10

 幸か不幸かこうしてめでたく幽霊――幽子のパートナーになったのだが、ここ数日で早速足並みが乱れる出来事が発生した。だから、協力するにあたっていくつか追加のルールを決めた。

 一つ、邪魔をするな。幽子は虫みたいに常にくっついてきた。ある意味幽霊らしい行動と言えるが問題はその取り憑き方。学校ではせっかく調子よく問題を解いていても「構ってよー」と後ろから覗き込まれるし、家でも食事を食べていたら「お腹空いたー。死んじゃうよー」と怨嗟の声が聞こえる。元々死んでるし、死んでるのに空腹ってどういうわけ。とは思うものの五分に一回言われていればそんなツッコミをする気力もなく、勝手に暇潰ししててくれよと頼んでも、「ゲームはないし漫画もないし、どうなってんのこの家」と出るわ出るわ愚痴の山。成績が向上してこその協力関係であるからこのルールを提示したところ、幽子は頬を膨らませて、窓の外へ飛び降りた。自殺ではないことを祈りつつも、ようやく一人で散歩なりなんなりする気になったらしい。

 二つ、協力は交互に等価に対等に。もしも、こちらが何回も協力してるのに、幽子は一回だけの協力だったら話にならない。ターンごとに与える、与えられるという形を徹底させようと約束した。これは一方的な協力を避けるためであり、お気に入りのゲームを参考にした方法だった。また幽子の真相への重大な手がかりを複数見つけたのにもかかわらず、こちらの成績は少ししか上がらなかったら不公平だから、お互いに相手が創りだした価値と同様の価値を提供する取り決めを結んだ。

 これがこの四十八時間の出来事で、今は日曜日。塾があるから協力は原則日曜日だけというのもルールの一つで、陸斗は幽子の能力に相乗りして学校の屋上にいた。幽子とはこの場所で邂逅したので、手がかりだってここにあると考えたのも自然な流れであろう。が、見通しが甘かった。隅から隅まで調べても手がかりになるようなものは一つも見つからない。ただ、これでお手上げってことはない。

「なにこれ」

 スマホの画面を見せた陸斗に、幽子は怪訝な顔をして問う。

「このなかから分かるものを言ってくれ」

 陸斗は無作為に並べた昭和から令和での流行り物の画像をスライドさせていく。このなかから引っかかるものがあったらその時代を生きた可能性がある。無作為なのは先入観を排除するためだった。

「これと、これと……うーん、これかな」

 幽子は真剣に画面を見つめて指をさす。平成の項目によく反応したから、どうやらその時代に生きた人間かもしれなかった。でもこれだけじゃまだ範囲が広すぎる。次の一手を打つ必要がある。

「スマホは分かるよな」

「当然」

「使ってた機種は覚えてるか」

「まったく……。記憶はほとんどないし、機種はあまり意識しないわね。ねぇ、こんなんで本当に分かるの」

「まだなんとも。でもある年代の流行りからぱったり分からなくなっているから、三から五年前に亡くなったのかもしれない」

「それだけ」

「……それだけって。しかも、それだって曖昧だ。たまたま流行を知らなかっただけとなると、この推論も崩れる。あとは外見から十四から十九歳くらいってとこか。せめて生前使っていたスマホの機種さえ分かれば確信を持って言えたんだけど」

「覚えてなくて悪かったわね。まあ年齢が分かっただけ一歩進んだのかな。わたしには自分の姿が見えないし。十四から十九なら君とタメくらい?」

 幽子は屋上のフェンスに寄りかかる。風が吹いて、肩までの長さの髪がふわりと揺れる。

「僕は今月で十五だから……そうなるか」

 陸斗は誕生日が近いことを思い出す。偶然にも次の小テストと同日だった。

 今年はなにをもらえるだろう。陸斗は毎年お母さんからプレゼントをもらっていた。クリスマスはなかったけど、成績に善し悪しに関係なく誕生日を祝う習慣は残っていた。お母さんが編み出したその一日で三百六十四日を頑張らせる方法。アメとムチのアメ。いつも心を読まれたかのように希望の品をもらえる。今月は大作RPGの続編が出るからきっとそれだと思う。

