12

 深夜三時。

 筆記具を擦る規則的な音がしなくなったのを不思議に思い、幽子は机に向かう陸斗の様子を窺う。シャーペンを握ったまま首を直角にして寝息を立てている。頬にはうっすらと涙の膜ができていて、点数が取れなかったのがよほど悔しかったのが分かる。

 そんな体勢だと首を痛めるよ――と言いたいが、起こすのも気が引ける。疲れが限界に来たのだろう。このまま休ませておくのが優しさかもしれない。

 幽子は読んでいた漫画――日本の歴史を閉じて、改めて部屋を見回す。

 気が休まらない部屋だと思う。病的ともいえるほどよく整理整頓された十畳ほどの部屋には掲示物が隙間なく貼られていた。目線の高さには社会の年号と出来事を羅列した暗記表や、エクセルで管理された過去のテストの点数があった。紙が光で焼けているものがちらほらあって、長い間壁に貼られていたことが一目瞭然だ。これじゃ寝ても覚めても勉強なのだろう。数字に監視されている気分になって、心が休まらない。確かトイレにも同じような掲示物があった。

 本棚にある読み物はざっと見て漫画版の日本の歴史や世界の歴史、伝記、図鑑、ジュニア新書くらい。余ったスペースに差し込まれるように小学校の卒業アルバムがある。教養にならない漫画は禁止されているみたいだ。

 気になったのはゲームがないこと。本人はすごく好きそうだけど、我慢しているのか禁止されているのか見当たらない。きっと目につかないところにしまわれているのだろう。

 トロフィーや立派な額縁に飾られた賞状も並んでいるが、よく見るといずれも小学校時代のもの。何気なく指でなぞっても、埃はない。掃除好きなあの子の性格が反映されている。

 囚われているな――そう感じた。過去の栄光を忘れられずしがみついている。それもこれもお母さんに認められるため。それでこの子は幸せなのだろうか。  

 幽子は窓を開ける。閉塞した部屋に風が心地よい。こんな空間で生活していたら頭がおかしくなりそうだ。

 部屋に訪れた一陣の風は思ったより強くて、カレンダーをパラパラと捲り、画鋲で貼られた暗記表を小刻みに震わす。振り返ると、いつの間にかあの子は体勢をかえて机に突っ伏している。寒いのか小さく身震いするのを認め、幽子は静かに窓を閉めた。

 ――世話が焼ける。

 起こさないようにそっと陸斗に毛布をかけた。

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