいいけど。


「楽しかったけどなー。こいつがガキの男二人に声かけられてさ、それをこいつは一生懸命聞いてやって・・・」

「だからそれは、あの子たちがからかっただけだって言ったでしょ!頼雅さんだって、年甲斐もなく覚醒したトラみたいに威嚇するもんだから、あの子たちビビッて逃げちゃうし」

「あ?俺がトラだとぉ?」

「ただのトラじゃありません。覚醒したトラ・・・あ。それとも不機嫌なクマのほうがいいですか?」

「俺、人だけど?おまえはちゃんと俺のことを見てんのか?」

「見てますよ!」


あのときの頼雅さんの浴衣姿もすごくカッコよくて、通りすがりの女の人たちが、チラチラ彼のことを見ていたとこまで、ちゃんと見てたもん。


そのときじっと真希を見ていた頼雅が、不意にクスクス笑い出した。


「な、なんですか、急に」

「おまえ、コロコロ表情が変わるなあ。さっきまで全身毛を逆なでて威嚇する猫みたいに俺のこと睨んでたと思ったら、むくれ顔になるし。そのうち爪でも研ぎだすか?」

「そんなことしませんよ!私だって人なんですからねっ!」

「あーおもしれー!これだからおまえをからかうのはやめられねえんだよなあ」


そのとき、頼友と、もう一人、見知らぬ男性が部屋に入ってきた。


「頼友さん!」

「あー真希さん」


真希はすぐに頼友のところへ行き、「この間は、本当にごめんなさい」と非礼を詫びた。


「いいっていいって。こっちこそごめんな。急に手ぇ伸ばしたらビックリするよなー」

「えっ?なに?このキレイなお姉さんが、もしかして家政婦さん?」と、頼友さんの隣にいる男性に言われて、私は「藤本真希です」と自己紹介をした。


「うわ!やっぱ可愛いじゃん!なんでこんな大事なこと俺に言わなかったんだよ」

「それ大事か?あぁこいつ、滝沢一哉。声優仲間で、一緒に住んでるんだ」

「お、おまぇっ!それ・・・彼女に言ってもいいわけ?!」

「いいんじゃねーの?おまえは嫌だった?」

「いやあ、別に嫌ってわけじゃねえけど・・・」とモゴモゴ言ってる一哉さんに、覚醒したトラの威嚇が落ちてきた。


「何だ、このチャラチャラした男は」


気のせいか、一哉さんと私の間に入って、それとなく距離を開けさせた気がするんだけど・・・。

そこまでするの?この人は!

ていうか、「誰だ」じゃなくて「何だ」っていう言い方が、すでに人扱いしてないんですけど!


「滝沢一哉ですけど?」

「あーこいつ、俺んだから。頼雅は気にしなくていいよ」

「あ、そ」


やっぱり。

さっきの「一緒に住んでる」発言は、そういう意味だったのね・・・。


「真希さん、もしかして知らないのか?」

「何を?」

「うちやそっちの神谷の家って、特別な人・・・」

「だまれ頼友」

「あ、ってことか。わりーわりー」

「何?頼友!教えて!気になるじゃん!」

「おまえには後で教えてやるよ。じゃーなー」


「特別な人」とか言ってたけど、一体何だったんだろう。


「気になるか?」

「うーん。気にはなるけど・・時期が来たら教えてくれるんでしょ?」

「まーな」

「じゃ、そのときまで待ちます」と言って微笑む真希を、頼雅はいつもより少しだけ長くじっと見て、「帰るぞ」とぶっきらぼうに言った。

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