第6話 罪作りな人

「大丈夫か?」

「は、はい。腕がちょっと熱いだけで」

「そうか。じゃ、行くぞ」

頼雅は立ち上がると、スタスタ歩きだした。


「えっ?行くって・・・どこに?」


真希も慌てて立ち上がり、頼雅のあとを追う。

頼雅は立ち止まると、くるっとふり向き「おまえの買いもんに決まってるだろーが」と言った。




それが確か10分ほど前の話で、今私は、頼雅さんが運転する車の助手席に座っている。

あの部屋で行われた「浄化」は、私にはさっぱり分からないことだらけだった。

だけどそれは確かに行われたことで、その証拠に、頼人さんの手が当てられた両腕は、まだ熱を持っている。


真希は無意識だろう、そこに触れた。


「まだ痛むのか」

「いえ!本当に痛くなくて、ただ・・・熱いんです」


不思議な感覚。

浄化された後、何かが変わった気がした。

外見じゃなく、私の心の持ちよう・・・うまく言えないけど、心の重しが取れたような軽やかさを感じる。

これでいいんだっていう気持ちもある。


「あの・・・ありがとうございました」

「べつに」

「これで今夜から、料理はできますよね?」

「いや、まだムリだろ。後で副作用が出るかもしれない」

「え」


副作用って・・・何?!


「出るか出ないかは俺にも分からん。だから今日は様子見だな」

「そう・・・ですか」

「心配すんなって。出ても大した症状じゃないから。言っとくが、俺は頼人みたいに人の思考は読めないぞ」

「あ?ああ、そうですか」


さっき、急に浄化部屋で2人きりになっちまったと意識したから、サッサと部屋を出たのはいいが・・・。

よく考えたら今、車に2人きりでいるこの状況のほうが、余計に意識しちまうじゃねえか!

ああまったく、親父のやつ!厄介な女を連れてきやがって!


頼雅は気晴らしにミュージックをかけることにした。


「そーいやおまえ、親父と知り合いだってな」


親父は意外と社交的だから、年齢や性別に関係なく、幅広い交友ネットワークを持っている。

そこから仕事の依頼を受けるのも、よくある話になっちまった。


「はい。私の両親が神谷先生の別荘の管理をしているんです。それで先生は、小さい頃から私を可愛がってくださって・・・。それでつい、偶然再会したときに、助けを求めてしまって。すみませんでした」

「謝るくらいなら助けを求めるな」

「はい?」

「そんな中途半端な気持ちで、てめえの命を親父に託したのか?」

「あの・・・それは違います」

「だろ?じゃあ謝るな」

「はい・・・」と言って、真希は下を向いた。


この人って、本当に口が悪い。

そしてこの人にズバズバ物を言われると、なぜか落ち込んでしまう。

でも。この人が言ってることは、間違ってない。


あ。だから私、落ち込んでしまうのか。


それに、口が悪い言葉の中に、この人の優しさが隠れ見える気がする。

だから怒る気にならないのよね。




あーもう、こいつは!

なぜイチイチ落ち込むんだよ!

まるで俺が重罪人になったみたいじゃねーか!


・・・その通りかもしれない。


もっと優しくしろ、俺!

傷ついてる女――しかも俺にとってこいつは「特別な女」なのに――に優しい言葉の一つくらいかけてやれよ。


「でもま、親父に助けを求めたのは正解だったな」

「え?」


真希は思わず顔を上げた。

そして運転している頼雅の横顔をじっと見る。


「安心しろ。うちにいれば大丈夫だから。おまえのことは、俺が護る・・いや、全力かけて護り抜いてやる」


頼雅さん、今何気に、すごいことをサラッと言いきった・・・!

でも・・この人が言うことは、なぜか信じられる。

私の心の中に、頼雅さんのセリフがストンと落ちてきて、気づけば私は笑顔で「はい!」と答えていた。



あーっ!こいつの笑顔が眩しすぎる!

早く目的地に着いてくれ!


頼雅は安全運転を心がけながら、気持ちスピードを上げた。







そして大型ショッピングモールに着いた私たちは、買いもの第一弾として、下着屋さんに来ているところだ。

正確には、頼雅さんはお店の前にあるベンチに腰掛けて、お店の中を見ている。

だから、お店の中で下着を選んでいるのは、私一人。

私の下着を買うんだし(いや、現時点では「買ってもらう」んだけど)やはり男性が女性の下着を物色するのは恥ずかしいだろう。お互いに。

と私は思っていたのに、途中から頼雅さんが、店内に入ってきた。


なんかこの人・・・場違いだけど、その場になじんでる気がする。

私が言ってることは矛盾してるけど。

とにかく、頼雅さんは不思議な魅力を持った人だ。


「決まったか」

「あ、はい」

「じゃあ支払いするぞ」と頼雅は言って、レジのほうへスタスタ歩いていった。


ああそっか。それでお店に入ってきたんだ。

お金は頼雅さんが持ってるもんね。


そこへ「恋人同士でしたら、彼女にこういうのもどうでしょう」と、私から見たら大胆なデザインのモノを、お姉さん店員は勧めてくる。

私とあまり年齢が変わらないと思われるその店員さんは、私たちのことが恋人同士に見えるのだろうか。

それにしては、頼雅さんを見る目が狙ってるように見えるのは、私の気のせい?


「いや、いい。俺、彼女が身に着けるもんより、その中身のほうが気になるから。そーいうの全然見ないし、興味もなくて、サッサと脱がせるタイプなんだ」

「そっ!そうですかっ!!」


ちょっとお姉さん!鼻血出そうな勢いですけど!大丈夫かな・・・。

それより頼雅さんったら、何気にまた、すごいことをサラッと言いきったし!

店員のお姉さんが、ますます頼雅さんに興味を示したことに気づいているのかしら。


「じゃ、これお願い」とにこやかな顔して支払いを促す頼雅に、「はい、かしこまりましたっ」と、お姉さん店員は従った。


もうなんか、この2人、主従関係というか、ご主人様と召使関係のような。

とにかく店員さんは、頼雅さんの言うことなら何でも聞く勢いだ。

すっかり彼のファンになってるみたい。

まあ、分からないこともないですけど・・・。


「ありがとうございましたぁ」と言いながら、深々とおじぎをして店の外まで見送るお姉さん店員に、頼雅は、一度後ろをふり向いて、「ありがとね」と歩きながら言った。


罪作りな人だと思い、真希は苦笑する。


「なんだよ」

「べつに」と真希は言って、クスッと笑った。

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