第3話 男の子の証拠

 しばしの沈黙。

 遠くで、米軍の軍用機が飛んでいる音がする。


「バレちゃいました?」


 オレの頭の中で、夢とか男のロマンとかがガラガラと音を立てて崩れていった。


「でも僕、嘘はついてませんよ。耕太郎先輩が『篠崎さん?』って聞いたんで『はい』と答えただけだし。姉貴だとは一言も言ってないですから」


 そう言いながら篠崎さん、ではなく、篠崎廉がバスルームから出てくる。

 バスタオルを胸のところできっちり結んでいた。

(巻き方!)


「いやー、いつ気づくのかなって思って待ってたんですよ。でも耕太郎先輩、全然気が付かないから心配しちゃいました。なんか途中、めっちゃヤる気になってたでしょ。本気でヤれちゃうんじゃないかって、超ビクついてました」

「そんなわけないだろ! 男だとわかったらヤらないよ! てか、なんで女の格好なんかしてんたんだ?」

「なんでって、……趣味ですけど」


 廉は、ちょっと唇を尖らせて照れたような声を出した。

 男の癖にカワイ子ぶりやがって。

 しかも、ホントにちょっと可愛いところが余計に腹が立つ。


「趣味って、いつからだよ。オレが地元にいるときはそんなんじゃなかっただろ」

「てへ、実はそんなんでした」


 廉は悪びれる様子もなく、ペロッと舌を出した。


「誰にも言わなかったんですけどね。なんか僕、小さい頃から姉貴の服とか着せられて、華奢だったから姉貴より似合うとか言われて育ったんですよ。だからその気になっちゃったのかなぁ。ずっと女の子の格好したいなと思ってて、髪の毛は少しずつ伸ばしたんですけど、でもまさか、地元で女装するわけにもいかないじゃないですか、狭い町だし……だから、せっかく受験で出てきたときくらいいいかなって」


「そりゃ、いまどき女装癖くらいは目くじら立てるようなことでもないけどさ。知ってるヤツがいきなり女の子になってたら、ビックリするだろ」


「でも耕太郎先輩、僕が男だって気がつかなかったじゃないですか」


「それは、メガネがなかったからだっつうの。それに、そういう問題じゃない。おまえの趣味がどうだろうとオレの知ったことじゃないが、なんでオレを騙した? 篠崎さんのフリして変に期待させやかって!」


「……耕太郎先輩、昨日すごく落ち込んでたから、女の子のカッコで迫ったら、ちょっとは元気出るかなって。で、でも、姉貴だって勘違いしたのは、先輩が勝手に……」


「何! おまえ、オレが悪いって言いたいのか! もう許さん! 大体男の癖にそのバスタオルの巻き方はなんだよ!」


 オレは、廉の胸元に固く結ばれてるバスタオルを引き剥がそうとした。


「きゃあ」


 廉は、妙な声を上げて逃げようとする。


「紛らわしい声をやめろ。どっから声出してるんだ?」

「これは、部活の他に声楽のトレーニングも受けてるから」

「うっさい、黙れ!」


 見た目まるっきり女子なのに、吹奏楽部の筋トレのせいか、廉のヤツ妙に力が強い。

 オレたちはもつれあってベッドに倒れこんだ。

 すかさず馬乗りになって、膝で廉の腕を押さえるとバスタオルに手を掛ける。


「もう、逃げられんぞ」

「ちょ、ちょっと、待ってくださいよ」


 廉は半分涙目になっていた。

 な、なんだか妙に興奮してくるな。


「お願い、耕太郎くん。こんなヒドいことするのやめて」


 だしぬけにそう言って、顔をそらす。

 その頬を涙が落ちた……ような気がした。


「えっ?」

「お願い、優しくして……」

「お前、いや、君、まさかホントは、篠崎さん?」


 じ、実は、廉が篠崎さんのフリをしているとみせかけて、篠崎さんが廉のフリをしていたのか!

 じゃ、じゃあ、あの「小学校の頃から好きだった」って告白は生きているってことに!


「先輩、ギブ、ギブッす。あーなんだって、そんな股間をギラつかせてるんですかっ! 勘弁してくださいよ」

「だぁーっ! おまえはいったいどっちなんだ!」」


 勢い良くバスタオルを剥ぎ取る。すると――


「!!!」


 そこにあったのは結構筋肉質な男性の上半身だった。


「……一縷の希望も絶たれたか」



 窓の外は、まだ冬。

 木枯らしが吹きあれているらしく、電線の揺れる音が聞こえてくる。


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