第10話 甘い白桃 (暴力描写アリ)
「まだ話したいか?」と優しく頼雅に聞かれた真希は、コクンとうなずいた。
頼雅から差し出された紙ナプキンで涙を拭き、真希は話を続けた。
「半年前、私はあいつから逃げたんです。殴る蹴るの暴行は、エスカレートすることはなかったけど、あいつに触れられるたびにビクつく私を見て、はじめはしおらしい顔をしていた彼が次第に喜ぶようになって。それがすごく怖くなった。でも3週間後に見つかって、家に連れ戻された。その5日後、私はもう一度逃げた。今度は4ヶ月近く身を隠すことができた。各地を転々としながら、その場の仕事を見つけた。いざというとき、いつでも逃げ出せるように、荷物は小さなバッグ一つ入る分だけでよかった」
気の休まるときなんて全然なかったけど、少なくとも私は、生きてる自由を感じることができた。
「そして2度目あいつに見つかって、また家に連れ戻されたとき、彼は私を部屋に監禁したの。それが、2週間近くだと思う・・・続いたとき、彼はドアの施錠を外した。そして言ったの。もし今度、キミが俺から逃げたら、キミの両親は借金返済をすることになるよって。何のことかと思っていたら、彼は・・・あいつは、両親を勝手に保証人にして、5千万ものお金を借りていた。私が逃げれば、両親にこれを突きつけるって脅されて・・・」
真希はまた、紙ナプキンを目にあて、涙をふいた。
そろそろ限界だ。
「その日、あいつに抱かれたとき・・・私はもう死んでると思った。私の心が死んでしまったと思った。それでもあいつに触れられると、やっぱり嫌悪感がこみ上げてくるし、平然とした顔で、コンドームをつけているあいつを見てたら、私のことを人として扱おうとしない異常者と、一緒に住むことなんてできないと改めて思った。あいつは興奮して、私を縛りつけて・・・果てた。私は彼が寝静まったのを確認して、そっとシャワーを浴びたの。少しでもいいから、痕を消したくて。その後見たら、あいつはまだ寝てたから、その辺にあった服を急いで着て、家を出た。両親のことは申し訳ないと思ったけど、もう私には、我慢の限界を超えていたの。そして1週間くらい逃げ回ってたと思う。日にちの感覚は全然なくて、お金も持ち出せなかったから、何日も食べてなくて・・・神様、どうか助けてくださいって心の底から願ったそんな時、神谷先生に偶然会ったの」
こんな過去、特に頼雅さんには知られたくなかった。
きっと引いたよね。
でも・・しょうがないか。
「よくがんばったな、おまえ」
「あ・・・」
そんな・・・そんな優しい顔で、優しい声出されると、また涙が出てしまう。
「いいんだ。これは浄化の最終段階だから。いっぱい泣け」
いつの間にか真希は、頼雅に抱かれていた。
「ほ、ホントにそうなの?」
「知らねえよ」
頼雅の言葉に、真希は思わずプッとふきだした。
「でも感情の解放は浄化につながる。これは本当だ。だから泣いていいぞ」
「でも今のセリフで、涙止まっちゃいました」と言ってエヘへと笑う真希を見て、
「じゃ、帰るか。あ、その前に食料買わないとな」と、現実的なことを頼雅は言った。
そうでもしないと、こいつを離したくないっていうのがバレるだろ?
2人はフードコートを出ると、モール内にあるスーパーで、食料を買った。
「えっと、お弁当いるのが、武臣さんと新くん、そして誠くん・・・」
真希はブツブツ言いながら、食材を次々入れていく。
きゅうりを入れようとした真希の手を止め、頼雅は別のきゅうりをカートに入れた。
「こっちのほうが鮮度がいい」
「そういうのも分かるんですか」
「まーな」
「じゃあ、今まで私が入れてきた食料品は・・・」
「大丈夫だ。じゃなきゃさっきみたいに俺が止めてる」
「そうですよね。よかった・・・あ!」
「なんだよ」
「今、お仕事中じゃないのに・・・」
「コントロールはしてる。おまえのオーラはキレイになったぞ」
「そうですか」
「ちなみに、ヤツはここにはいない。安心しろ」
「あ・・・はい」
もしかして、そのために力を使ってくれているのかしら。
「おまえのことは俺が護り抜く」のセリフを思い出し、真希は心から安心した。
食材を買った後、2人は駐車場まで行った。
途中、果物屋を見つけた頼雅は「ちょっとここで待ってろ」と言って、店の中に入っていった。
すぐ戻ってきた頼雅は、紙袋を抱えている。
「何を買ったんですか?」
「家に着いてからのお楽しみだ」
その笑顔に、真希はドキッとした。
「ただいまー」と言いながら、真希と頼雅は家の中に入る。
そして「はい、おかえり」と言いながら、一が清めの塩を、2人のまわりにパラパラとかけた。
「買いものは無事に済んだかな?」
「はい。頼雅さんのおかげです。助かりました。あの、お代ですが、お給料の前借という形で・・・」
「そんな細かいこと言うなよ。俺が出しとく。それで終わりだ」
「え?それは困ります」
「じゃあその分しっかり働け。それでいいか」
「あ・・・はい」
なんか、はぐらかされたような気がするけど。
考えこんでる真希に、頼雅は「よし」と言って、真希の頭を優しくポンとたたいた。
おかげで真希の思考がショートした。
「熱出てんな」
家に帰るころから、何となく体がだるいなと思ってたけど。
「これ、副作用ですか・・・」
「だろうな。熱はすぐ下がる」
泣ききれなかった分、熱という形で出たのだろう。
これも感情の解放だ。
「ここで寝てろ。おまえ、食欲あるか」
「あまり・・・でも、喉越しいいもの食べたい・・・」
「待ってろ。いいもん持ってきてやる」と頼雅は言うと、今は真希の部屋として使っている客室からそっと出た。
何だろう。
頼雅さん、私に食べさせたいって顔してた気がする。
きっと喉越しいいものなんだ・・・あー頭が熱い。
喉も熱い。後でお水飲もう。
頼雅はすぐに戻ってきた。
手に何かを持っている。
あ・・・「これ・・・」。
「帰りの果物屋で見つけたんだ。おまえに食べさせようと思ってさ」
頼雅は、一口大に切った白桃をフォークに刺すと、「ほれ」と言って、真希の口に持っていった。
自分でできる・・・けど、いいか。
真希はそのまま白桃を口に入れる。
その甘い果汁と、冷たい喉越しに、「う・・・ん、おいしい・・・」と唸るように言った。
こいつはイくときこういう顔するのか・・・やべ。
俺、エロモードに入りそうだ。こいつ、熱あんのに。
頼雅は、「こいつは浄化の最終段階中だ」と自分に言い聞かせ、どうにか理性を取り戻させた。
あっという間に全部食べると、すぐ寝そうになった真希を、頼雅が「待て」と制する。
「何ですか」
「水飲んどけ」
「あー、そうでした。私、喉渇いてて・・・ん?このお水、甘くておいしいですね」
「ここの水は神聖だと言ったろ。それに塩を一つまみ入れると浄化の手助けをしてくれる」
「そうですか・・・頼雅さん。今日はいろいろありがとう・・・」
全部言い切れないまま、真希はパタッと眠りについた。
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