第12話 家政婦ライフ、始まる
「頼雅さんはお弁当いらないんですか?」
「ああ。今日は昼と晩、会食なんだ」
「接待ってやつ?」と高校生の末の弟・誠が聞く。
「似たようなもんかな。たぶん仕事の依頼だろう。だから俺の分の晩メシはいらない」
「分かりました」
何となくだけど、残念だと思ってる自分がいる。
「じゃあ帰りも遅いんですよね」
「どうかな。俺は車で行くから酒飲まねえし。適当に話切り上げて帰るつもりだから、11時前には帰ってきたい」
せっかくこいつが作ったメシ、食えると思ったのに。
このタイミングで会食入れるなよ、クソ上司!
ああ、なんだか私、頼雅さんのことをあれこれ詮索しすぎじゃない?
これじゃあ煩い小姑か、ワガママな彼女・・・ちょっと待ってよ、彼女だなんて!もう私ったら・・・バカみたい。
「おい、大丈夫か」
「は、はいっ!大丈夫ですっ!」
「じゃあ手動かして、弁当作れ」
「え・・・あ、はい!」
そうだ。お弁当!
みんな出かける時間があるんだから、空想には、後で存分に浸ろう。
頼雅と一以外の男たちは、ドヤドヤと慌しく出かけて行った。
玄関先で、真希はふぅと安堵の息をもらす。
あの5人は、2年生の子どもたち30人並に元気だわ。
ふと昔のことを思い出した真希は、一瞬胸が痛んだが、以前ほど悲しんではいないことに気がついた。
きっとこれも、「浄化」と、
「先生のお弁当です。魔法瓶にお茶も淹れておきました」
「嬉しいねえ。ありがとう。私は用意してもらわないと、飲まず食わずで書き続ける不精ものだからねえ。本当に助かるよ」
「先生のお口に合えばいいんですけど・・・」
「朝ごはん、とてもおいしかったよ。だから弁当もきっとうまいはずだ。真希ちゃんは料理上手なんだねえ」
「その・・・逃げてる間、よく飲食関係の仕事をしてたんです。ここで役に立つとは思いませんでした」と言ってアハハと明るく笑う真希に、「真希ちゃんに言っておくことがあるんだ」と一は切り出した。
「なんでしょうか」
「まずはじめに、真希ちゃんのご両親だが。2人には今、旅行に行ってもらっているよ」
「は・・・い?」
「ケダモノくんがご両親に手出ししないように、私のほうで手は打っておいたから」
「あ・・・ありがとうございます・・・」
よかった。
両親には迷惑かけっぱなしだったのに、もし両親まで傷つけられたらと思うと、
連絡を取ることができなかった。
「ご両親にキミの事情は話してないからね」
「本当に、ありがとうございます」
真希は涙声でお礼を言った。
「いいって。後は頼雅が何とかするよ。それと、うちの事情について。これは一応国家機密だから、一族以外の誰にも他言してはいけないよ」
「分かりました・・・あのう、そんな大事なことを、私なんかに話してもよかったんですか?もちろん私、絶対に誰にも話しませんけど!」と最後は力強くつけ加えた。
「おまえはこの家の中に足を踏み入れた時点で、もう後戻りはできなかったんだよ」
「え、それはどういう・・・」
「親父はおまえの事情と、うちの事情を天秤にかけて、おまえを救うことを選択した。それだけおまえの事情が切羽詰ってたってことだ。しかし、おまえがうちに来れば、うちの事情は少なからず外部にバレてしまうだろう。だからいっそのこと全部話して、おまえを巻き込むことにしたんだ」
「巻き込むって・・・!」
「おまえはここで、おまえができることをする。そしてここにいる限り、俺たちは絶対におまえを護る。だが、単に”護る”と言い張ってもおまえは信じないだろうし、そのうちみんなに迷惑かけるとか、しょーもねーこと考え始めるだろ?」
「あ・・・それはー」
ほら見ろという顔をして、頼雅は話を続ける。
「これは保険だと思え」
「保険?」
「お互い弱みを握ってるってことだ。とにかく、適当に家政婦の仕事して、とっとと出て行くなんてことは考えるなよ」
「そっ、そんなこと考えてません!」
「あ、そ。じゃあ俺、行ってくるわ」
「はい、行ってらっしゃい」
「・・・・・・いってらっしゃい」
「なんだよ。おまえ、笑顔で見送りもできねえのか?」
「頼雅さんにだけです」
「ふん。かわいくねえ」と言ってる頼雅の口が、笑いをこらえている。
だが不意に真顔になると、「じゃあ親父。こいつよろしく」と言ってドアを開けると、サッサと出かけて行った。
「はいはい」「行ってらっしゃい・・・」
一と真希は、頼雅の後ろ姿に向かって、それぞれ言った。
あんな切ない顔して見送りして。
私がいなかったら、頼雅は真希ちゃんに何をしてたか・・・。
顔を横にふってる一を見て、「先生、大丈夫ですか?」と真希は聞いた。
「ああ大丈夫だよ。いやあ、若いっていいねえ」
「はあ・・・そうですね」
先生の考えていることも、よく分からないわ。
「じゃあ真希ちゃん。私は書斎にいるから、分からないことや困ったことがあったら、遠慮なく言うんだよ」
「はい」
「それから、出かけるときは絶対私に声をかけること」
「分かりました」
一が書斎へ行った後、真希は朝食のテーブルや皿の後片づけをした。
そのとき皿やコップを取りやすいよう、少し入れ替えも済ませる。
よし。これで取り出しやすくなった。
満足した真希は、洗濯に取りかかった。
8人分の洗濯量は、なかなかのものだ。
布団のシーツは毎日2人か3人分することにしたが、それでも毎日2回は、洗濯をすることになる。
でも乾燥機があるおかげで、干す手間が省ける。
真希は、少し乾かしたシーツにアイロンをかけながら、家事の手順を、頭の中でシミュレーションしていった。
「うわー!俺の制服のブラウスにアイロンかかってるよー!」
「俺の白衣も・・・う、うれしいっ!!」
「今日は大変だったでしょ?真希さん」と武臣がねぎらいの言葉をかける。
「いえ、それほどでも・・・。今まではどうしてたんですか?」
「クリーニング」
5人はそろって答えた。
なるほど。その手があったか。
「布団カバーもピシッとなってた!なんかこういうの、母さんが戻ってきたみたいだなぁ」
「栄二って、何気にマザコン?」
「違うわ!」
「でもさ、この家に母さんみたいな女の人がいるって、いいよな」
「珍しく新がいいこと言った」
「一言余計だ、いぶちゃん」
「真希さん、弁当、すげーうまかった!」
「エビフライ最高ーっ!!」
お弁当、みんなカラで持って帰ってくれてよかった。
それに、こんなに褒めてもらえると、すごく嬉しくて、またやる気が出ちゃう。
やっぱり単純だな、私って。
後は、目つきの鋭い男の人が、ここにいてくれたら・・もっと嬉しいのに。
なんて思う私を、心の片隅でビシッといさめた。
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