時計の長針が、十二のところに触れる。紙を翻す乾いた音が一斉に耳に届く。

 テストが始まった。解答用紙に名前を書き、問題用紙を表にする。時間を割り振るため一問目から終わりまでをざっと眺める。問題を見ていくうちに、陸斗は背中の辺りから鋭い寒気が全身を駆け巡るのを感じた。

 解けない……。思っていたのと違う。混乱して、問題文が意味のない文字列に見えてくる。

 なぜ、どうして。疑問が脳内に湧いてくる。

 暑くないのに汗が噴き出す。ワイシャツに張り付くのも気にしていられない。

 焦りが募る。そうしている間も時間は進む。

 なにか書かなきゃ。そう思おうにもシャーペンを持つ手が震えてしまう。これで人生が決まるというのに動けない。頭のなかに消しゴムがあって思い浮かんだ解答を次々消していく。脳みそが凍結したみたいに頭が働かない。

 考えろ、考えろ、答えなきゃ。

 時計の音と紙を捲る音がやけに大きく聞こえる。誰かが舌打ちをして、自分が貧乏揺すりをしていることに気づく。お尻の安定しない誰かが椅子をずらして短い硬質の音が教室に響く。ただの呼吸音が耳障りだ。集中しようとしても、音が四方から追い立てる。

 周りの進み具合が気になって、目だけ動かして隣の席を見てみる。頭に手が追いついていないみたいに猛烈なスピードで解答している。目を前に戻すと、監督の先生と目が合う。カンニングしたわけじゃないのに、訝しむ表情。

 お腹が痛くなってきた。もうダメかもしれない。一旦頭をよぎると、どんどん膨らんでいき無視できない大きさになる。気づいたら、手を上げていた。

 先生、保健室へ行きたいです――。

 監督の先生が半笑いで許可する。笑い声が陸斗をいたぶる。吐き気を堪えながら陸斗はふらふらと教室を後にした。テストに立ち向かうだけの気力はすでに残っていなかった。

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