第7話 しょうがが好きな男

下着を買った次は、服を買った。

どちらも買ったものを着たので、真希の気分はかなり落ち着いてきた。


やっぱり長い間ノーブラというのも嫌だし、新くんの部屋着を借りっぱなしというのも落ち着かなかった。


その後は、細々とした日用品を、思いついた限り買っておいた。

いろいろな種類のお店が一箇所にある大型ショッピングモールいうのは、本当に便利だ。


「ホントにこれだけでいいのか」

「はい。ひとまずこれだけあれば十分です」


この半年のあいだ、こんなにたくさん自分のものを持ったことがあっただろうか。

それに、一日でこんなにたくさんお金を使ったことも。

たくさん使った分、たくさんお仕事をしよう。


「頼雅さん。お買いものにつき合ってくれて、どうもありがとうございました」と真希は言うと、軽く礼をした。

「別に。それより腹へった。なんか食おう」と頼雅は言うと、またサッサと歩きだした。


頼雅さんにそう言われると、私もおなかすいてきた。

チラッと時計を見ると、午後1時を過ぎている。

私ったら、こんな時間までずっと頼雅さんを引っぱりまわしてたんだ!

他人の買いものにつき合うことほど、退屈なことはないのに。

ああ、申し訳ない・・・。


「あった。ここにするぞ」

「え?あ、はい」


2人が来たのは、総合フードコートだった。


「俺、焼きそば食う」

「は?やきそば・・・?」

「おまえ、焼きそばも知らねえのか」

「知ってますよ!」


ただ、焼きそばと頼雅さんが、どうしてもすぐに結びつかなくて。

今でも結びついてないけど。


「おまえは何食う?」

「じゃあ私は、そこのイタリアンで選んできます」

「分かった」と頼雅は言うと、イタリアンのコーナーへ歩きだした。


「あの、頼雅さん!」

「なんだよ」

「私、一人で大丈夫ですよ」

「でも俺が金持ってる」

「あ・・・そうでしたね。すみません」

「別にいいって。焼きそば屋はすぐそこだし。先にこっち注文しとくぞ。出来るまで時間かかるだろ?」

「そうですね」


何気に優しい、この人は。

真希は、頼雅の背中を見ながら、そっと微笑んだ。




真希はイタリアンのコーナーで、なすのドリアを選んだ。

頼雅が言ったとおり、出来上がるまで10分ほどかかると言われる。

支払いを先に済ませ、2人は近くにある、焼きそばを売ってるコーナーへ行った。


「いらっしゃいませ。ご注文はお決まりですか?」

「焼きそばちょうだい」

「かしこまりましたー」

「あ、ちょっと・・・田上たのうえ、くん?」


いきなり名前で呼ばれた焼きそば屋の若い男の店員は、一瞬面食らった顔をしたが、すぐに「はい」と営業スマイルつきで答えた。


「俺さ、焼きそば半分くらいでいいから、そのもう半分、紅しょうがで埋めてくれない?」

「は・・・?紅しょうがをたくさん、ということでしょうか」

「そういうこと。よろしく」

「か、かしこまりました」


「田上くん」は、そんな注文、受けたことがないという顔をしている。

それはそうだろう。

私だって「半分紅しょうがでお願い」なんて注文しているお客を見たのは初めてだ!

頼雅さんって・・・面白い人。




頼雅の焼きそばが出来たすぐ後に、真希のドリアも出来た。


よかった。

きっとこの人は、私のが来るまで、食べずに待ってたと思うから。

頼雅さんってそういう人だと思う。


2人は向かい合って座ると、「いただきます」と言って食べ始めた。


「あの・・・おいしいですか」


「田上くん」は、お客様の要望に応えてくれた。

焼きそばのお皿半分近くを、紅しょうがが占めている。

しかし焼きそばは、ちゃんと1人前あった。

田上くんは将来きっと、素晴らしい営業マンになるだろう。


「うまいぞ」

「頼雅さんって、紅しょうが好きなんですか?」

「いや。俺、しょうが好きなんだ。特に疲れてるときに食うしょうがは、俺の栄養補給になる」

「なるほど・・・」


刺激味のしょうがを、普通にバクバク食べている頼雅さんって、ある意味尊敬してしまう。

あ。でもさっき、「疲れてるとき」って言ってた。

きっと仕事休みの今日は、のんびり休みたかったに違いない。

それなのに、私の買いものにつき合わせてしまった。


真希はまた、申し訳ない気持ちがわいてきた。


「すみません。せっかく仕事が休みなのに、私の買いものなんかにつき合わせてしま・・・」

「なんだよ。急に止めるな。気になる!」

「あ。いや、その・・・せっかく休みなのに、私の買いものにつき合わせて、頼雅さんの彼女が嫌がるというか、いい気分じゃないと思いまして」

「あ?彼女?いねえよ。半年くらい前に別れた」

「ああそう・・・でしたか」


もう私、穴掘ってそこに住もうかしら・・・。


恥の上塗りをしたと思った真希は、いたたまれなくなって、頼雅から視線をそらした。


「仕事が忙しくてさ、あんまり構ってやれなかったんだ。そして俺の仕事柄、ただ会いたいって理由だけで、仕事中にスマホ鳴らされるのはNGなんだよな。それで段々疎遠になって、あっちから他に男できたって言われて終わり」

「あのう・・・頼雅さんは、何のお仕事をされているんですか?」


今朝会った、いとこの頼人さんは、霊力という特別な力を使って、人助けをしていると言ってたけど。


「警察関係に勤めてる」

「刑事さんですか?!」

「ああ、まあな」


ホントは警視庁に勤めてる特別警視捜査官なんだが、似たようなもんだろ。


なるほど。

口の悪さや目つきの鋭さは、手錠をかけられるより、かけるほうが、断然似合っている。

真希は一人で納得していた。

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