 陸斗は密かに期待していた。

「へぇー今月誕生日なんだ」

「そうだよ。だからもし幽子が十四だったら、敬語を使わなくちゃいけない。ついでにプレゼントもあるとなおいい」

「うざっ。お母さんからもらえるじゃん」

「まあね」

 陸斗が得意げに言うと、幽子は寄りかかっていたフェンスから離れる。

「ところで――手がかりがないなら帰らない? 風も強いし」

「待った。もう一つだけやることがある」

 陸斗は手早くスマホで検索する。屋上に手がかりがなく、年代の推論も行き止まりになったから、次は自殺者を当たった。十代の死の原因は主に自殺だと事前に調べていたし、幽子がこの場所で飛び降りようとしたのも陸斗を試すだけでなく、もしかしたら潜在的な意識が働いたのかもしれない。だからこの学校の自殺者を調べれば真相に行き着くことが考えられた。

 該当は三人いた。しかし、徒労に終わった。一人目は昭和の事故で、二人目は学校の教師、三人目は、三年前の事件だったから微かに期待したが男子だったので却下。しかも、おそらく現在進行形で学校で広まっている幽霊の噂の元になったくせに、詳細の情報はいくら探しても出てこない。ならばと、一旦諦めて自殺者の検索の範囲を広げようとするのだが、そこで全国の年間自殺者数は二万人という衝撃的な事実を知る。自殺以外の死因から遡って人物を特定するのも数の上でも非効率だし、そもそも病死などはネットニュースになり得ない。

「どうしよう……」

 陸斗は先のことを思い、言葉が漏れる。

「とりあえず帰ろっか」

 自分のことなのに切迫感が足りないと思うのは気のせいか。寄りかかりすぎじゃないか。それとも楽観的なのか。つくづく性格が合わない。

 けれどポツリと言った幽子の申し出を断る理由もなく、念のため屋上の写真を数枚撮影してから、陸斗は幽子に向かって頷いた。


 意識がある状態の転送は気持ちのいいものではなく、超高速の揺さぶりをされているみたいだった。部屋に戻って吐き気が収まるのを待ってから、スマホで撮った写真を紙に出力して机のなかにしまう。ここに手がかりをまとめておくと後で参照するとき便利だ。

「なあ幽子、写真には映るのか」

 ダメ元で聞いてみた。

「どうだろう。鏡でダメだったから無理だと思うけど一応やってみる?」

 と、幽子はヘンテコなポーズを取ってふざける。スルーして撮影ボタンを押すと、幽子の姿を透過して部屋のカレンダーが映った。

「ダメみたいね……」

「写れば拡散できると思ったんだけどな」

「うーん、うまくいかないね。……そういえばさあ、わたしってどう見える?」

「どうって……なんだよ急に」

「写真が映らないなら絵はどうかなって。特徴があれば君も描きやすいでしょ?」

「確かに。それはそうだけど」

 絵は苦手だ。いつだって、美術の時間は笑われないように作品を隠して描いていた。

「だよね。じゃあどういう子か教えてよ。私は君の目から見てどんな女の子かな?」

 幽子の勢いに気圧されて、陸斗は改めて外見を観察した。

 身長は同じくらいで女子にしてはやや高めか。服装は白のブラウスに淡い草色のロングスカート。といってもこれはリクエストで着替えてもらっていた服装である。出会ったときの短い丈のスカートだと、動き回って色々不都合があるので写真を見せて好きな格好に変身してもらっていたのだ。「こういうのが君の好みなんだ」と冷やかされたのはこの際よしとする。

