第17話 放っておけない困った人

続いて来たのは、あるお宅だった。

家のつくりや雰囲気が、神谷邸に似ている気がする。

そんな私の考えを読んだのか、武臣さんは「ここ、いとこの家だよ」と言った。


ということは、もう一つの神谷邸なのか。

ということは、神谷邸の近くってことなのよね?!

頼雅さん、もう帰って来たかな・・・。

なんて思いつつ、私は武臣さんと一緒に、神谷邸に入っていった。



「いらっしゃい。真希さん、雰囲気変わりましたね」

「ますます可愛くなったでしょ」


武臣の言い方は、まさに妹思いの兄そのものだ。

ここでは頼人がパラパラと清めの塩をまいて、真希と武臣は中に入った。


「今日は花火見に行くんでしょう?」

「はい」

「あまり気が進まない?」

「いえ!・・・たぶん、緊張してるんだと思います。久しぶりの外出だし」

「ですよね。でも神谷の男と一緒にいたら、あなたの変態ご主人は手出しできません」


「変態ご主人」って・・・!

なんて的を得た表現だと思った私に、頼人さんはニッコリ微笑みながら「すみませんね」と言った。


・・・私の思考はお見通しってわけか。


感心している私に、頼人さんから「何か食べますか?」と勧められた。

言われて自分が空腹なことに気がつく。

ずっと美容院で待っててくれた武臣さんも、おなかがすいてるに違いない。


「私たちもお昼がまだですから、一緒に食べましょう」と誘われ、好意に甘えることにした。




真希たちがダイニングキッチンへ行くと、そこには2人の女性が料理をしていた。


「もうすぐできるよ。冷麺だけどいいかな?」

「上等。日和ひよりが作ったの?」

「うん。それとめいさんも」


日和と呼ばれた女性と武臣さんは、とても仲良く話している。

この目線も態度も、やっぱり妹思いの兄なのよね。


そして、「めいさん」という女性。

一言で言うと妖精みたい。

背が高く、縦にすっと伸びたスレンダーな体。

そして少し日本人離れをした、目鼻立ちの整った顔立ち。

明るい茶色の髪は、地毛なのかな。


「紹介します。こちらが私の姫・・・」

「フィアンセの、実藤さねふじめいです。初めまして」

「私、神谷日和です。らいにぃは3人いる一番上の兄です」と日和は言って、ペコリと頭を下げた。


「藤本真希です。初めまして」

私も軽く一礼をして自己紹介を済ませた。


「実藤って、もしかしてあの実藤グループの?」

「そうなの。私は慶葉学園の学園長と理事長を兼任してるの。他のビジネスは、姉のノエルが取り仕切ってるわ」


それでめいさんのことは、どこかで見たことがあると思ったんだ。

「美人経営者」として、ノエルさん共々、よく雑誌や新聞のインタビューを受けていることは、小学校の先生だった私も知ってる。


「確かめいさんは、ダンスをされていたんですよね」

「そうなの!3歳のころからバレエを始めて、8歳で単身パリに行って・・・」

「え!単身で?」

「うん。うち、母親しかいなくて、その母親がすごく放任主義だったのよね。で、本格的にバレエを習うなら、あなたはパリに行ったほうがいいって、当時習ってたフランス人の先生からずっと言われてて。それに向けて、先生からフランス語とバレエを習っていたの。8歳のとき、オペラ座に留学したい理由とか、金額とか、留学期間とか、留学後はどうやって生活していきたいのかとか、あれこれ母に説明したら、じゃあ行っておいでって言われて。おかげで留学費用は出してもらえてから助かったわ」

「あ・・・なんか、ものすごいですね」

「うん、よく言われる」


実藤家って、基礎の規模がすでに違うことがよく分かった。


「オペラ座には15歳まで在籍してたの。うちは、16歳で一人前の大人とみなされるから、そうなると独立して、自分が稼いだお金で生活していかないといけないのよね」

「なんかそれも、ものすごいんですけど!」

「姫の独立心旺盛なところは、そこから来ているんですね」

「そうかもね。姉と兄は、モデルやってお金稼いでいたわよ。私は13のときから映画でバレエダンサーの端役やったり、コンクールに出たりして、お金を稼ぎながら次のステージを探してたの。16から私は、ドイツやロシアのバレエ団に所属して、20のとき、アメリカに渡った。で、30までニューヨークとロスのバレエ団にいたけど、足を怪我して。プロとしてやっていくには致命傷だったの。それでも一生ダンスに関わって生きたいって思った私は、日本に帰って、ダンススタジオを経営してたんだけど、おじいちゃんが亡くなって、学校の経営まですることになっちゃったのよね」

「さすが実藤、としか言いようがないです」


本当に。

すごく大変だと思うけど、そういったことを微塵にも感じさせない。

むしろ楽しんでいるように思えるし、仕事が好きっていうバイタリティーを感じる。

一緒にいると、いい意味ですごく刺激を受ける人だ。

頼人さんは、とてもステキな女性を愛しているんだなと思う。


「メイクは私、着付けは日和ちゃんがするからね」

「あ、はい!よろしくお願いします」


お昼を食べ終えた後、私は別室に通され、先にメイクからしてもらうことになった。

でも日和ちゃんも一緒にいる。

女子3人が集まれば、ガールズトークに花が咲くのは必然だ。

日和ちゃんは、最近つき合いだした彼のことをたくさん話してくれた。

めいさんと日和ちゃんを見ていたら、自分が愛している男性から愛されるって、最高の幸せなんだなと、しみじみ思ってしまった。


「え!それってストーカーじゃない!」

「しかも暴力だなんて!絶対そんな男のところに戻っちゃダメ!」

「戻らないよ。戻りたくない・・・」

「大丈夫だよ。あの家にいれば、絶対大丈夫だから。らいがちが絶対守ってくれるよ」

「らいがち?」

「あ!えっと、頼雅のこと!」

「ああ、なるほど・・・」


日和ちゃんは面白いあだ名で呼ぶクセがあるのかしら。


「らいがちは目つき怖いし、口悪いけど」と日和ちゃんが言うことに、私は力強くうなずいてしまった。


「でもね、ウソはつかない。弱いものいじめも絶対しない。困ってる人を放っておけない優しさを持ってる人だから」


彼が優しいのは、私が「放っておけない困ってる人」だから。

それが分かっていたけど、他の人から言われると、なぜか心がズキンと痛んだ。

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