第5話 男二人……
三十分後。
オレはベッドの隅っこに体育すわりして、真っ白に燃え尽きたまま動けずにいた。
相変わらずメガネがないんで時計も見えないが、まだ朝の九時なんだそうだ。
日曜日だから講義もないし、バイトもいれてない。
予定通りなら、本当はまだ瞳ちゃんとデートの続きをしているはずだったんだ。
台所では、廉が何故だか上機嫌で朝食をつくっていた。
長い髪の毛を二つに結んで、オレのエプロンを身につけている。その下は、ピンクのセーターにミニスカート、黒タイツというどこから見ても女の子の姿だった。
地元を出たときは男の格好をしてただろうから、男の服も持っているはず。着替えるように意見したのだが、
「昨日、先輩の吐いたゲロかかっちゃったんで洗濯中なんです」
と言われて、何も言えなくなってしまった。
まあ、いいさ。
どうせ、全部オレが悪いんだ。
きっと、瞳ちゃんを裏切って篠崎さん(実は廉だったわけだが)とよからぬ事をしようと思ったバチがあたったんだろう。
「朝ごはんできましたよ。ある材料で作ったんで大したものじゃないすけど」
「ああ」
返事してみたものの、食欲がない。
ベッドから動けずにいると、見かねた廉がエプロンを外してやってきた。
「まだ二日酔いです? 頭痛みます?」
「それはもうだいぶいい……」
「ほんとに、ごめんなさい。僕が悪かったです。まさか、あんなことになるとは思わなかったから。お詫びといっちゃなんっすが、朝ごはん頑張って作ったんで、食べてくださいよ」
「……廉が悪いんじゃないさ」
そう言って、オレはまた一つため息をつく。
廉は、オレの隣に並んで座った。
「瞳ちゃん、さすが先輩の彼女だけあって可愛い子でしたね。ちょっぴり、ていうか、かなり姉貴に似てるんじゃないですか」
「……」
「あーゆー子が先輩のタイプなんすね。先輩、姉貴のことずっと好きだったでしょ」
「……気づいてたのか?」
「まあね。小学校の頃、先輩よく『かすみちゃんをお嫁さんにする』って言ってたでしょ。まあ子供の言う事だし、そのときはそんなものかなって思ってたんですけど。でも先輩、吹奏楽部で僕だけに妙に優しかったじゃないですか。だから、ああそうなんだなって、先輩、まだ姉貴のことが好きなんだって」
オレの下心なんかお見通しだったってわけか。
「……結局、告白一つできなかったけどな。こっちに出てくる前の晩にさ、近所の公園に呼び出したんだ。最後だから絶対告白するって気合入れてたんだけど、顔見たら全然びびっちゃってさ。今回もそうさ。瞳ちゃんめちゃくちゃいいコだし、可愛いし、でも肝心なところで、なんかびびっちゃうのな、オレって」
「好きになりすぎちゃうんじゃないですか。そこが先輩のいいトコっすよ」
「……いいトコなわけないだろ」
「うーん、今度またどうしてもダメだったら、薬とか使ってみればいいんじゃないすか?」
「薬?」
「バイアグラとか、間違いなく勃起するヤツあるでしょ? よくは知らんっすけど」
「今度があればな」
オレは、ベッドの上でごろんと横になった。
そのまま目を閉じる。
「元気出してくださいよぉ。しょうがないなー。こうなったら、どっか出かけましょうよ。そうだ、横浜。横浜つれてってくださいよ、中華街とか、みなとみらいとか、赤レンガ倉庫とか!」
「んなとこ、男二人で行くトコじゃねえよ」
「そんなこと言わないで。そもそも、先輩の好みのタイプが姉貴なんだったら、僕だってめっちゃストライクゾーンじゃないすか」
「いくらストライクゾーンだって、ボーリングの玉が飛んできたら打てねえだろ」
すると、オレの下半身でカチャカチャという音がした。
(なっ!?)
目を開けると、廉がオレのズボンのベルトを外そうとしていた。
「な、なにするんだ、お前」
「お詫びです。ご飯も食べてくれないし。さっきの彼女、なんか、技とかテクニックとかっていってましたけど、ちゃんちゃらおかしいっす。ぜったい僕のほうが上手いに決まってます」
「だって、おまえ、男だろ」
「そんなの、手とか口とかだったら男も女も同じじゃないですか!」
「同じじゃないだろ!」
すると、廉は急に声を高くした。
「じゃあ、こっからは姉貴の声でいきますんで。耕太郎くん、あたしに、ま・か・せ・て」
さっきから気づいていたが、廉は結構力が強い。上に乗られるとそう簡単には跳ね返せなかった。
それに、メガネのない今のオレには、女装した廉と篠崎さんとの区別は全然つかないんだ。
「耕太郎くん、ねえ、お願い、力抜いて」
そうやって迫られると、本当の篠崎さんがいるような錯覚にとらわれてしまう。
オレは、抵抗するのをやめた。
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