第4話 頼雅(らいが)登場

「ただいま」

「はい、おかえり。お仕事おつかれさん」と一は言って、帰ってきた一番上の息子・頼雅らいがのまわりに、清めの塩をパラパラまいた。


「・・・またをしょい込んだな、親父」

靴を脱ぎながら、頼雅はつぶやいた。


「知り合いの娘さんでね。たまたま会ったんだが放っておけなくてねぇ。まあこれも、何かの縁だな」と一は言ってハハと笑った。


「親父がそこまで言うんだったら重症なんだろ」

「かなりね。というわけで、明日は真希ちゃんの面倒を見てやってくれ」

「は?俺がか?仕事から帰ったばかりの俺をこき使うのか」

「これも仕事だと思って。ね?」

「ね?じゃねーよ、クソ親父」

「お褒めの言葉、感謝するよ。じゃおやすみ」と一は言って、サッサと自室に引き上げた。


クソッ。せっかく明日は久々の休みだと思った・・・「誰だ」。


リビングのソファに人影がある。

この気配は・・・「厄介女」か。

なんでこんなところで寝てんだよ。


頼雅はソファに近づいた。


真希は、タオルケットにくるまり、スースー寝息を立てて寝ていた。

胎児のように丸まっている真希の姿を見た頼雅は、思わず「何て無防備なヤツ・・・」とつぶやく。


今まで気張ってて、ロクに寝てなかったんだろうな。


気がつけば頼雅は、真希の髪をそっとなでていた。

そして「おやすみ。明日は浄化するぞ」と小声で言うと、真希の額にキスをして、自室に行った。


ついに出会っちまった・・・。


まさか厄介事をしょい込んだやつが、俺の女になるとは。

いとこの頼人らいとのことを笑えなくなったじゃねえか。

とにかく、こいつのことは俺が護る!


「あーめんどくせー」と頼雅はつぶやくと、口の中から歯磨きをペッと吐き出し、ガラガラとうがいをした。





「あーっ!遅刻するーっ!!新はっ!」

「まだ寝てるんじゃない?そういうわけで僕も寝てたから、今日の弁当はナシだよ」

「武臣ぃ・・・」

「いーじゃん別に。食堂使え。慶葉けいようのはなかなか美味しいって評判いいぞ。おはよ、みんな。誠は朝からそんなに血糖値上げないの」

「遅刻すんだよ!新!おまえの車に乗せろ!」

「えー?俺、行くにはまだ早いんだけどー」

「じゃあ俺が乗せてこうか?」

「いぶきぃ!今度メシ驕ってやる。みおさんも一緒・・・」

「誠っ!余計なことは言わんでいいっ!!」

「いや、みんなにはバレバレだから。一途ない・ぶ・ちゃん♪」

「栄二」


何、これ・・・。


神谷兄弟のわめき声で目が覚めた真希は、半分寝ぼけた状態で、朝の”光景”を見聞きしていた。


これは・・・やっぱり、家政婦さんが必要よね、うん。


真希は自分の心の中で確認し、自分で答えを出した。


それより私・・・あれ?ここどこ?


「あ、目覚めた?おはよー真希ちゃん」

「おはよう・・・ございます」

「ぐっすり眠れた?」と武臣に聞かれて、真希はなぜか額に手を当てた。


「はい」


意外だけど、ぐっすり眠れた。

でもソファでっていうのが、おかしくて笑える。


額に手を当てた真希を、武臣たちは訳知り顔でニヤニヤしながら見た。


「そりゃあ、ぐっすり眠れるよなあ?」

「だな」

「そっか。じゃあ頼雅の・・・」

「まだ言わない」

「楽しみは後で」


何?みんな話してるの?

よく聞こえないんですけど。


真希がタオルケットを楯のようににぎりしめてソファから立ち上がったとき、「おはよ」と眠たげな声が聞こえてきた。


「おはよ!仕事、大変だったみたいだね」

「あーまーな」と頼雅は寝ぼけ声で言うと、ダイニングチェアにドサッと腰掛けた。


な、何?この人。

覚醒前のトラ?それともクマ?

すごーく寝起きが悪いのに、なぜか早起き・・・あ。もう8時過ぎてるのか。


それを合図にしたように、新と頼雅以外の男たちは、「遅刻だ!」「行ってきます!」と言いながら、賑やかに出かけて行った。

思い出したように真希が「いってらっしゃい・・・」とつぶやいたものの、神谷の男子4人はすでに出かけた後で、玄関には誰もいない。

そして視線をヒシヒシと感じた真希は、その元を見た。


うっ!睨まれてる!


真希と目が合った頼雅は、「名前は」と真希に言った。


うぅ!不機嫌なクマが吠えた!


「ふ、藤本真希ですっ」と、真希は慌てて答える。


「知ってるくせに」と新が心の中で言うと、頼雅は新を睨んだ。

「2人とも、トースト食べる?」と新に聞かれた頼雅と真希は、「ああ」「はい」と答えた。

「んじゃ、準備準備♪」と新は言って、キッチンへ歩いていった。




「新くんが頼みの綱だったのに」と真希が気づいたときには遅かった。

新はまだ、2人に見えるところにいるが、背を向けて朝食の準備をしている。


なんか・・・この人と一緒にいるのは気まずい。


「あの!私がしますっ!」

「駄目だ」と頼雅は瞬殺する。


「でも・・・私、この家の家政婦として雇われたんだし・・・」

「今のおまえに、家のあちこちを触られたくねえんだよ」と頼雅に言われてショックを受けた真希は、「あ・・・」とつぶやき、思わず下を見た。


「ちょっと頼雅!言い方ってもんがあるだろ!」

「分かってるよ」


なんでこいつのこんな顔、見たくねえと思うんだよ。

ってか、こんな顔させたのは俺だろ!


「まったく。普段は一番頼りになるのに、時々一番、聞き分けのない子どもになるよなー、頼雅は」

「うるせえっ!てめえに言われたかねえよ!」

「とにかく、真希ちゃんにちゃんと謝れ。そしてちゃんと言い直せ。じゃないと家政婦辞めるって言い出しかねない・・・」

「分かった分かった!・・・ったく。その・・・俺の言い方が悪かった。今のおまえにはから、それをこの家の中にばら撒かれたくないんだ」

「は?邪気・・・ですか」


そりゃあ突然「邪気」とか言われても、何だそれって思うよなあ、フツーは。

でも、そんなこいつの顔がすげー可愛いって思う俺は、もうフツーじゃないと思う。


ただ真希の顔を見つめるだけの頼雅に、「そう。うちはちょっと特別でね」と、新が口をはさんだ。


「はあ・・・」


いかんいかん。

ついこいつに見惚れてた。


、家の中は常にを張り巡らせておく必要がある。今日はおまえを浄化する。家政婦の仕事はそれからにしてくれ」


仕事って、何の仕事だろう。

それにキレイな気って何だろう。

私を浄化するって・・・よく分からないけど、頼雅さんの言うことなら信頼できる。


真希は、「はい、分かりました」と答えて微笑んだ。


やべえな、こいつの笑顔は。

なんて頼雅が考えているとは、真希は露とも思わなかった。

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