第3話 久しぶりの安眠

ふぅ。気持ちいい。


真希は、神谷家の客間にあるヒノキ風呂につかっていた。


黒い大理石とヒノキを贅沢に使った風呂場は、まるで旅館の露天風呂みたいだ。

外からは分からないけど、実際中に入ると、このおうちはとても広い。

だから誰も掃除をしたがらないのかしら。


そんなことを考えながら、真希はヒノキの香りがするお湯に身をゆだね、またふぅとため息をついた。


その頃。


「なあ、武ちゃん」

「なに?」

「やっぱ真希ちゃんには、長袖用意したほうがいいよなー」

「そうだね。この暑い時期に、肌を見せない服を着ているということは、見せたくない理由があるんだろう」

「だな。ちょっとは親父さんが祓ったみたいだけど、邪気のにおいがプンプンしてたし」

「新がそう言うと、変態っぽく聞こえる」

「ひでーなそれ」

「ごめんごめん。つい」


つい、はもっとひでーよとブツブツ言いながら、新は着替えを取りに、自分の部屋に行った。



新は、客室の風呂場のドアをノックして開けると、「着替えとタオル、置いとくねー」と、ドアの向こうにいる入浴中の真希に言った。


「あ・・・はい!ありがとう」

「どういたしまして。そこで寝るなよー」


気持ちよくて、瞼が閉じかけていたのがばれてたか。


真希はシャンプーを3度すると、ボディソープを使って、体の隅々までキレイに洗った。


逃げる前も、かろうじて体は洗った。

少しでも痕跡を消したくて・・・。


真希は、腕や腿についた痣を見ると、目をギュッとつぶった。


あれから何日経ったんだろう。

神谷先生に会う数時間前、通りかかったお店のトイレでお水を飲んだのが、最後の食事だ。

おなかすいた。


真希は細く震えた息を吐くと、目を開けて風呂場を出た。


よかった。


長袖に長ズボンの着替えを見て、真希はホッとした。

ショーツの替えはないので、今まではいていたのを入浴中に手洗いした。

それはもちろん、まだ乾いていないので、ノーパンでズボンをはくことになるが仕方ない。


ブラは元々つけていなかった。

逃げ出すときに、そんな余裕なかったもんね・・・。

ひとまず明日、必要な服と下着を買おう。

お金は、給料を前借して・・・って私、ここで家政婦の仕事をするって決めたの?


・・・少なくとも、先生には多大な恩がある。

それにさっきの会話を聞いたら、放っておけない気持ちが芽生えてしまった。

だから家政婦の仕事をしてみよう。

少しの間だけ、神谷家のみなさんに甘えさせてもらおう。


真希はそう決意すると、借り物の服を着た。

やっぱり、シャツもズボンもブカブカだ。

みんな私より、20センチは背が高い。

それに太ってはいないけど、いい体型してる。

細身で筋肉質とか、がたいがいいとか。

とにかく、みんなイケメンだということは間違いない。

おなかすいた。

これも生きてる証拠だ。


真希はそう自分に言い聞かせながら、キッチンまで歩いていった。





「おいしい・・!」

「よかったぁ」

「この中で一番料理できるのは武臣なんだ」

「おまえが自慢してどーする」

「すいません」


わざと神妙な顔して謝る栄二を見て、真希はクスクス笑った。


「兄弟仲いいんですね」

「うーん、そうだね」

「ケンカしないよな、俺たち」

「そういうのに使うの、めんどくさい」

「なるほど」と言ってる間に、いつの間にか全部食べていた。


「おいしかったです。ごちそうさまでした」

「まだ食べる?」

「いいえ!もうおなかいっぱい!久しぶりに食べたせいかな」

「そうだな。急に食べると胃に負担がかかる。ここは保健室のセンセイの言うことを聞いて・・・」

「新が言わなくても真希さんはもういらないって言ってるじゃん」と、末の弟、誠がつっこむ。


「相変わらずクールだなぁ、おまえは」

「新が暑苦しすぎなんだよ」

「ひでーよ!みんなして俺のこと暑苦しいって!せめて熱血とか別の言い方してよー」

「いやあ、こればっかりは。ねえ?真希さん」

「え?私にふるんですか!」

「だから武ちゃんも、温厚な顔しながら何気にひどいツッコミするなって!」

「武臣はSだ。しかも前にドがつくくらいの」と、栄二が真希に小声で言う。


「えいじくん・・・?」

「あ、武臣まで聞こえてたー?アハハハ」

「明日は弁当作らないよ」

「あーっ!ごめんごめーん!」と謝る栄二を見て、「そういえば、誠くんとか、お弁当がいる人、いる?」と、真希は聞いた。


「今のところは、僕と新、それに誠かな。栄二は気分転換に時々持って行ってるね。でも僕たちも、普段は食堂とかで済ませることが多いよ」と武臣が言った。


「作る時間がもったいない」

「そーそー。睡眠のほうが大事だ」

「じゃあ、明日からは私が作りましょうか?」

「まじーっ?!・・・あ、でも食料ないや」

「あら、そうなの」

「それに家政婦のお仕事は、明後日からでいいと父が言ってたよ。明日は服とか買いに行ったらいい。お金のことは心配しないでいいから」

「あ・・・すみません。後で必ず返します」

「うん。気にしないでね」


食器を片づけた後、真希は客間の布団に入っていた。


布団で寝るのは久しぶりだ。

神谷家のみんなは、とてもいい人たちばかりだ。

こんなに気を張りつめずに眠ることができるのは、ほんと・・・ひさしぶり・・・。


真希はすぐに、眠りに落ちた。

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