第8話 横浜デート

「次、どうします?」

「えっと、ホテルじゃなかったら、その後行ったバーかな」

「バーの名前は?」

「それはそのぉ、瞳ちゃんにフラれてヤケになって目に付くところに入ったから覚えてない」

「まったく……ぼったくりバーとかだったらどうするつもりだったんですか? 場所くらいはわかるんですよね」

「ああ、こっから中華街を通り抜けた先にある、気がする」

「じゃあ、行きましょう」


 ラブホテルから出て、オレたちは中華街へ向かった。

 街を歩いていると、何人かの女の子が通りすがりに振り返ってオレたちを、いや、正確には廉を見た。


「あのこ、かわいいねー、男の子かな、女の子なのかな」


 なんていう声もちらほらと聞こえてくる。

 すると、さっきまでオレの一歩前を歩いていた廉が、すっと下がってオレの隣にやってきた。


「どうした?」

「なんか、みんな、じろじろ僕のこと見るんで、やっぱ、変なんですかね」

「びびったのか? 堀内より美人なんだろ」

「それとこれとは……」

「大丈夫だって。みんなが見てるのは、お前が可愛いからだし」


 突然、廉が立ち止まった。


「なっ、なに馬鹿なこと」

「先輩に向かって馬鹿とか言うな。別に、フツーに客観的な判断だろ」


 その顔が真っ赤になっている。


「あ、あの……先輩」

「どうした?」

「服掴んでもいいっすか? てか、もうこの際なんでカップルの振りしてもらえませんか。ええと、僕が男ってバレないように」

「なんだよ、今さら。まあ、別に構わんけどさ」


 電車でもラブホでも迷惑かけたし、そのくらいは許容範囲だろう。


「ほい、掴め」


 オレが腕を出すと、廉は服を掴むんじゃなく、腕を組んできた。

「そこまでしていいとは言ってないぞ」と言おうとしたが、逆転していた先輩後輩の上下関係がもとに戻りそうだったので大目に見てやることにした。


「あ、肉まんだ。食べていいですか?」

「おう、俺も食おう」

「あっちに変なもの売ってますね」

「おいおい、荷物になるもんは買わないぞ」


 オレたちは、中華街で肉まんを食べ雑貨屋を冷やかしながら昨晩のバーにたどり着いた。


「あーここだ、ここ。こんな名前だった」


 だが、バーは開いていない。シャッターも閉まっていた。

 まだ昼だから、当たり前か。

 とりあえず、店の電話番号とアドレスを確認する


「じゃあ、開店時間になったらまた来ますか。その間にどこか他を探します?」


 オレは、昨日のデートコースを頭の中でなぞってみた。

 はっきりと記憶があるのはラブホテルまで。けど、そこまで滞りなく事が進んだということは、ラブホテルに入るより前の段階ではちゃんと眼鏡をしてたんだろう。


「うん。眼鏡を失くしたのは、ホテルより後で間違いない。だから、このバーじゃなかったらもうあてはないってことになる。もういいよ。この店の電話番号メモっといたから、夕方になったら電話するさ」

「そうですか」

「せっかくここまで来たんだ。廉、おまえどっか行きたいところないの? せっかく田舎から出てきたんだし、先輩が横浜を案内してやろう」

「えっ、いいんですか」


 廉は声を弾ませた。


「じゃあ、あれに乗りたい!」


 そうして指差した先には、みなとみらいの大観覧車「コスモクロック21」があった。


    *         *        *


「コスモクロック21」は、平成元年の横浜博覧会の際に建造され、博覧会終了後に取り壊されるはずだったが、人気が高かったため一九九九年に現在の位置に移設されている。


「だから、21とは言ってるけど、完全に二十世紀の代物なんだぜ」


 そして、なぜオレがこんなウンチクを知っているかというと、昨日の瞳ちゃんとのデートのために覚えたからだ。

 まさか、二日続けて乗ることになるとは思わなかった。


 この観覧車の入り口にたどりつくために、遊園地に入って鉄塔を階段で上らなければならない。

 上りきったところで、怪しげなお兄ちゃんに記念撮影をさせられる。

 その間、廉はずっとオレの腕にしがみついたままだった。


「わー、記念写真だ」


 廉は、わけもわからずはしゃいでいる。


「バカ野郎、あれは後で法外な値段で買わされることになるんだぞ」

「いいじゃないですか、せっかくの記念なんだし。昨日は瞳ちゃんに買ってあげたんでしょ」

「あたりまえじゃねぇか。瞳ちゃん、あの写真持っててくれてるかな」

「まあ今頃、燃えるごみにするか資源ごみにするかで、迷ってるんじゃないですか?」

「おまえ、心に刺さるこというなよ」


 ほどなくしてゴンドラがやってきた。廉はオレの隣に乗ろうとしたが、さすがにそれはキモいので、向かい合わせに座らせた。

 ゴンドラがあがり、まず下にある遊園地が見えてくる。

 当たり前だが、昨日と同じ景色だ。

 あのときは、ウッキウキだったのになぁ……


「はぁ」


 オレがため息をつくと、廉が言った。


「ちょっと考えると気づいていい事だと思うんですけど、先輩って、全然気づかないですよね」

「なんだよ、オレが鈍いって言いたいのか?」

「いつ気がつくかなと思って待ってたんですけど、無理そうなんで教えてあげますよ」

「だから、何をだよ」

「瞳ちゃんのことです。彼女、昨日の夜ケンカして、今日の早朝には先輩の部屋を訪ねてきましたよね。そこでまた変なもの見せられて部屋を飛び出して、でも一時間後には先輩のスマホにLINEとかじゃなくわざわざ電話してきたでしょ」

「それで?」

「ここまで言ってもわかんないですか? 瞳ちゃんは、先輩にベタボレってことですよ。仲直りしたいと思ってるわけです。まあ、あせることないですよ」


 廉の言葉に、目の前がパアッと明るくなった。


「そ、そう? そうかな? そうだったらいいなぁ」

「やっぱり気づいてなかったんですね。まあ、それが先輩のいいところでもあるんですけど」


 やれやれと肩をすくめて、廉は窓の外に目をやった。


「あ、だんだんベイブリッジ見えてきましたね。あれ? 橋が二つある。どっちがベイブリッジなんですか?」

「四角いほう、三角っぽいのはつばさ橋」

「おー、近未来っすねー。来てよかったなー」


 廉は窓に張り付いて、外を眺めている。修学旅行に来た中学生かお前は、


(まったく、これが受験生だって言うんだから……ん? あれ?)


 そのとき、オレはあることを思い出した。


「オレだって、廉が気づいてない大事なことに気がついたぞ!」

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