第7話 電車内で通話はご遠慮ください

 目的地まであと二駅というところで、スマホが鳴った。

 ゼロ距離まで目を近づけると、瞳ちゃんからの通話だ。

 あわてて着信を押した。


「瞳ちゃん!」

「……山田君、今、大丈夫?」

「今、電車なんだけど」

「そう、じゃあ、また」


「待って! ちょっと待って!」


 マナー違反はわかっているけど、そんなことを言っている場合じゃない。

 オレは、しゃがみこんで口元を手で隠しながら話を続けた。


「聞いてくれ! 瞳ちゃんは、絶対勘違いしてる!」

「勘違いって?」

「さっきのことだよ!」

「山田君が男の人と変なことしてたこと? 山田君って……男の人が好きなの?」


「ちぃがぁうぅ! オレは、女が好き! 女の子が大好きなんだよ!」


 ゴツン!


 頭に衝撃を感じて仰ぎ見ると、思いっきりしかめ面をした廉がげんこつを握りしめていた。

 いかん、つい大声になってしまっていた。

 車両にいる客のほぼ全員がこっちを見ている。どうやら嘲笑されているようだ。

 オレは、声を低くして続けた。


「ホントなんだ。あれは、高校の後輩がふざけてただけなんだ」

「でも……」

「信じてくれよ」


「あたしじゃ、山田君、勃たないよね」


「大丈夫だよ、……あ、あの、そうだ! クスリだ! いいクスリがあるんだって! 今度使ってみようよ!」


「……最低」


 ツーーー


 通話が途切れた。あわててかけなおそうとしたが、圏外だった。


 ゴツン!!!


 廉が、また思いっきり殴ってくる。

 顔を上げると、周囲の視線が更に冷たくなっていた。


 次の駅で、オレたちは逃げるように電車を降りた。

 廉が、先輩であるオレに向かって容赦ない罵声を浴びせかけてくる。


「信じられないっすよ! 僕には恥ずかしいのなんのと言っておいて、何だって、電車の中で『女好きだ』とか『いいクスリがある』とか大声で叫ぶんっすか!?」


 オレは、ただうなだれて後輩からの叱責を聞いていた。


「悪かった。なんか、頭に血が上っちゃってさ。でも、次の電車すぐ来るから。地元と違うからさ」

「あとひと駅なんだから出て歩きます。また瞳ちゃんから電話くるかもしれないし」

「悪い」


 先を行く廉の後を追って、オレはエスカレーターをのぼった。


「てか電話を待たなくても、こっちからLINEすりゃ良くないか?」

 

 オレがポケットから取り出したスマホを、廉が横から奪い取った。


「なにすんだよ」

「先輩。気がついてないみたいだから、言いますけど」

「は、はい」

「さっきの電話の受け答え、サイテーでしたからね」

「…………」


 オレも、それはそうかなと思ってはいるんだけど……


「このままじゃ、LINEしようが、電話しようが、仲直りなんてできないですよ。どこが悪かったんだか、わかってます?」


 いつになく厳しい口調だった。


「それは、その、どこっていうか……」

「わかってないんですか?」

「いや、その……」

「わかってないなら教えてあげます。まず第一に、なんですか? あの『女の子が大好き』ってのは。先輩が好きなのは、瞳ちゃんなんですか、女の子なんですか、どっちなんです?」

「そ、そりゃ、どっちも好きだけど……」

「あんたは、バカか! ああ、そりゃ、あんたはどっちも好きだろうさ。ただ僕が言ってるのは、電話口で、瞳ちゃんに伝えなきゃならんのは、どっちかって事ですよ!」

「……そんなに怒んなよ」


 日本大通駅から元町中華街駅までの間を、オレは廉に説教されながらとぼとぼと歩いた。

 目指すラブホテルはちょうど山下公園と中華街の中間地点にある。

 派手なネオンを掲げたラブホテルを見上げて、廉はまたオレに毒づいた。


「初めてラブホテルに行くってのに、よくこんな街中の、こんな人通りの多いところを選びましたね」

「えっ、だ、駄目だった?」

「瞳ちゃん、きっとめちゃめちゃ恥ずかしかったでしょ。0点ですね」


 それから廉はずんずんホテルの中に入っていく。


「ホテルの部屋、何号室でした?」

「303号室。入るのか?」

「僕と二人で入りたいんですか」

「ば、バカいえ」

「何期待してるんですか。昨日のことなんだから、もう掃除もすんで、落し物があればフロントに届けられていますよ。」


 オレがまごまごしていると、廉は代わりにフロントの人と交渉をしてくれた。


「どうだった?」

「昨日の忘れ物にはメガネはないそうですよ。こういうとこの掃除は結構しっかりやりますし、メガネじゃあ係りの人が懐に入れるなんてこともないでしょうから、ここで失くした可能性は低いですね」


 なんだかさっきから、廉がまぶしいくらいに大人にみえるぞ。


「廉、おまえ、こういうとこ慣れてんだな」

「地元にもラブホぐらいあるでしょ」

「……地元ではよく行ってるんだ」

「先輩とは違いますからね」


 げげ、いくらオレが童貞だからって、先輩にそういう言い方するか?


「相手は誰なんだよ。その前にどっちなんだ、男か女か?」

「女に決まってるじゃないですか。吹奏学部の先輩とか、同級生とかですよ」


 こいつ、部活の女子を食いまくってたのかよ!


「じゃあ、オレが知ってる奴もいるか?」

「一番長くつきあってたのは、堀内先輩ですかね。先輩の下の学年の部長だった」

「堀内って、あのフルートの? めちゃくちゃ美人な子だよな」

「僕のほうが美人ですよ」


 廉はきっぱりと言った。


 なんで、そんなモテモテの癖に女装なんてしてるんだ、こいつは?

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