第10話 眼鏡があるので、見えました!

「じゃあ、僕、ずっと好きでいてもいいんですか?」


「ああ、いいんじゃねぇ。ていうか、好きなものはしょうがないじゃん」


「ありがとうございます」


 廉は、また涙声になっていた。よく泣くガキだ。

 しかし、叶わない恋に身を焦がしている若者なら仕方ないか。

 ここはひとつ、あくまで先輩として慰めてあげよう。


「でもまあ、実の姉を好きになるってのもしんどいもんだよな」


 廉の肩に手を乗せた。


「はあ?」


 それまでハンカチで目頭を押さえていた廉が急に顔を上げる。


「え? 廉の好きな人って、おまえの姉ちゃんじゃないの? だってほら、幼稚園の頃から一緒で、お前が高ニのときからよその県の大学に行ってて、で、絶対に叶わない恋の相手って、篠崎さん以外ありえないじゃん!」


 廉は、肩に置かれているオレの手を振り払うと、天を仰いだ。


「先輩って、ホントに、バカっすね」


「え、ちがうの? 篠崎さんじゃないの?」


「先輩が言ったんですからね。好きな人をあきらめるなって」


「そりゃ言ったよ。言いましたよ」


「僕、絶対あきらめないことに決めましたから」


「お、おう、あきらめんな」


「後悔しても知らないっすよ」


 なんでオレが後悔するんだ? 

 ていうか、廉の好きな人って誰なんだよ!?


 問い詰めようと思ったが、ちょうど観覧車のゴンドラが地上に到着した。


 オレたちはゴンドラを降りて、最初にとった記念写真の場所に向かった。

 そこには、観覧車に乗った客たちの写真が所狭しと貼られている。

 廉が、「ここにありましたよ」とすばやく写真を見つけてきた。


「なかなか、よく撮れてるでしょ」


 その写真をオレの顔の前に近づけるが、メガネのないオレには、どこが誰の顔なんだかさっぱりわからない。


「メガネがないからわかんねえよ」


 すると、廉は今日何度目かのフレーズを、さも得意そうに繰り返した。


「いつ気が付くかと思って待ってたんですけど、全然気が付かないんで言いますね」


「おい、まだ何かあるのかよ!」


 勘弁してくれよ!



「先輩のメガネ。頭の上にあります」


「えっ!?」


 あわてて頭の上に手をやる。そこには、手馴れたプラスチックの感触があった。


「今日の朝、先輩が朝起きた時からずっと、そこにありました。ホント、先輩を見てるのって楽しいです」


 チクショー、廉の奴、何で早く教えないんだ!

 じゃあ、ホテルに行ったのだって、バーに行ったのだって、まるっきり全部無駄足だったってことじゃないか!


 とにもかくにも、オレはメガネをかけた。

 はっきりくっきりと、形ある世界がオレの周りに広がってくる。

 そしてオレの目の前には、廉が突き付けている写真があった。

 もちろん、大観覧車「コスモクロック21」の記念写真だ。


 だがそこに写っているのは、オレと、見たことのない可愛い女の子だった。女の子はとびきりの笑顔を浮かべながら、オレの腕に腕を絡ませている。


「だ、誰だ、これは!」


 廉から写真を奪い取ると、視線で穴を開けんばかりに凝視した。

  女の子は、どことなく瞳ちゃんに似ていた。それよりも、高校時代の篠崎さんの方にが似ているかもしれなかった。


「廉、もしかして、このコは……」


 おそるおそる顔を上げると、そこに廉の姿はなかった。


「あ、もしかして、いま、僕のことめっちゃ可愛いとか思ってるんでしょ?」


 女の子は、廉の声でしゃべった。

 いや違う。この女の子が、廉なのか?


「お、お前、廉、なのか?」


「やだなー、惚れちゃいました? これからどうします? 僕ちょっと疲れちゃったから、さっきのホテルで休憩でもします?」


 廉はオレの腕をつかむと、またさっきのように腕を絡めてきた。

 オレにそっちのけはないので、いくら可愛かろうが、男に抱きつかれてもちっとも嬉しくない。

 嬉しくないはずだが、さっきから急に動悸がしはじめている。

 きっと、急にメガネをかけたんで心臓がおかしくなったんだろう。オレの家系はみんな心臓が弱いからな。


 そんなことを考えながら、オレは、オレの頭に浮かんできた気味の悪い妄想を打ち消すのに必死になっていた。


(まさか、廉の好きな奴って……)


 それは、まったくありえない世迷い言だ。なんだってそんなことを思いついたのか自分でも見当がつかないが、オレは思い切って廉に聞いてみた。


「おまえの好きだった奴って、もしかして……オレ?」


 おそるおそる切り出したオレの言葉に、廉はまた、屈託のないとびきりの笑顔を浮かべる。


「やだなー。先輩、ちがいますよー」


「そ、そうだよな。そんなわけないよな。なに考えてるんだろ、オレって」

「好きだった人じゃないですよ。先輩は僕の好きな人です。忘れちゃダメですよ。さっきあきらめないってことに決まったばかりじゃないですか」


 そう言いながら、廉はオレの胸に顔を埋めた。


「僕、もうこっちの大学受かってるんで、春からこっちに越してきますから。よろしくお願いします、ネ」


 周りから見ると、オレたちは仲の良いカップルにしかみえないだろう。

 メガネをかけて、はっきりした視界の中にいる廉は、オレの知ってるかぎり、一番かわいい女の子だ。


 いや、ちがった。

 一番かわいいかもしれんが、少なくともこいつは女の子ではない。


「ウソだーっ! は、はなせ、このヤロー!」


 オレは思わず叫んだ。その叫び声は、横浜の冬の空にどこまでも響いた。




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可愛い男の娘に迫られてるらしいんだが、眼鏡がないので見えません! 鶏卵そば @keiran

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