7
誰かが泣いている。これはお母さんだ。どうして泣いているんだろう。陸斗は靴を乱雑に脱いで、急いでリビングに向かう。
「お母さん……?」
声をかけてもお母さんは動かない。傍らには大きな封筒が置いてあった。併願した第二志望の英翠中学校からの威圧感のある明朝体が見える。急いでいたのかハサミを使わず開封してあって、口の部分がギザギザだ。合格と書いた紙が床の上に落ちている。
――よかった……。
息の混じった声が唇からすり抜ける。中学には必ず受かると信じていた。色々なことを犠牲にして勉強ただ一つに取り組んできた。だからお母さんに抱きしめられたとき、本当に嬉しかった。自分の努力がようやく認められて、うれし涙を流してくれてる。
――お母さん、僕頑張ったよ。友だちより勉強を優先して、言いつけを守ったよ。天国のお父さんも喜んでくれるかな……。
陸斗はお母さんと喜びを分かち合いたかった。褒めてほしかった。認めてほしかった。でも、お母さんは陸斗を見ていない。手で顔を覆って、涙さえ隠している。
「ごめんね……。ごめんね」
「お母さんなんで謝るの」
「第一志望の中学に行かせてあげられなくて、ごめんね……。もう悔しい思いはさせないからね……」
陸斗は魂が体から流れ落ちるような虚脱感を感じた。
お母さんは自分を責めていた。陸斗は満足していたというのに、お母さんにとって一番以外は意味がなかった。その事実を知って苦しかった。
でも、お母さんはそれ以上に苦しんでいるように見えた。腕で自分の体を守り、内側からの痛みを必死で抑え込んでいる。
「お母さん、僕頑張るから……もっともっと頑張るから。だから泣かないで……」
こう言うしかなかった。お母さんの泣いた顔を見たくなかった。大人の泣いた顔は怖くて、悲しくて、どうしようもない無力感を感じて誰かに助けてもらいたくなる。
でもそんな人はいない。助けてくれる人なんて。
お母さんは陸斗を抱きしめる。お母さんの力は強くて、痛いくらいだった。それはまるで強く抱き留めれば約束は果たされると信じているみたいだった。
されるがままだった。棒になったみたいに手に力が入らなくて応えられなかった。
抱擁じゃなくて、拘束だった。
僕の受験じゃなくて、お母さんの受験だった。
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