第6話 泣き虫廉ちゃん

「廉、おまえさ、他の男ともこんなことしてんの?」


 廉の動きが止まった。


「おまえって、男が好きな人なの?」

「……けない、」

「ん?」

「んなわけないじゃないですか……冗談ですよ、冗談。何、本気にしてんだか」


 怒っているような、笑ってるような、泣いてるような、

 なんともいえない声でそう言うと、廉はゆっくりオレの体から離れてベッドを降りた。


「廉、おまえ、泣いてんのか?」

「泣いてないですよ。なにいってるんすか、バカじゃねえ」

「泣いてるじゃん」

「泣いてねえよ。なんだよ、イ○ポの癖に」


 明らかに泣いている。


 手で涙と鼻をぬぐうその姿はまるっきり汚らしいガキだ。

 オレは黙ってティッシュの箱を差し出した。廉も黙ってティッシュを引き抜くと、大きな音を立てて鼻をかんだ。


 なんだか、出来の悪い弟ができたみたいだった。

 どうしていきなり泣きはじめたんだ、こいつは?

 そんな泣かせるようなこといったか、オレ?


(そういえば、こいつ小さい頃からそういうヤツだったよな)

 

 俺と篠崎さんが遊んでいると、ひょこひょこと後をついてきてなんでも一緒にやろうとする。

 けど一人だけ上手にできなくて、すぐに泣きだすんだ。

 篠崎さんはもう慣れっこみたいで無視してたけど、俺はなんだか可哀そうになってよく慰めてやったっけ。


(まったく、大学を受験する年になってガキのときのまんまかよ)

 


 オレは、ベッドから起き上がってズボンを穿き直した。


「じゃあ、さっさと朝飯食って、オレはでかけるぞ」

「でかけるって、どこへ?」

「メガネを探しにだよ。瞳ちゃんの誤解を解くのも大事だけど、メガネがないとまったく話にならないからな。まずは昨日のホテルだ。場所はたしか……山下公園の手前あたりだったかな。廉もついてくるか?」


 レシートくらいとっとけば電話をかけられたんだけど見当たらないし、ホテルの名前も場所の詳細も記憶に無い。

 けど現地に行ってみれば、さすがに思い出せるだろう。

 電車を乗り継いで三十分くらいか。

 まあ、いい気分転換になるだろう。


「一緒に行っていいの?」

「……来たけりゃ来いよ。ただ、そのミニスカートはやめろ」


 男とわかっている奴が、短いスカートをチラチラさせてるなんて精神衛生上よくないからな。

 廉は、ミニスカートからオレの貸してあげたジーパンに穿き替えた。


「うーん、丈はぴったりなんだけど、ウエストがユルユルだー」


 などとふざけたことをいいやがる。

 さっきまでビービー泣いてやがったくせに。

 ホントは髪の毛も切ってしまいところだが、そこまでの時間はない。



 朝飯を食い終わると、オレたちはアパートを出た。

 山下公園へは、相鉄線で横浜まで出て、みなとみらい線に乗り換えて元町中華街駅で降りればすぐだ。

 みなとみらい線に乗ると、廉は「すげー、映画みたいー」「電車の中にテレビがあるー」と田舎者丸出しで驚いていた。

「恥ずかしいから騒ぐな」といっても、聞く耳を持たない。


 廉を連れて電車に乗るのは、心配もあった。

 ジーパンを穿かせてはいるものの、ほぼ女装した姿の廉が、周りから見て男に見えるのか女に見えるのか、はたまたオカマに見えるのか、メガネがないオレには見当もつかない。


 まあどう見えたって、何かトラブルがあるはずないけどな。

 田舎と違って、横浜の町にはそんな人間はゴマンといる。


 オレたちは、二人で向かい合って車両のドアにもたれるように立った。普段よりも向けられる視線(特に若い女の子の)が多いのは確かだった。


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