第20話 あなたの役に立ちたくて
頼雅さんと2人で花火を見に行って、4日経った。
あれ以来、彼と2人きりになったことは、今のところない。
私は自室の布団で眠れるようになったし、彼も仕事で遅く帰ってくることはなかった。
髪を切った私を、みんなは良く似合ってると褒めてくれた。
その言葉は嬉しいけど、やっぱりあの人が言ってくれたときのようなときめきを、感じることができなかった。
神谷先生は、昨日から取材旅行に出かけて留守だ。
普段は影のような存在の先生だけど、やはり先生は一家の大黒柱だ。
先生がいない家は、少し
でも長男の頼雅さんがいてくれるおかげで、その脆さが、少しで留まっているのだろう。
私は家政婦という形で、だけどこの家の一員として、その脆さを留める力になりたいと思うようになった。
「今日、頼雅遅いね」
「遅くなるって言ってたよ」
「え?いつですか?」
「あぁ、さっきね。今こっちに向かってるところで後1時間ほどで着くって」
「さっき」って・・・新くんはもう1時間以上前からここにいるけど、スマホで話した様子はなかった。
たぶんこれも、彼らの力なんだろう。
今晩も、みんなで楽しく晩ごはんを食べて、みんな自室へ引き上げた後、私も一旦部屋へ行った。
あれからもう1時間以上経った気がするけど。
頼雅さん、帰りが遅いな。
事故にでも遭ったのかしら・・・いやいや。
だったら、みんなが何か感じるはず・・・だよね?
気を紛らわすために、先にお風呂に入ったほうがいいかなと真希が考えていたとき、ドタドタと慌しい足音が聞こえてきた。
あ、頼雅さん、帰ってきたんだ!
真希は急いで部屋から玄関へ向かった。
「頼雅さん。おかえり・・・」
「来るな!」
頼雅の怒鳴り口調に、真希はその場に立ちすくんでしまった。
「あっち行ってろ!」
彼の怒った形相と苛立ちに、私は何も言えず、体が固まってその場から動けなかった。
私、彼が激怒するような何かをしでかした・・・?
そのとき、真希の両肩に、新がそっと手を置いた。
「頼雅!言い方考えろっていつも言ってるだろ?真希さんには事情が分かんないんだから」
新の言葉を聞いた真希は、改めて頼雅をよく見てみた。
頼雅さんはとても・・苦しそうな顔をしてるように見える。
それに珍しく弟くんみんなが勢ぞろいして、頼雅さんを出迎えてる。
何?もしかして彼、病気なの?
「いいからこいつをどっかに行かせろ!」
「分かった分かった。じゃあ頼雅は保健室の先生が診ますよー。武ちゃん、栄ちゃん、手伝って」
新さんに言われて、武臣さんと栄二さんは、ふらつく頼雅さんを、両側から支えるように手を貸している。
やっぱり頼雅さんは病気なんだ。
泣きそうになった真希の顔を見て、頼雅は一瞬だけ、ニコッと真希に微笑んだ。
しかしその後すぐまた、いつもの怖い顔に戻り、「息吹!」と弟の一人を呼びつける。
呼ばれた息吹は、「分かってるよ」と優しく言うと、「真希さん。俺と一緒に来て」と言って、真希の手首の脈を感じるところにそっと触れると、早足でキッチンのほうへ歩いた。
歩きながら、「誠、玄関の浄化しとけよ」と言うのを忘れない。
「了解ー!」という誠の声を後ろに聞きながら、真希は息吹の後について行った。
一体何が起こっているのか、よく分からないけど、頼雅さんが病気になったみたいだ。
それで帰ってくるのが遅くなったのかしら・・・。
あれこれ考えている真希の目の前に、水の入ったグラスが差し出された。
「これ飲んで。浄化の水だから」と息吹に言われて、真希はグラスを受け取ると、塩で少し甘くなった聖水をゴクゴク飲み干した。
「よかった。真希さんには害が及んでなくて」
「え?私?」
「うん。頼雅、霊障になりかけてたんだ。俺たちは霊力があるからいいけど、真希さんには抵抗できるだけの霊力がないから」
ああ。それでさっき頼雅さんは、早く私をその場から離れさせたかったんだ―――。
「真希さんは大丈夫だよ。さっき手首に触れて確かめたから。家の中にいたのと、俺たちの近くにいたのが幸いしたね。それになりかけだから、頼雅の症状も、それほどひどくない。でも今日は寝る前に必ずお風呂にしっかりつかって。そしてお風呂から上がったら、念のために浄化の水をもう1杯飲んでおいて」
「うん、分かった」
「作り方は簡単。ここの水グラス1杯に、この塩を一つまみ入れるだけ」
「ありがとう」
「それじゃあ俺、玄関と外の周辺、誠と一緒に見てくる」
「分かった」
「あのー・・・。頼雅さ、悪気があって怒鳴ったんじゃないから。ホント、口が悪い兄貴でごめんね」
「そんな!息吹くん、謝らないで!」
謝るのは私のほうだ。
明日にでも、頼雅さんが下に降りてきたときに謝ろう。
彼らの邪魔をしてはいけない。
私にできることは、息吹くんの言いつけを守ることだ。
真希は部屋に戻り、そのまま風呂場へ直行した。
この家を、彼らを守りたいって思っているのに・・・私は本当に役立たずの家政婦だ。
真希は自己憐憫に浸りながらも神聖なお湯に体をしっかりつけた後、髪から足のつま先まで、いつも以上に念入りに洗い上げた。
これで霊障なんて入る隙もないはずだ!
参ったか、霊障!
なんて思っているうちに、私の自己憐憫の気持ちも洗い流されたようだ。
真希は洗った髪をタオルで拭き、もう1杯浄化の水を飲むために、キッチンへ向かった。
「あ・・・頼雅さん」
「よう」
「もう大丈夫なんですか?」
「ああ。なりかけだったし、みんなに浄化してもらったから」
私が見る限り、いつもの頼雅さんだ。
よかった。
「あの、おなかすいてますか?」
「すいてるんだが今日は食べないほうがいい」
「そうですか・・・」
だからそんなシュンとした顔すんなって!
俺だっておまえの手料理、食べたいんだよ。
「念のためだ。すまないな。せっかく作ってくれたのに。明日食べるからとっとけよ」
「は、はい」
いつもの頼雅さんに戻ったのと、また私に優しい言葉をかけてくれたことが嬉しくて、泣きそうになった私は下を向いた。
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