第1話 すべての始まり

「10年前、勇者は聖剣エクスカリバーを手に、仲間の冒険者である僧侶とともに魔王城へ向かった。



 そして、魔王とともに姿を消した。



 後続の冒険者が魔王城の最深部に着いたとき、勇者と魔王の姿は無くそこにはミイラ化した僧侶の死体があったという。


 しかし、エクスカリバーを含め勇者と魔王に関するものは何も見つからなかった……か


 へぇ〜……こんな事がたった10年前にあったなんて」


 そう呟く男の手には『世界の歴史』と書かれた本。


 寝る前の読書は日課になっていた。


 そのとき、誰かが部屋の扉をノックする。


「ユウマ、入るよー」


「はーい」


 ノックの主はユウマの義姉であるマホだった。

 黄緑色の液体が入った瓶をたくさん持っている。


「ポーションのストック出来たからってお母さんが」


「ありがとう、姉さん」


「どういたしまして、それにしてもポーション飲む頻度も随分少なくなったんじゃない? 」


「そりゃあ僕ももう17だからね、体力もつくさ」


 そう、僕は生まれてから常に体力が減り続ける虚弱体質だった。


 成長して体力がついたからまだいいけど、おじさんとおばさんに拾われた時はすぐに死にかけてしまうほどだったらしい。


「それもそうね、じゃおやすみ」


「うん、おやすみ」


 ユウマは本を閉じ、灯りを消した。

 しばらくして深い眠りに落ちていった。



 ---


 顔に紋章のある男が剣を握っている。


 剣先は、僕に向けられていた。


 何か話しているけれど、声は聞こえない。


 男は真剣な面持ちだが、その裏に言葉に表せないほどのさまざまな感情が込められていることがわかった。


 しかし、それをすべて壊すかのように、男の顔が絶望に歪んでいく。


 男は顔をぐしゃぐしゃに歪め、泣き叫んでいる。


 ついには跪き、先程とは別人のように感じる。


 ここは、どこだ?


 見渡すと、とても広い部屋にいる。


 薄暗い、不気味な雰囲気だ。


 部屋にあるのは玉座だけで、他には何もない。


 いや、足元に何かある。


 そこにあったのは、死体ーー


 ---


「うわああああああ!!!」


 僕は飛び起きた。


 日差しが眩しい。


「なんだ、夢か……」


 ドタドタドタドタドタ


「なんだか、すごくリアルだったな……」


 ドタドタドタドタドタドタドタドタ


「特に、最後の死体が、」


 バン!!!!!


「うわああああああ!!! (二回目)」


「ユウマ、どうしたの!? 大丈夫!?」


「体調でも悪いのか!?」


「ユウマ!!」


「心臓止まるかと思った……しかも二回も……

 おじさんとおばさん、それに姉さんまで、どうしたの?」


「どうしたもこうしたもないわよ! 急にユウマの叫び声が聞こえて、すっごい心配したのよ!」


「何かあったのか?」


「ユウマのあんな大きな声、初めて聞いた……」


「いや、実はさ……」



 僕は夢のことを話した。


 怖い夢を見て飛び起きただけなんて言うの恥ずかしかったけど、それでもあの夢のことを話すべきだと思ったんだ。


 なぜかおじさんもおばさんも真剣に話を聞いてくれたし、むしろその場所や男の事について詳しく聞かれた。


 そしてその日の夜、僕と姉さんはおじさんとおばさんに呼ばれた。


「ユウマ、おまえに話さなくてはいけない事があるんだ」

 おじさんは複雑な顔をしながら話し始めた。


「マホにも聞いてほしいの」

 おばさんもなんだか緊張してる。


「俺たち夫婦は冒険者で、魔王城を目指していたと話したことがあるよな」


「うん、それで途中の街で孤児の僕を拾ってくれたんだよね」


 そう、僕は養子だ。


 家族はいない、というか覚えていない。


 おじさんとおばさんに拾われたのは7歳の頃、それ以前の記憶が無いからだ。


 姉さんはおじさんとおばさんの本当の子供だけど、三人とも僕を本当の家族のように大切にしてくれている。


「ああ、そしてその後旅を辞めこの村に戻って来た……そう話したな」


「うん」


「実は俺たち魔王城へ行ったんだ」


『ええ!?』


 声が被る。

 どうやら姉さんも初耳だったらしい。


「最深部である玉座の間にたどり着いたが、そこには勇者も魔王もいなかった。瀕死のおまえが倒れていた」


「え、じゃあ……」


「そう、おまえを街では無く魔王城で拾ったんだ」


 僕は魔王城で拾われた……それも魔王のいるはずの玉座の間で……? 


「そして、驚くべき点はここからだ。手を出してみろ」


「うん……」


 言われた通り手を差し出した。


 おじさんが呪文を唱えると、手が光りだしイナズマが走る。


 光が消えると、手の甲には夢の男に刻まれていたものと同じ紋章が刻まれていた。


「おまえは勇者なんだ」


「えええええええええ!?」


 なんなんだ今日。


 驚いてしかない気がするんだけど。


 てか、魔王城で拾われた!?


 僕が勇者!?


「なんで隠しておくかな!! こんな大事な事!!」


「それは、あなたの虚弱体質を心配してのことよ」


 静かに話を聞いていたおばさんが口を開く


「魔王は姿を消した。でも死んだとは限らない。

 あなたが勇者である事を知れば、旅に出るかも知れない。

 もしかしたら周りが無理やり旅をさせるかも知れない。

 あなたの体質を考えれば、いいえ、体質なんて関係なくあなたには平穏な人生を送ってほしいの」


「おじさん、おばさん……」


「だが、それはあくまで俺たちの考え。おまえの人生はおまえ自身で決めるんだ。

 いつかは話さなければならないと思っていたが、今日がそのときだと思ってな」


「そう、あなたが見たという夢の場所はおそらく魔王城。魔王復活の前兆なのかもしれないわね。

 いくら世界が滅びようとも、私たちはあなたには戦って欲しくないのだけれど」



 僕は……何故だか魔王城へ向かわなければならない気がした。

 まるでそれが使命かのように。



「僕、行くよ。魔王城に行けば失った記憶についてもなにかわかる気がするし」


「私も行く」


 決意した表情で姉さんは言った。


「姉さん!?」


「そうか……まあ可愛い子には旅をさせろと言うし、マホが付いていれば安心だしな!」


「そうよ、ユウマ。私はあなたの姉さんなんだから、もっと頼りなさい」


「姉さん……!」


「いろいろと話したけれど、あなたが私たちの大切な家族なのは変わらないのだからね」

 おばさんは優しく言った。


 ああ……この人たちに出会えて本当によかった。


 それから僕と姉さんは部屋に戻って眠った。



「寂しくなるわね」


「そうだな」




 そう、これがすべての始まりだった。


 あのとき、無理にでもユウマを止めていればーー







 魔王は復活しなかったのに。

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虚弱勇者 〜ラストバトルに僕はいない〜 @Ren_Ikegaya

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