 ミディアムくらいの黒髪は気持ち内側に巻いていて小さな顔立ちをよりコンパクトに見せる。唇は子猫みたいで、目の下に泣きぼくろが二つ。はっきりとした二重目蓋が意志の強そうな大きな目の印象を和らげている。すらりと細い手足に、ふんわりと遠慮がちに膨らむ胸部。海辺に真っ白なワンピースでも着て黙って立っていればいわゆる正統派のアイドルに見えるだろう。――つまり総合的に見てかなりかわいい部類に入ると思う。でもかわいいなんて口が裂けても言えない。奇想天外な中身を知っているし、言ったとしてなんというかとても屈辱的な気分になる。今までの幽子の挑発的な行動を鑑みるに、その反応を想像しただけで虫唾が走る。そういうわけで陸斗は幽子から顔を背けて、一言。

「普通だって」

「普通……。君、正気? 世の中に普通の人間なんていないでしょ。少なくとも印象に関しては誰に似てるとか、目が一重とか鼻が高いとか、いかようにも言い方あるでしょ。語彙力とかそういう問題でもない」

「いや特に可もなく不可もなく、ニュートラルな印象なんだよ。誰にも似てない」

「ひっど。君、ホントに失礼な子だね。――もっと、よく、見てよ!」

 幽霊は挑発するようにさらに近寄って息が触れる距離に。

「わ、分かった。描いてみるからちょっと待っててくれよ」

 追い詰められて観念した陸斗は仕方なく机に向かう。しかし、三十分ほど格闘して完成した絵を一瞥して幽子は一言「ない」と鼻で笑う。こっちは絵心がないのを分かっていて描かされたのにその言い草こそ「ない」と思う。悔しいので市内の掲示板に貼り付けることにしよう。これもある種の協力だ。そこまでやり遂げて、今回の協力は終わりにする。

「さあできることはやった。次はそっちの番だぞ。成績を上げてくれよ」

「名前もまだ分かってないのに、協力した気になってる」

「行動はしたんだから約束を守れよ。僕だって忙しい休日を潰して、幽子のために……」

「あぁ、はいはい。分かりましたよ。やればいいんでしょ」

 一体どのような能力の組み合わせで、成績を上げてくれるのだろう。そう期待していると、なにを思ったのか突然に陸斗の参考書を二三冊見繕って、広げる。

「はい」

「なに……これ?」

「なにって、成績上げるんでしょ。勉強よ、勉強。読んでみたら意外と分かったから、教えてあげる」

「ははっ……じゃなくて、幽霊だったらもっと特殊なことをしてよ!」

 すると幽子は意地悪そうな笑みを顔に貼りつける。

「言い忘れてたけど、あの能力は真実を見つけるためにしか遣えない能力なの。神様に罰を与えられたくないから悪用はできない。それに、わたしの名前も突き止めてないんだから家庭教師でも我慢しなさい。実績に応じて……云々のルールは君が言い出しっぺでしょ」

「詐欺だ……。これなら塾でもできることじゃん。わざわざ幽子に頼まなくてもいい」

「めそめそとうるさいわね。どうすんの。やるの? やらないの?」

「やる、やるよ!」

「そうこなくっちゃ。ねぇ、なんかお腹空かない」

 考えていた計画が早くも崩れ始め、呆然とする陸斗に幽子はどうでもいい問いかけをする。

「空かない」

「わたしずーっと思ってたんだけど、幽霊でも空腹だと頭が回らないみたい」

「空かないって。さっき食べたし」

「わたしは食べてない。あー、食べたい食べたい食べたい」と、幽子は駄々っ子する。

 次から次へと提示される面倒くさい要望に呆れながらも、陸斗は従順に下の階から林檎を持ってくる。幽子は満足そうに林檎を一かじり。

 幽霊が食事を摂れるってどういうメカニズムだよ? というか、幽子が見えない人には宙に浮いた林檎が消えてく様子しか見えないのだろうか――。思うところはあるものの、とにかく終始幽子のペースだった。

 ただ単純に勉強をするというだけでこの労力。なら一人で勉強していた方がずっと捗ると思っていたけれど、実際幽子に教わってみると案外悪くない。むしろ、とても分かりやすい。塾と違って距離が近いし、幽子による過去のテストの分析とそれに基づく指摘も的確。お金のかからない家庭教師と考えればいい。嬉しい誤算。これはいけるかもしれない。

 よし――陸斗は大きな音を立てて参考書を閉じる。

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