第2話 神谷家の男たち
「・・・ちゃん。真希ちゃん」
「ん・・・は、はいっ!」
私、眠ってしまってた!
なんという失態・・・うう。
「すみません。眠ってしまって」
「いいんだよ。起こして悪かったね。でもうちに着いたから」と一に言われてはじめて、真希は車が止まっていることに気がついた。
「じゃ、降りようか」と一は言うと、車から降りた。
真希もそれに倣う。
暗くなった夜空に、神谷邸はなぜか眩しく見えた。
「入る前に、ちょっとごめんねー」と一は言って、手に持っていた何かを、真希のまわりにパラパラとかけた。
「え?な、何ですか?これは」
「塩。お清めのね。真希ちゃんはうちに来るの初めてだし、ちょっと邪気が強かったからね」と一は言いながら、自分のまわりにも、パラパラと塩をかける。
邪気とかお清めとか・・・ここにはオカルトの世界があるのかしら。
でも今日だけは、先生のご厄介にならせてもらおう。
そしてもし、お宅がひどい惨状だったら、お礼を兼ねて、キレイにしてからここを去ろう。
そんな真希の考えを読んだのか、一は真希のほうをじっと見ると、「さ、入って」と家の中に促した。
2人が玄関の中に入ると、そこには背の高い男性5人がズラリと勢ぞろいしていた。
「ただいま」
「おかえり」とメガネをかけた男が言って、一のまわりにパラパラと塩をかける。
うわ!ここでも「お清め」ですか!
少し引き気味になっていた真希のまわりにも、メガネ男はパラパラと塩をかけた。
「これでよし。僕は次男の
メガネと笑顔がよく似合う、温厚な感じ、と真希は心の中にメモを取る。
「次俺!3男・
うーん・・・いろいろ圧倒される人だ。
「こいつの暑苦しさは気にしないで」と、武臣が新を指差して言った。
思わずプッとふきだす真希を見て、「う・・・いいもんべつに」と、わざといじけた口調で新は言った。
「いえ!ごめんなさい!私ったら・・・」と、真希は慌ててフォローする。
「いいっていいって。人生、笑いも必要だから。ね?」と、新は言ってニコッと微笑む。
真希は「そうですね」と言ってうなずいた。
「はい。じゃあ次俺ね。4男の
軽い感じの新くんの後だからか、息吹くんは、落ち着いてまじめな人って印象を受けた。
「どーもっ。5男の
栄二くんは声優さんか。いい声してる。
「そして、6男・誠です。もうすぐ18歳の高校3年生。バイトでモデルやってるから、帰り早かったり遅かったりするんだ」
人懐っこい笑顔で、誠は言った。
「そうなの。背、高いね」
ああもう。私ってなんでこう、ありきたりなことしか言えないんだろう・・・。
ていうか、神谷先生って、一体何人の息子さんがいらっしゃるんですか!
真希の声に出していない質問を察したのか、「息子が6人いるよ」と一は言った。
「そうですか」
上は30代から下は10代の高校生まで。
確かにこの男所帯で誰も家事をしなかったら、このおうちはごみ溜め状態になってしまう!
「
「あと2時間くらいで戻るって」
「ああそう。じゃあ新と誠は真希ちゃんを客間に案内して。その間に武臣は、真希ちゃんに何か食べるものを作ってあげて」
「はい」と3人の息子は返事をした。
「飲みものも忘れるんじゃないよ。それから、息吹と栄二はその辺片づけといて」
「うぅっ!」「俺?!」
「そう、俺。他に誰がいる?まったく。ちょっと私が留守している間にみんな羽を伸ばして。こんな状態の家を天国のお母さんが見たら、泣いて悲しむよ」
「父さん、その言い方は卑怯だ!」
「そーだよ。そこで母さん出すなよ!」
「はいはい、分かりました。じゃあおまえたちも、この家に住んでいるならたまには掃除くらいしなさい」と言い合いをしている一たちを残し、真希は客間に案内された。
このおうち、まだそこまでごみ溜めにはなっていないと思うけど・・・。
「昨日、いとこが片づけに来てくれたんだ。だから足の踏み場がまだあるし、そんなに埃まみれじゃない。食べるものもあるよ」
「あ、そう・・・なんだ」
私、ちょっと引いてきた・・・。
「そうそう。それに今日は、お客さんが来ると分かった時点で少し片づけたし」
「あれは片づけたと言うより、一部屋にモノぶちこんだって言うんじゃないか?」
聞いてない、聞いてない!
でも両隣の男性の会話が聞こえてきちゃう。
「まこっちゃん。これ以上言うと真希ちゃん不安がっちゃうよ。家政婦やらないって言われたらどーするよ?」
ん?なんで私が家政婦をするって、息子さんたちは知ってるの・・・あぁ、たぶん私が車で寝ている間に、先生が知らせておいたのか。
だから息子さん勢ぞろいで出迎えてくれたのね。
ひとりで納得している真希を挟む背の高い新と誠は、彼女に分からないよう、彼女の頭上でそっと目配せをし合った。
「言わなくていいこと言ってるのは新だろ?とにかく、客間はキレイだから。心配しないでね」と誠は言って、客間のドアを開けた。
「あ・・・」
わあ、広い!そしてキレイ!
感嘆の目で部屋を見渡している真希を見て、新と誠は、満足気な笑みを浮かべた。
「気に入った?」
「はい!」
「あのドアの向こうにトイレとお風呂がある。24時間いつでも自由に使ってね。ひとまずここが、真希ちゃんの部屋になるよ」
「いいんですか?こんなに贅沢なお部屋・・・」
「いいって。ていうか、ここしか余ってる部屋ないし。自分の持ち物、どんどん置いてってね」
「は・・・い」
自分が持ってるものなんて、何もない。
着の身着のままの状態で、あの男から逃げ出すのが精一杯だった・・・。
「じゃあ、先にお風呂入いる?」
「はい、そうさせていただきます」
「あーもう、そんな丁寧語使わなくていいって。着替えは・・・あ!どーしよ。うちには女物なんてないよな」
「そうだね。ひとまず俺たちの服、持ってくるから」
「あ、はい。すみません」
「明日にでも頼雅と一緒に買いものに行けばいい。じゃ、お風呂で寝ないこと。その間に布団敷いておくね」と新に優しく言われて、真希は涙が出そうになった。
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