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 【速報】羽坂希良さん、自殺か。

 13日午後16時頃、K県●市にある◆女学院で、人気アイドルグループの羽坂希良さん(15)が血を流して倒れているのが見つかった。病院に搬送されたがまもなく死亡が確認された。K県警察によると女学院屋上から転落したと見られ、自殺を図ったと見て調査を進めている。

 【独占スクープ!】羽坂希良、自殺の真相はいじめだった!メンバーが語る確執。

 人気アイドルグループのメンバー、羽坂希良さん(15)が13日午後、通っていた学校で自殺を図り、その後死亡が確認された。羽坂さんは人気アイドルグループでグループ結成以来センターを務め、メンバーの精神的支柱としてなくてはならない存在とであった。主演映画の公開を間近に控え、あまりにも突然すぎる出来事だった。彼女になにがあったのか。同じグループに所属するメンバーAが重い口を開いた。

「羽坂はいじめられていました」

 (中略)……羽坂さんはグループ内で陰湿ないじめを受けていたという。Aによるといじめの原因はキャラクターのぶれにあったという。羽坂さんは運営によって清純派アイドルとして売られていた。しかし実際の羽坂さんは似ても似つかない個性的な言動をすることが多かったようだ。運営は羽坂さんをコントロールしていたが、天真爛漫な性格の羽坂さんは、たびたび本当の自分を押さえつけるというストレスに悩んでいたという。

「ひと月ほど前にも食事に行ったんですけど、そのときも辛そうでした。求められている姿とありのままの姿の狭間で悩んでいたように思います」

 そんな心の葛藤を羽坂さんのプロ意識のゆがみと読み違えたメンバー。センターを独占しているのだから、黙って運営に従っていればよい。個性なんか出すな。グループを壊す気か――羽坂さん以外のメンバー間に広がる認識は、いつしか陰湿ないじめへと醸成されてしまう。

「いじめていたメンバーはBとC、それにDです。あとのメンバーは見て見ぬふりでした。みんな自分がターゲットにされるのが怖かったみたいです」

 メンバーは隠れていじめを行った。羽坂さんを集まりから除外したのが始まりだった。いじめはエスカレートし暴言を吐いたり、私物を隠し、羽坂さんが苦手としていた蜘蛛を衣装に入れることもあった。羽坂さんは運営からのキャラクター性に対する過度の要望と、メンバーからのいじめによって自律神経失調症を患ったという。またSNSでの誹謗中傷にも心を痛めていたらしい。別件ではあるが昨年、SNSでの中傷が原因で自殺したXさんのことは記憶に新しい。

 羽坂さんは運営に相談したところ――(略)

中学三年の鈴木葵はその報道を食い入るように見つめた。これは自分だ、と思った。同い年の希良には驚くほど自分の姿が重なった。葵は生物学上は男だが、性別なんてただ生まれたときに付与される記号としか思っていなかった。抑圧されていた希良に、一人の人間として深く共感していた。

 葵はクラスメイトから同性が好きだとからかわれていた。そんなこと一言も言っていないのにそう決めつけられた。自分の一人称が僕や俺ではなく「わたし」だったのも奇異の目で見られた。自分らしくあるがままを表現するたために、捻り出した答えだったのに否定された。編み物が好きで、スイーツが好きなのはそんなにいけないことなのだろうか。女の子じゃないと不自然なのだろうか。

 小学六年になる妹の波蒼からは「気持ち悪い」と言われ、男手で育ててくれた父親からは「男らしくない」と拒絶された。だから自分を殺して男らしい男を演じるようになった。こうすればみんな幸せになるから……。

 無理な芝居は体を蝕んでいった。食が細くなり体重が落ちた。ひきこもりがちになったのも予期できた結末だった。葵にはどこにも居場所がなかった。家にも学校にもこの街にもツイッターにもインスタにも、探しても探しても自分のなかにもどこにも、なかった。もう限界が来ていた。

 頼れる人はいない。助けてくれる人もいない。そこに同い年のアイドルの訃報が飛び込んできた。同じように抑圧された存在。アイコン。期待に押しつぶされ彼女は死を選んだのでしょう……と無責任なコメンテーターが言っていた。でも葵は直感した。それは違う。期待したのはそっちの都合であって、本人はしてくれなんて言っていない。押しつぶしたのは期待じゃなくて、本人以外の全員だ。全員が羽坂希良にのしかかって押しつぶしたんだ。だからこれは勇気ある退場だと思った。自分を理解してくれない、一括りにされた思い通りの価値を押しつける社会への反逆だった。なんて優しい社会。

 自殺にネガティブな勇気をもらい、葵もまた死を選ぶことになった。次に生まれ変わるときは女の子の姿で……と願って。自分に影響を与えた羽坂希良に心からの感謝を込めて。葵は通っていた学校の屋上から飛び降りた。雨の日だった。

 地面に横たわった葵は雨の音を聞いた。

 ――よかった。もういじめられることもないんだ。

 痛みよりも強烈な睡魔があった。まどろむように葵は目を閉じた。

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