第13話 条件反射

私が神谷邸で家政婦の仕事をし始めて10日経った。

出足は順調・・・だと思うけど、何かと私に突っかかってくる男の人が、約1名いる。

その人は「たまご焼きは塩味に決まってる」と言うので、翌日、塩味のたまご焼きを作ったら、「なんで甘くないんだ?」と私に聞いてきた。

塩味がいいんじゃなかったんですか?と私が聞き返したら、「べつにどっちでもいい」ときた。


「べつに」は彼の口癖のひとつだ。


とにかくその次の日から、私は甘いたまご焼きだけを作ることにした。

彼は、それに文句を言わなかった。

彼の弟のひとりが、「頼雅は味オンチだ」と言っていた。

それはハズレじゃないけど、正解でもない。

おいしければ、彼はなんでも食べる。それだけのようだ。


神谷先生の6人の息子さんの部屋は、原則、各自で掃除をすることになっている。

というのも、私があれこれいじると、私のオーラが部屋に付着しすぎるので、彼ら自身が後で調整をしなければならなくなるからだ。


当然、私の部屋としてあてがわれている客間は、私が掃除をしている。

今はまだ必要最小限のものしか置いてないけど、この部屋は、今の私の巣だ。

掃除をするたびに、この部屋への愛着がわいてくる。

そしてこの家全体に、愛着がわいてくる。


頼雅さんは、「窓拭いとけ」とか「玄関が汚れてる」など、何かと細かくチェックをしてくる。

それだけ見る目が厳しいということなのか、それとも私をいびっているだけなのか。

たぶん前者だろう。そう思いたい。

昨日は庭の雑草取りをしたら、「まだ残ってる」と言われてしまった。

アイロンがけに関しても、「ワイシャツにしわがある」とか「シーツがピシッとしすぎて寝づらい」など、何かとクレームをつけてくる。

ここまで来れば立派なマニアだ。


「よくそこまでいろいろ見つけられますね」と、彼のことを褒めてあげようか・・・なんて思ってしまう私は、性格が捻じ曲がってしまったのかもしれない。

でも、それだけやることがあるのは、今の私にはとてもありがたいことだ。

それに自分の要望を最初から言ってもらわないと、後でお互い気まずい思いをすることになる。


「後で」って、いつだろう。

私が神谷邸を去った後?


そんな物思いにふけりながら、真希はリビングで洗濯物をたたんでいた。

近くで5男の栄二が、テレビを観ている。


「真希さん、これこれ!」

「え、何?」

「銀河警察隊。俺、声担当してるんだ」


栄二くんは、可能な限り、自分が声優として出演しているアニメ番組を観ている。

「これも勉強!」だそうだ。偉いと思う。


「へえ、すごいね。この人たちって・・・エイリアン?」

「まあそうかな。姿形は人間と同じだけど、別惑星の物語なんだ」

「なるほど」


アニメのキャラクターたちは、それなりにカッコいい。

さすがアニメの世界と言ったところか。

そういえば私、アニメやマンガなんて、ずっと観てない。

テレビドラマやバラエティだって全然観てないな。

だから今人気の俳優さんとか、私は全然知らない。

それらはまさに無縁の世界。

それより今は、「オーラ」や「霊力」のほうがずっと近い存在になっているのが、また不思議だ。


「栄二くんは、声優の仕事をすることで、この世界とつながりを持っているの?」


真希は、洗濯物をたたむ手を休めることなく、栄二に聞いた。


「うーん、それもあるかな。でも俺、元々声優って仕事に興味があったんだー」

「そうなの。じゃあ好きなことを仕事にしてるのね」

「うん。いい事務所にも入れたし。真希さんは仕事してたの?」

「小学校の先生やってたよ」

「わー、似合ってるよねー。ジャージ姿とか」

「それ、褒めてるの・・・?」

「うん!そういうの、意外と萌えポイントだよ」

「あ・・・そうなんだ・・・」


知らなかった。

でもまあ、お調子者の栄二くんが言うことだから、半分だけ真に受けておこう。


そのとき、「あ、よりが来た」と栄二は言って立ち上がると、玄関まで歩いていった。


え?「より」って誰?

っていうか、玄関まで行ってないのに来たなんて、どうして分かる・・・そうだった。

栄二くんは神谷の男だ。

気配を読んだり感じるのは、彼らにとっては当たり前のことだもんね。

便利と言うか何と言うか・・・。


真希は、たたみ終えた洗濯物をかごに入れると、各々の場所へ片づけ始めた。


真希が洗濯物を片づけ終えて、キッチンへ行ったとき、栄二と一人の男性が、おしゃべりをしていた。


あ、この人が「より」さんかな。


「どーも!神谷頼友かみやよりともです!栄二とはいとこ同士で、声優仲間。確か、頼人に会ったことあるんだよな?」

「あ、はい」

「頼人は俺の兄貴なんだ」

「そうでしたか。はじめまして。藤本真希です。ここで家事手伝いをやらせてもらっています」と真希は言って、軽くおじぎをした。


「あー!そんなことしなくていいって!歳、あんまり違わないだろ?」

「たぶん・・・」

「そーいや真希さんっていくつ?」

「おまえなぁ、女性に年齢聞くなよ。失礼だろ?」

「いいんですよ。私、そういうの気にしてないから。えっと、私、29です」

「うそっ!もっと若いかと思った。でも俺より年上のお姉さん・・・」

「栄二、言い方がやらしい」

「俺、そんなに色気ないぞー」

「わかってるよ、ガキ。俺、30ね。やっぱり歳、近かったな」と頼友は言って、ニコッと微笑んだ。


その微笑を見て、真希はなぜか安心した。


神谷家の笑顔だからかな。

あの人、普段は不機嫌なトラだから、笑ったときの顔を見るとギャップが・・・って私、何考えてるのよ!


真希がそんなことを考えてると知ってか知らずか、「ねえ、真希さんって料理できる?」と頼友から話しかけられたおかげで、真希の考えは中断できた。


「うん、一応」

「よりは料理上手なんだよ。それに漬物とか味噌とかいろいろ作るんだー」

「それすごいわ!じゃあここにある味噌は、もしかして、頼友さんが作ったの?」

「はい、正解」

「すごくおいしいです!」

「ありがと」


褒められた頼友は、ちょっと顔を赤くして、ニコニコ笑っている。


「俺の一押しは、やっぱ梅酒だな」

「ええっ!梅酒まで作るの?!すごいよ、頼友さん!」

「ここにもまだあるだろ?梅酒」

「あるよ。真希さん、飲む?」

「え、いいの?」

「いいよいいよ」と栄二は言って、梅酒を注ぎ始めた。


栄二から渡された梅酒を、真希は一口飲んでみた。


「わあ・・・おいしい」


それしか言えない。


「ここのお水だから、よりおいしく感じるのかな」

「それはあるだろうな。あ」


それは何気ない頼友さんの動きだったし、彼に全く悪意はなかった。

私の頭の中で、それは分かっていたはずなのに、頼友さんが私に手を伸ばしてきたとき、私は、顔から胸までを、両手でかばうように覆っていた。

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