第9話 真希のご主人様 (暴力描写アリ)
それはそうだろう。
あいつには、あれだけの仕打ちを受けたんだから。
頼雅は真希の顔を見ながら、話を続けた。
「相手に依存した場合、その相手がいなければ、自分は生きていけないと思い込むまでになってしまう。普段自分に自信がないやつは、依存に陥りやすい。そして執着。これはかなり厄介だ。執着したやつは、意識無意識に関わらず、執着したい相手に自分のオーラを送り続ける。それが続くと、相手は自分のオーラを消しながら、相手のオーラを自分に取り込むようになる。それが繰り返されていくうちに、自分のオーラをあげているやつは、自分自身のオーラが枯渇していく。そういうやつは、与えるばかりで、受け取ることを忘れているんだ。結果、執着したやつは、自分を見失う。そして自分を取り戻すために、自分があげたオーラを取り戻そうとする。それが暴力という形で現れることもある。厄介なのは、望む望まないに関わらず、執着している本人が、その事態を招いていることに気づいてないことだ」
ああ。それ、すごく身に覚えがあるんですけど。
真希の手のひらが汗ばんできた。
それなのに、背筋に寒気を感じる。
そんな真希にはおかまいなく、頼雅は話を進めた。
「それがエスカレートすると、自分と相手の区別が、精神的につかなくなってくるんだ。そうなると、暴力がエスカレートすることもあるし、執着がエスカレートして、ストーカーになることもある。”おまえは俺のものだ”と過度に思い込む。で?おまえを傷つけた男は誰だ」
「し・・・主人です」
もし今、手に何か物を持っていたら、俺はそれを握り壊していただろう。
年齢的に男イコール彼氏くらいだと思っていたが・・・。
「おまえ、結婚してるのか」
真希は泣きそうな顔をしてうなずいた。
この人には知られたくなかった。
でも、いまさら取り繕っても遅すぎる。
神谷家の人たちにはもう、私の最悪な姿を見られているんだから。
それに、神谷家の人たちにはこのことを話しておくべきだ。
真希は顔を上げると、意を決して話し出した。
「しゅ・・・あの人と出会ったのは、2年前です」
もう2年になるのか。いや、まだ2年前なのか。
どちらにしても、あの日から、私の人生は狂い始めた。
いや、その前から徐々に狂い始めていた。
「彼は私に一目ぼれをした、結婚を前提におつき合いをしたいと言ってきました。当時私は、おつき合いをしてる人はいなかったけど、結婚することは考えてなかった。私、小学校の先生をしていたんだけど、それがとても楽しかったんです。念願叶って、やっと職場も見つかって、他の先生たちとも、2年生の子どもたちとも仲良くやってて。全てがうまくいってた。あいつに出会うまでは」
いまだに自分の浅はかさに腹がたつけど、そうなったところで、過去には戻れない。
「私はあなたと結婚をするかどうかは分からないけど、と前置きをした上で、つき合うことにしました。彼の熱意にほだされたというか、これだけ私のことを愛してると言ってくれている人なら、という甘い気持ちが動機だったんです。彼は、私とつき合いだしてからも、いつも優しく、甘い言葉をかけてくれました。そしてつき合って半年後、私たちは入籍をしました。私はまだ早すぎると思ったけど、このままつき合っても結婚するんだからと彼に言われ続けて・・・」
あれから始まった狂った毎日を思い出し、真希は震える両手をギュッとにぎりしめた。
「それから彼は、少しずつ変わっていった。本当に少しずつで、私には彼の変化が読めなかった。でもそれは、すべて彼が計算してやったことだった。まず、私に仕事を辞めてはどうかとそれとなく言う。そして徐々に、私が仕事をする不利益さを、私に植えつけていった。ある日、元気がない私に、職場の同僚だった男の先生が相談に乗ってくれたんです。その数日後、その先生は、交通事故に遭いました。幸い、足の骨折だけで済んだけど・・実は、それも彼が仕組んだことだった」
そうして私だけじゃなく、まわりも巻き込んでいくあいつの卑劣さを、私は嫌でも気づかされていく。
「結局私は仕事を辞めました。結婚して1年半経った頃です。あれだけ好きで、やりたかったことだったのに・・・。キミは家のことをして、俺だけのために生きてくれ。そういう彼が、だんだん不気味に思えてきた。男女に関わらず、私が友だちと会うだけで、彼はすごく不機嫌になって、そのうち誰にも会うなと言うようになった。そのとき、元同僚の先生の事故のことを聞かされて。私・・・私はただ、他の人を巻き込みたくなくて、誰にも会わなくなっていった」
結局、全てはあの男が書いたシナリオ通りに事が進んでいたということだ。
バカな私。そして卑劣な男。
真希の手の震えは、まだ止まらなかった。
「スーパーへ買いものに行くときも、携帯に電話がかかってきた。今どこにいるの、買いものにそんなに時間がかかるの、スーパーの責任者を出せ。それが嫌で、携帯を持っていかなかったら、今度は家の電話がずっと鳴りっぱなし。もう私は気が狂いそうだった。それで私は離婚してくれと言ったの。そしたら彼は・・・」
「暴力か」
真希は力なくうなずいた。
「彼は、服で隠せるところしか、痕を残さなかった」と真希は言うと、自分をそっと抱きしめ、腕をさすった。
寒い、けど熱い。ヘンな気分。
「子どもは?」
「いません。彼は、子どもがいると、そっちに私の気が行ってしまうからと言って、その・・・絶対避妊をしてました。正直、私も彼との子はほしくなかったからよかった。だけど、彼に抱かれるのは・・・触れられるだけで、いつも吐きそうになってた」
こらえきれずに、真希の目から涙が出てきた。
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