第15話 武臣とデート?
「な、な・・・なんですかっ!これは!!」
ああぁ。私の顔、赤くなってるよね?絶対。
「おまえがおまじないしろって言ったんじゃねえか。ごちそうさん」
ちょっと!なんでこの人はあんなことしておきながら、いつもどおり平静な態度で、いつもどおり口が悪いのよ!
自分だけわめいていることに、腹立ち半分、苛立ち半分感じながら、真希は頼雅を追いかけた。
「こんなの聞いてません!」
叫びながら、なぜか私はクロスをつかみ取る。
「ゴチャゴチャわめくな。おまえのデコに口つけただけだろ」
「まさか、この間も指でチョンした後・・・」
言い合いしている間、頼雅さんは、いつもどおり自分が使ったお皿を洗い、それを私に渡す。
お皿を渡された私は、クロスでそれを拭く。
「ああやったぞ。こんなのキスの内に入らねえ。まったく。この程度でいちいちドキドキすんな。10代のガキじゃあるまいし」
「なっ・・・!」
「じゃ、流し拭いとけよ。おやすみ」
「ちょ、ちょっと、頼雅さんっ!」
「心配するな。俺のオーラを少し分けただけだから。今夜はぐっすり眠れるぞ。今日のメシもうまかった」
頼雅さんは、言いたいことを言い終えると、私の頭をポンと優しくたたくて、スタスタ歩いていってしまった。
「俺のオーラを少し分けた」って・・・。
私の手は自然と、頼雅さんの唇が触れた額に伸びていた。
この感覚、覚えてる。
この温もりのおかげで、私はいつも朝までぐっすり眠れてたんだ。
だから安心して、自分の部屋で寝るようになったけど、その温もりがだんだん感じられなくなって・・・。
『おまえのことは俺が護る』
「ずるい・・・けど、ありがとう」
私は口元に笑みを浮かべながら流しを拭き、ソファに寝転んだ。
頼雅さんが言ったとおり、この日は久しぶりにあの温もりを感じながら、朝までぐっすり眠ることができた。
そして「おまじない騒動」から5日後、事件は起こった。
「えっと、誠くんは明日のお昼と晩ごはん、いらないのよね?」
「うん。モデルの仕事の後、
イケメンの誠くんは、学校でもモテるはずなのに、つき合っている彼女はいないらしい。
だけど「雪ちゃん」のことは、しょっちゅう私に話してくれる。
きっと、誠くんが好きな女の子だろう。
「その後雪ちゃんを家まで送るんだろ?」
「もちろん!可愛い女の子が暗い夜道をひとりで歩いちゃいけないんだ!」
カッコよくて、騎士道精神も持ち合わせている。
さすが神谷の男だと、私は心の中で感心する。
「とか言っちゃってぇ、ホントは単に雪ちゃんと一緒にいたいだけだろ?」
「あ、アホ抜かしてんじゃねえよっ!」
「あー当たりだぁ」
「新。高校生の一途な恋心をバカにしちゃいけないよ」
「精神年齢が高校生以下なんだよ、新は」
「そりゃあ、普段俺は、若き中・高生諸君の悩みを聞いてあげる、優しい保健室のお兄さん先生だからねぇ」
「新って意外とポジティブ思考なんだな。何言われても、自分に良いように解釈してる」
「何それ。褒めてんの?」
また始まった。
この兄弟、基本は仲良しなんだけど、言いたい放題なのよね。
でも言葉に全然悪意がない。
むしろ相手に愛情をこめて言ってることが、私にも分かる。
「あ、真希さん。俺も明日は昼と晩メシいらない」と息吹くんが言ったのを皮切りに、「俺も」「俺もー」と、他の男の子たちも言い出した。
ニコニコしながら神谷兄弟の会話を聞いていた私は、怪訝な顔になってしまった。
「あら。じゃあ明日は、みんなお出かけするんだ」
「うん。明日は花火大会でしょ」
「え」
「真希さん知らなかったー?」
「うん。じゃあ、誠くん以外のみんなは花火大会に行くの?」
「うん」と、口々に4人は言った。
「頼雅は?」
「俺?明日は午前中仕事。書類整理たまってんだ。めんどくせーけどやらないとなー」
ホントに面倒くさそうな顔してるのが、頼雅さんらしくて面白い。
思わずニヤけた私に、頼雅さんは「なんだよ」と、いつもの言葉で聞いた。
「いえ、べつに」
私もいつもの言葉で返す。
「真希さん、明日出かける予定とかある?」
「私ですか?ないですよ」
神谷邸に来てからも、私に「友だち」と呼べる人たちはもちろんいない。
いつまでここにいられるかも分からないし。
それに私が友だちを作ってしまえば、その人に害が及ぶ可能性もまだある。
神谷の人たちは、それが分かっているからこそ、私が寂しい思いをしないよう、精一杯優しく「友だち」として接してくれる。
「じゃあ僕と一緒に花火見に行こうよ」
「え!武臣さん、お連れの人はいないんですか?」
「いないよ。僕ひとりで行こうと思ってたから」
「武ちゃん、ひとりで行動するの好き派なんだよなー」
「あ、でも着るものとか・・・」
普段出かけるのはスーパーだけだから、部屋着っぽいものが私の普段着で、そういうものしか持ってない。
腕の痣もようやく消えたので、最近やっと、半袖でも過ごせるようになって嬉しいくらいしか、私のオシャレ度はないのだ。
それだけじゃない。
もう1年以上美容院へは行ってないから髪だってバサバサで伸び放題だし、メイク用品だって全然持ってない。
こんな身なりの女と一緒に歩かせるなんて。武臣さんが可哀想すぎる!
どうしよう。どうやって断ろうかと思案している真希を、武臣は顎に手を当てて、じっと見ている。
ん?武臣さん、何か考えてる様子・・・。
メガネの奥にある目がキラッと光ったのは、気のせい?と私が思ったとき、「じゃあ明日は僕と一緒に出かけよう」と、武臣さんが勝手に決めてしまった。
「えっ!?」
って言うのも武臣さんに失礼かしら。でも・・・。
真希は助けを求めるように、頼雅のほうを見た。
無意識に。
「なんだよ」
「い・・・え、べつに」
いつもどおり平然としている頼雅の態度を見て、真希はなぜか失望したが、もちろんその気持ちを表には出さなかった。
しかし戸惑いと、外へ出かけるという拒否感は、まだあった。
「あの、拒否権は・・・」
「ないよ」
うっ!あのスマイル!!
武臣さんは温厚で優しいけど、息吹くんや栄二くんが言ったとおり、実はSだ。
そして武臣さんがあの「悪魔の微笑み」を浮かべたときは、逆らわないほうがいいことを、この一月足らずの間に私は学んだ。
というわけで、私に断る権限は与えられることはなく、明日、武臣さんと一緒に出かけることになってしまった・・・。
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