第5話 浄化作業

「そろそろだな」

「はい?」


何が「そろそろ」なのかしら、と真希が思ったそのとき、「来い」と頼雅は言って真希の手をつかんだ。


え?えっ!


「あの・・・いったいどこに・・・何を・・・?」


どうしよう。

他の弟さんたちは仕事と学校に出かけちゃったし、先生は執筆中なのか、それとも在宅中なのかも分からない。


しかし不思議と真希は、頼雅は自分を傷つけるようなことはしないという確信があった。

ここはおとなしく従おうと決めた真希は、頼雅に歩調を合わせた。





頼雅は、ある部屋に真希を通すと、「ここで待ってろ。すぐ戻る」と言って部屋から出た。

一人部屋に取り残された真希は、あたりをキョロキョロと見渡した。


椅子が数脚に、小さなテーブルが2つある。

他には何もない、板張りの洋室。

でもこの部屋は掃除が行き届いている。

普段誰かが使っているのだろう。

と真希が考えていると、ドアが開いて、頼雅が入ってきた。


そして頼雅の隣に、もう一人男性がいた。

長くストレートに伸びている髪を一つに束ね、濃紺の着流しを着ている。

その男性は、ニコニコ微笑みながら、「おはようございます」と真希に挨拶をした。


「あ・・おはようございます」と、真希もつられて挨拶を返す。


「なるほどー。これは少々厄介ですね」

「だろ」

「どうりで私も感じたはずだ」


頼雅と長髪の男性は、真希を見ながら、2人でいろいろ話している。


「厄介」って、私のこと・・・だよね。


2人は歳も同じくらいに見えるし、顔立ちが、何となくだけど似てる気がする。

でも兄弟じゃないよね。

先生は「6人息子がいる」っておっしゃってたし、もう6人全員顔合わせしたし。


そんな真希の考えを読んだのか、「これは失礼しました。自己紹介がまだでしたね。私は神谷頼人かみやらいとと申します。頼雅と私はいとこ同士なんですよ」と、にこやかに頼人は言った。


いとこ。

そうか。それで顔立ちが似てると思ったんだ。

背の高さとか細身の体型も似てる。


そのとき真希は、頼人がフッと笑った気がした。


ん?気のせい・・・だよね。


「おい、ちゃっちゃと始めようぜ」


頼雅のひと声で、その場の空気が少し変わった。

和やかさに緊張感が生まれる。


「そうですね。では真希さん、こちらにお掛けください」と頼人に言われて、真希は近くにあった椅子に腰掛けた。


・・・あれ?私、自分の名前言ったっけ?


「いいえ、言っていません」

「・・・は・・・?」

「すみませんね、驚かせて」と言ってる頼人の口調は、すまないとは全然思っていない。


「私は人の思考が読めます。あなたが今、何を考えているのかが分かるということです。これは私が持っている力の一つにすぎません。今日私がここに来たのは、あなたの霊障を取り除くお手伝いをするためです」

「霊障、ですか・・・」


ってその前に、頼人さんは私の考えてることが分かるって言わなかった?!


「まあ驚くのも無理ありません。神谷の家の者は、こういった力――私たちは霊力と言っていますが――それを使い、人助けをしている者が大勢います。私と、頼雅もそうです」

「頼雅さんも・・・?」


だからさー、こういうキョトンとした顔向けられると、俺・・・弱いんだわ。


ククッと声を抑えながら笑いをこらえようとしている頼人に、「人の考えを勝手に読むな」と頼雅は諭す。


「仕方ないでしょう。今は仕事中なんだし」

「こういうのをタチが悪いって言うんだ」

頼雅はぶつくさ言った。


「まあそういうわけで、あなたには、生霊が憑いています」

「わ・・・たし・・・?」

「心配しなくても、殺されることはありません。ですが、このまま放置しておくと非常に危険です。今からそのオーラを取り除く作業を、私がやります」

「は、はい・・・」


霊障とか、生霊とか、そういうの、私には無縁のものだと思っていた。

だからそんなことを言われても、私にはさっぱり分からないんだけど・・・とにかく、この人に任せよう。

頼雅さんもここにいてくれるようだし。


真希は意を決して「よろしくお願いします」と言うと、正面に座った2人にペコリと頭を下げた。


「すぐ終わりますからね。そう硬くならないで・・・」と頼人は言いながら、真希のまわりに何かを描き始めた。


あ、頼人さんの目つきが変わった。

温厚な雰囲気はあるけど、その中に厳しさが加わって、目に力が宿ったような・・・。

頼雅さんの目も、ますます鋭く光ってきたみたい。


そのとき頼人が、いきなり真希の腕をつかんだ。

驚いた真希は、「やめ・・・!」と言って、顔を横にそらした。


いけない!

「やめて」と言ったり反抗してはいけなかったのに。

真希はすぐさま「ご・・・ごめんなさい・・・」と小声で謝った。


でももう遅い。

また私は罰を受けるんだ。「あいつ」から・・・。


これから起こることの恐ろしさに耐えきれず、真希は両目をギュッとつぶった。

しかし当然のことながら、真希は罰を受けなかった。

その代わりに、真希のすぐ近くから、押し殺していてもよく通る、男の低音が聞こえた。


「誰だ」

「・・・」

「おまえを傷つけたやつは誰なんだ」

「・・・ぇ」

「そんなことを聞いても何の解決にもなりませんよ。それより頼雅、手を離してください」

「あぁ、わりぃな」

「悪いなんて全然思ってないくせに。護身術を身につけてなかったら、私の身がもたないところでしたよ。さあ、最後の印を結びたいから手を離して」

「こいつに手荒なマネ、すんじゃねえぞ」

「分かっていますよ。私だって命は惜しいですからね。せっかくと出会えたというのに・・・」


頼人はブツブツ言いながら手で印を結ぶと、両手をパンと合わせた。

そして手のひらを、片方ずつ真希の腕にギュッと当てた。


「わっ!」


ビックリして、真希は少しではあるが、文字どおり飛び上がった。


驚くと飛び上がることって、ホントにあるんだ。

こんなの、マンガの世界だけで起こると思ってた。


「少し熱かったでしょう」

「はい・・・」


頼人さんに触れられたところは、まだ熱を持っている。


「あなたは少々厄介な人に憑かれてしまったようなので、熱がひくまで、もう少し時間がかかると思います」

「どれくらい」

「私の力でやったので、数時間。長くても5時間以内でしょう」

「それまでこいつは痛い思いをするのか」

「いいえ。今も熱さを感じるだけで、痛くはないはずです。これも私の力のおかげですよ」

「分かった。ありがとな、頼人」

「いえいえ。それではこれで失礼します。真希さん、またお会いしましょうね。あ、お2人とも、見送りは結構ですよ」と頼人は言うと、立ち上がって部屋から出た。



あの頼雅があそこまで怒るとは・・・。生霊の男、ただでは済まないでしょう。

それにしても、彼女が痛がっていないか心配する姿は、まさに惚れた男の弱み。

あんな頼雅の姿も初めて見ました。


「これからが楽しみです」と頼人はつぶやくと、フィアンセが待つ家に帰っていった。

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