第4話 彼女と彼氏の修羅場


 ピンポーン


玄関のチャイムが鳴った。


 オレの部屋を訪れる人間といえば、新聞か宗教の勧誘ぐらいだ。

 いつもならこの手合いは無視するんだが、今日は部屋の中にいる人間のほうが普通じゃないんで、出ることにする。


 ピンポーン、ピンポーン


(はいはい、いま出るよ)


 ドアの外で、声がした。


「あのぉ、山田君……いるのかな」


 瞳ちゃんだ。

 オレは、ドアを開けようとして固まった。

 昨日のことが頭の中によみがえる。ホテルで見せた瞳ちゃんの冷たい表情も。


 ドアの外の声は続いた。


「山田君、あのね、聞いて欲しいの。謝りたいの、昨日のこと。あたし、あんまり経験なくてよくわからなかったから、山田君にひどいこと言っちゃったと思うの」


 な、なんなんだ。

 急な展開でよくわからないが、瞳ちゃんの声が一転、天使の歌声のような響きでオレの胸を貫いた。


「友達に聞いてみたんだけど、男の子はそういうことあるものだって、だから」


 オレはあわててドアを開けた。

 瞳ちゃんがわざわざ来てくれたこともすごく嬉しかったけれど、このままの勢いだとアパート中に聞こえる大声で昨日のEDエピソードを暴露されかねない。


「山田君!」


 ドアの外で、瞳ちゃんは白いコートをきてポツンと立っていた。

 冬の朝の空気が部屋の中に入ってくる。

 最後に別れてからまだ二十四時間も経ってないのに、ずいぶん久しぶりに会ったような気がした。


「瞳ちゃん!?」

「ホントに、ごめんね。怒ってる?」

「お、怒ってなんかないよ。オレのほうこそ、なんか、上手くできなくて」

「ううん、そんなことないよ。山田君が勃たなかったのは、あたしの努力不足だと思うの。だって、あたしは山田君の彼女なんだもん。そうだよね」

「も、もちろんだよ」


 瞳ちゃんの表情は真剣そのものだった。


「じゃ、じゃあ、もしよかったら、あたしに昨日のリベンジをさせて下さいっ!」


 そう言うと、瞳ちゃんはオレに思いっきり頭を下げた。

 その両手には、チアガールが持つようなポンポンが握られている。


「り、リベンジ?」

「だから彼女としてっ、今日こそ絶対、山田君に勃起してもらいたいと思って、応援しにきました!」

「ぼ、勃起を応援って、ちょっと、そういう話は中に入ってよ!」


 今にもポンポンを振って「そーれ、ボッキ、ボッキ」と応援をはじめそうな瞳ちゃんを、急いで部屋の中に招き入れた。

 瞳ちゃんは寒さのためか、興奮しているのか、頬を真っ赤に上気させている。


「その友達にね、いろいろ聞いてきたの。テクニックとか技とか。だから今日は自信があるの。必ず山田君の、アレを勃たせてみせるって」


 勢い込んでそこまで言うと、瞳ちゃんは言葉を飲み込んだ。

 彼女の視線は、一直線にオレの股間に注がれている。


「ていうか……もう、勃ってますね」


 しまった! オレはまだ起きたばっかりの格好、Tシャツにパンツのままで、さっきからの勃起がずっと続いたままだった。

 そして同時に、オレはもっと「しまった」ことが、あることに気がついていた。

 部屋の中には、あの変態がいるんじゃないか!!


「先輩、お客さんですか? お邪魔ですかね?」


 その「しまった」の素が、早速ベッドから顔を出してくる


(邪魔だぁー! おまえは一万パーセント邪魔だぁー!)


「誰かいるの?」


 瞳ちゃんが驚いて部屋の中を覗き込んだ。


「い、いや、いるっていうか、いないっていうか」


 オレは体をずらして、瞳ちゃんの視線をさえぎろうとするが、廉の奴あろうことか、のこのこ挨拶に出てきやがった。


「あ、耕太郎先輩の高校の後輩で、篠崎って言います。先輩には昨日一晩お世話になっています」


 おまけに、オレが剥がしたバスタオルをまた几帳面に胸から巻きなおしている。


「昨日一晩……山田君、それって、どういうこと?」


 瞳ちゃんの瞳が凍り付いていた。


「瞳ちゃん! それ誤解だよ。こいつ、男なんだってば!」


 オレは超特急で廉のバスタオルに手をかけると、胸から一気に引き下げた。

 廉の上半身がむき出しになる。


「きゃあ! もう、やめてくださいってさっきからいってるじゃないですか! 乱暴にしないでくださいよ」

「な、こいつ、男だろ! な!」


 オレの必死の説得に、瞳ちゃんは大きく肯いた。


「そうね、男の人ね」

「よかった、わかってくれたんだね?」

「つまり、あたしでは勃たなくて、男の人なら勃つんだね。山田君は」

「えっ?」

「信じられない。あたし、帰る」


 瞳ちゃんは、玄関のドアを開けると脱兎のごとく駆け出していった。


「ちょ、ちょっと待って!」


 あわてて追いかけようとして、オレはまだズボンをはいていないことに気がついた。そうしてズボンをはこうとして片足部分に両足を突っこみ、大きくすっころんでしまった。


 二階の外廊下から、小走りにアパートを出て行く瞳ちゃんの後姿が見える。

 その背中に叫んだ。


「瞳ちゃーん!」


 しかし、彼女は振り返る素振りも見せない。

 オレの叫び声は、冬空と二日酔いの頭にむなしく響いた。



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