第19話 儚い花火と俺の女

履きなれていない下駄だと、歩きにくいことが分かっているのか、頼雅さんは、ゆっくりと私に合わせて歩いてくれる。


「頼雅さんは、花火見に行ったりお祭りに行ったりするんですか?」


行ってるところ、あまり想像できないけど。


「いや。祭りは俺たちの神社以外のところは行かない。こういうのは、いろんなモンが挨拶にやって来るからな。俺たちみたいな霊力が高いやつには、ちょっとキツい」

「あ、なるほど・・・じゃあ花火大会とかそういうのも、ホントはキツいんじゃないんですか?」


私のためにムリして来てもらいたくない。

答え次第ではすぐ帰ってもいいと、真希は即座に思った。


「いや、今日の花火程度なら大丈夫だ。時期的にも問題ないし、場所も悪くない。ただ、人が多すぎる場所に長くいるのはキツいかな」

「じゃあなるべく早く帰りましょうね」

「べつにいいよ」

「いえ!その・・・私も久しぶりの外出で、しかもそれがこんなに大勢の人の中なので、正直長くいたくないんです。人ごみに酔いそうで」

「そーだな。じゃあ見る場所も、あまり人が多くないところを選ぼう」


そのほうが俺もいろいろ好都合だし。

・・・ったく、さっきから周りにいる男ども!俺の隣にいるキレイな女をジロジロ見るな!


「そういうの、分かるんですか?」

「あぁ、まあな」


出た!「俺に任せろ」って顔!

まあ・・・実際任せているんだけど。


頼雅はゆっくり歩きながら、いつの間にか真希の手をつないでいた。


「見失わないようにな。ちょっと歩くぞ」

「は、はい」


それでも並んで歩くのは、何となく恥ずかしくて、少しだけ頼雅さんの後ろを、私は歩いていた。


途中、出店が並んでいるところに着いたので、そこでかき氷を買ってもらった。

頼雅さんはイカ焼きを買いに行ってる。

彼が見えるところで、ひとり佇んでいると、2人組の若いお兄ちゃんから「おねーさんっ!ひとり?」と声をかけられた。


まわりにはあまり人がいないし、どう見ても、私に声をかけてるみたいだ。


「ひとりじゃないけど」

「ふーん。友だちと一緒?女の子とか」

「ほら、俺たち2人じゃん。だからもうひとり女子が・・・」


「てめえら。俺の女に何話しかけてんだよ」


いつの間にか頼雅さんが、私のすぐ後ろに立っていた。

私でさえ、この声聞いただけでトラが覚醒してしまったとビビッてしまったのに・・・。


案の定、私にベラベラ話しかけてた男の子たちは、途中でピタッと話をやめると、「すみませーん!」と頼雅さんに謝りながら、一目散に逃げていった。


「なんだ、あのガキ。人の顔見てビビりやがって」

「そりゃあビビるでしょう・・・」

「あ?なんか言ったか?」

「いいえっ!」

「おまえも、あんなガキの言うことなんかいちいち聞く耳持つな!」

「べつに聞いてないです!それに、あの子たちから見たら、私なんてただのおばちゃんじゃないですか。あの子たちはただからかってただけですって」


こいつ・・・さっきからどれだけ野郎どもの視線を集めてるのか、自覚してないだろ!

ったく、俺のマーキングが足りてないようだな。

少し離れてるだけだってのに、おちおち食いもんも買いに行けねえ。


「・・・バカかおまえは。行くぞ!」


やっぱり人が少ないほうがいいとか何とかブツブツ言いながら、頼雅はまた、歩きだした。


真希は両手で食べものを持っているので、手はつなげない。

だから「俺の横歩け」と頼雅に言われて、真希は素直に従った。


「その髪、おまえに似合ってる」


まさかここに来て言われるとは思ってなかったので、真希は思わず立ち止まってしまった。


「なんだよ」


数歩先を行った頼雅が後ろをふり向いて、いつものセリフを言った。


「いえ・・・嬉しいです」

「じゃあサッサと俺の横歩け」


真希は「はい!」と笑顔で元気よく答えると、頼雅の横までタタッと小走りで行った。

「俺から離れるなよ」と正面見ながら言う頼雅に、真希は笑顔のまま、「はい!」と元気よく答えた。


「頼雅さんの浴衣姿、ステキですよ」

「当たり前だろ、ばーか」


言うんじゃなかったと一瞬思ったけど、やっぱり言って良かったと、真希は思った。

照れてる頼雅の顔を、初めて見ることができたから――。




それから少し歩いたところに、頼雅が見つけた場所があった。

確かにここは、適度に人が少ない。

これなら人ごみに酔うこともなく、花火を見ることができる。

かき氷を食べ終えたすぐ後、花火が上がり始めた。


色とりどりの、いろいろな形の花火は、一瞬にすべての芸術を賭ける。

これをはかなく、そして美しいと、人々は言うのだろう。


「キレイですね」

空に打ち上がる花火を見ながら真希は言った。


「そうだな」


「おまえのほうが何倍もキレイだ」なんてくさいセリフを言いたくなったのは、生まれて初めてかもしれない。

ったく、何だよ・・・俺。

こいつにメロメロになってるじゃねえか!

もう少し気を引き締めないと。

こいつのカタがつくまでは、手を出さないって決めたことが簡単に揺らいでしまう。



不意に頼雅が、真希の手に触れてきた。

一瞬ビクッとした真希に、「かき氷のコップ、貸せ」と、頼雅は優しく言った。


ああもう、私・・・あ、そうだ。

こういうときは、あれだ、あれ。


「思い出しちゃった、エヘ」


二人は顔を見合わせ・・・そしてゲラゲラ笑い始めた。


「おま・・・バカじゃねえの!・・・」

「だって・・・こう言えって教えてくれたの・・・頼雅さんでしょ・・・アハハハ!」


ひとしきり笑った後、目尻に浮かぶ涙を指で拭いながら「でも、おかげでスッキリしました」と真希は言った。


「おまえ、面白いな」

「それはどうも」

「その髪型になったら、ますます若く見えるな」


頼雅は真希の髪をよしよしとなでながら、そう言った。


気を引き締めろと自分に言い聞かせた矢先に、もうこれだ。

こいつに触れずにはいられない。

まあこれも一種のマーキングだと自分にいい訳しておこう。


「前髪作ったら余計童顔に見えるんでしょう?でも、こういう髪型にしたの初めてだし、すごく気に入ってるんです」

「似合ってるよ」


あ、なんか・・・2人の間の空気が変わった。

頼雅さんの視線が優しくなった気がして、私のドキドキが、もっと大きくなったように感じる。


でも花火が終わり、まわりの人たちが帰り始めて、また2人の空気が元に戻った。

それまで私たちはずっと見つめ合っていたことに、そして私が、若い男の子たちに話しかけられたとき、「俺の女」と頼雅さんが言ったことにも、後で気がついた。

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