第2話 神谷家の男たち

「・・・ちゃん。真希ちゃん」

「ん・・・は、はいっ!」


私、眠ってしまってた!

なんという失態・・・うう。


「すみません。眠ってしまって」

「いいんだよ。起こして悪かったね。でもうちに着いたから」と一に言われてはじめて、真希は車が止まっていることに気がついた。


「じゃ、降りようか」と一は言うと、車から降りた。

真希もそれに倣う。

暗くなった夜空に、神谷邸はなぜか眩しく見えた。


「入る前に、ちょっとごめんねー」と一は言って、手に持っていた何かを、真希のまわりにパラパラとかけた。


「え?な、何ですか?これは」

「塩。のね。真希ちゃんはうちに来るの初めてだし、ちょっと邪気が強かったからね」と一は言いながら、自分のまわりにも、パラパラと塩をかける。


邪気とかお清めとか・・・ここにはオカルトの世界があるのかしら。

でも今日だけは、先生のご厄介にならせてもらおう。

そしてもし、お宅がひどい惨状だったら、お礼を兼ねて、キレイにしてからここを去ろう。


そんな真希の考えを読んだのか、一は真希のほうをじっと見ると、「さ、入って」と家の中に促した。

2人が玄関の中に入ると、そこには背の高い男性5人がズラリと勢ぞろいしていた。


「ただいま」

「おかえり」とメガネをかけた男が言って、一のまわりにパラパラと塩をかける。


うわ!ここでも「お清め」ですか!

少し引き気味になっていた真希のまわりにも、メガネ男はパラパラと塩をかけた。


「これでよし。僕は次男の武臣たけおみ。30歳で、役員秘書をしています。よろしくね」と、にこやかに微笑みながら、武臣は真希に挨拶をした。


メガネと笑顔がよく似合う、温厚な感じ、と真希は心の中にメモを取る。


「次俺!3男・あらた!27歳!保健室の先生やってまーす!よろしくっ」


うーん・・・いろいろ圧倒される人だ。


「こいつの暑苦しさは気にしないで」と、武臣が新を指差して言った。

思わずプッとふきだす真希を見て、「う・・・いいもんべつに」と、わざといじけた口調で新は言った。


「いえ!ごめんなさい!私ったら・・・」と、真希は慌ててフォローする。

「いいっていいって。人生、笑いも必要だから。ね?」と、新は言ってニコッと微笑む。

真希は「そうですね」と言ってうなずいた。


「はい。じゃあ次俺ね。4男の息吹いぶきです。今は大学院生。国文学専攻。24歳。よろしく」


軽い感じの新くんの後だからか、息吹くんは、落ち着いてまじめな人って印象を受けた。


「どーもっ。5男の栄二えいじです。21歳で声優歴3年目。よろしく!」


栄二くんは声優さんか。いい声してる。


「そして、6男・誠です。もうすぐ18歳の高校3年生。バイトでモデルやってるから、帰り早かったり遅かったりするんだ」


人懐っこい笑顔で、誠は言った。


「そうなの。背、高いね」


ああもう。私ってなんでこう、ありきたりなことしか言えないんだろう・・・。

ていうか、神谷先生って、一体何人の息子さんがいらっしゃるんですか!


真希の声に出していない質問を察したのか、「息子が6人いるよ」と一は言った。


「そうですか」


上は30代から下は10代の高校生まで。

確かにこの男所帯で誰も家事をしなかったら、このおうちはごみ溜め状態になってしまう!


頼雅らいがは?」

「あと2時間くらいで戻るって」

「ああそう。じゃあ新と誠は真希ちゃんを客間に案内して。その間に武臣は、真希ちゃんに何か食べるものを作ってあげて」

「はい」と3人の息子は返事をした。


「飲みものも忘れるんじゃないよ。それから、息吹と栄二はその辺片づけといて」

「うぅっ!」「俺?!」

「そう、俺。他に誰がいる?まったく。ちょっと私が留守している間にみんな羽を伸ばして。こんな状態の家を天国のお母さんが見たら、泣いて悲しむよ」

「父さん、その言い方は卑怯だ!」

「そーだよ。そこで母さん出すなよ!」

「はいはい、分かりました。じゃあおまえたちも、この家に住んでいるならたまには掃除くらいしなさい」と言い合いをしている一たちを残し、真希は客間に案内された。


このおうち、まだそこまでごみ溜めにはなっていないと思うけど・・・。


「昨日、いとこが片づけに来てくれたんだ。だから足の踏み場がし、そんなに埃まみれじゃない。食べるものもあるよ」

「あ、そう・・・なんだ」


私、ちょっと引いてきた・・・。


「そうそう。それに今日は、お客さんが来ると分かった時点で少し片づけたし」

「あれは片づけたと言うより、一部屋にモノぶちこんだって言うんじゃないか?」


聞いてない、聞いてない!

でも両隣の男性の会話が聞こえてきちゃう。


「まこっちゃん。これ以上言うと真希ちゃん不安がっちゃうよ。家政婦やらないって言われたらどーするよ?」


ん?なんで私が家政婦をするって、息子さんたちは知ってるの・・・あぁ、たぶん私が車で寝ている間に、先生が知らせておいたのか。

だから息子さん勢ぞろいで出迎えてくれたのね。


ひとりで納得している真希を挟む背の高い新と誠は、彼女に分からないよう、彼女の頭上でそっと目配せをし合った。


「言わなくていいこと言ってるのは新だろ?とにかく、客間はキレイだから。心配しないでね」と誠は言って、客間のドアを開けた。


「あ・・・」


わあ、広い!そしてキレイ!


感嘆の目で部屋を見渡している真希を見て、新と誠は、満足気な笑みを浮かべた。


「気に入った?」

「はい!」

「あのドアの向こうにトイレとお風呂がある。24時間いつでも自由に使ってね。ひとまずここが、真希ちゃんの部屋になるよ」

「いいんですか?こんなに贅沢なお部屋・・・」

「いいって。ていうか、ここしか余ってる部屋ないし。自分の持ち物、どんどん置いてってね」

「は・・・い」


自分が持ってるものなんて、何もない。

着の身着のままの状態で、あの男から逃げ出すのが精一杯だった・・・。


「じゃあ、先にお風呂入いる?」

「はい、そうさせていただきます」

「あーもう、そんな丁寧語使わなくていいって。着替えは・・・あ!どーしよ。うちには女物なんてないよな」

「そうだね。ひとまず俺たちの服、持ってくるから」

「あ、はい。すみません」

「明日にでも頼雅と一緒に買いものに行けばいい。じゃ、お風呂で寝ないこと。その間に布団敷いておくね」と新に優しく言われて、真希は涙が出そうになった。

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