第9話 廉の片想い
そのとき、オレはあることを思い出した。
「オレだって、おまえが気づいてない大事なことに気がついたぞ!」
「なんです?」
「おまえ、受験は!? 受験に来たんだろ、K大学の医学部! こんなところで観覧車乗ってちゃダメじゃん! 試験いつなんだ? 明日か? 勉強しなくていいのか?」
廉は笑った。
「ホントだ、先輩でも気づくことあるんだ」
「笑ってる場合じゃないだろ」
「今日の午前中ですよ。もう終わってます」
「なんだってぇ!」
オレが立ち上がったんで、ゴンドラがぐらっと揺れる。
「ちょっと、落ち着いてくださいよ」
「だって、今日の午前中って、おまえ」
「うーん、朝八時開始ですから、先輩が起きたときにはもう試験始まってましたね」
「なんでだよ! それなら、オレなんか放っておいてサッサと試験に行かなきゃダメじゃないか!」
「昨晩の先輩見たらほっとけないですよ。いいんです。今日のは記念受験なんだから。そもそもK大医学部なんて受かるはずないじゃないですか」
「そ、そりゃ、そうかもしれんけど」
オレは座席に座りなおした。
すると廉は、オレの方に向き直って真面目な顔になった。
「……僕、昨日こっちに出てきたのは、本当は卒業するためだったんです」
「卒業って?」
「僕、小学校に上がる前から、好きな人がいたんです。その人のことずーっと見てて、いつか僕の想いに気が付いてくれるんじゃないかなって待ってたんですけどね。でも、その人はどうしようもなく鈍い人なんで、全然気が付かないんですよ」
「そ、そうなんだ」
「そのときは結構切ない想いをしてたつもりだったんですけどね。今から考えると、それがすごく楽しかったなって。僕、その人のこと見てるときが一番幸せなんだったんです。でも僕が高二になったときに、その人は他県の大学に進学して会えなくなっちゃって」
(てことは、廉の好きな相手はオレと同じ歳ってことか)
「なんとか忘れようと思って、いろいろ他の女の子と付き合ったりしたんですけど、駄目で、長続きしないんですよ。やっぱり、忘れられないってうか。だから、ちゃんとその人にお別れを言わなきゃいけないんじゃないかって。そしたら、新しい一歩を踏みだせるんじゃないかって」
観覧車は、ちょうど頂上にさしかかっていた。ここからだと、遠くに房総半島までが見える。
オレは、急にマジモードになった廉に戸惑って、ぎこちない笑顔を作った。
「それで卒業か。でもさ、別にお別れなんか言わなくても、そいつに好きって告白したらどうなんだ。案外、『私も廉君のことが好きだったの』とか言われて、うまいこといく可能性もあるんじゃないの? 廉くらいモテモテなんだったらさ」
「先輩の、想像力っていうか、妄想力には驚かされますね。それができれば苦労しないですよ。でも絶対無理なんです。無理な人なんです」
廉は、遠い目をしてゴンドラから海の向こうを眺めた。
誰だろう?
廉が幼稚園の頃からつきあいのある人間でオレと同じ年なら、たいがいのヤツは知ってるはずなんだけどな。
で、今、県外の大学に通ってて、つきあいたくてもつきあえない人……
もしかして、それって……
「オレも、廉にあんまり先輩めいたことはいえる立場じゃないけどさ。なんてったってオレは童貞だし、おまえはヤリチンだし」
「ヤリチンはやめてください」
「わかったよ。でもさ、一つだけ言ってもいいか?」
廉は黙ってうなずいた。
「おまえはさ、せっかくそんなに長い間、その人ひとりを好きだったんだろ。オレもおまえの姉貴のことが好きでさ、その気持ちをバネにして、いろいろ頑張ったりもしたんだぜ。結局、告白もできなくて惨めな思いをして、いまだってあの時のこと思い出して夜中に目が覚める事だってあるけどな」
観覧車は、すでに下りにかかっていた。
まだ十分高いけど、でも頂点ではない。
いまのオレたちみたいな微妙なポジションだった。
「でもさ、そういう気持ちが残ってたからこそ、瞳ちゃんに告白だってできたし、それだけじゃなくて、人に優しくすることだってできるようになったと思うんだ。だから、廉が叶わない相手に恋をしていて、それを忘れて前に進みたい気持ちもわかるけどさ。誰かを好きだった気持ちってそうそう区切りなんかつけられないし、無理に忘れる必要なんてないんじゃないかな」
今のオレの素直な気持ちだった。
まあ、オレみたいにあんまり無様なのもどうかと思うけどな。
「じゃあ、僕、ずっと好きでいてもいいんですか?」
「いいに決まってるだろ。ていうか、好きなものはしょうがないじゃん」
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