第7話 抵抗できません、あなたのことが好きだから。

 私が身構えると、ゴーティエ王子は腕の拘束を解く。そして、私のドレスを脱がしにかかった。馬車の中で一度脱がされていることもあり、やたらと手際がいい。


「あ、あのっ……お、お茶にしま――っ⁉︎」


 チュッと軽くキスをされた。そのまま後ろに押し倒される。身体を打ちつけるようなことがないのは、さりげなく腕を背後に回されていたからだが、そういう問題ではない。


「汗を流すのが先だろう? 隅々まで洗ってやるからな。馬車の中は暑かった」


 なんだろう、ゴーティエ王子、やたらとイキイキしてきたわね!


 抵抗しようともがくが、それに合わせてうまくドレスを引き抜かれてしまった。私がどう動くかも計算済みであるかのように、まるで私自身が脱がしてもらおうとしていたかのように、引っかかることなくスルッと脱がされて、なんか悔しい。


 器用だなっ‼︎


「そ、それはあなたさまのせいであって――」

「恥ずかしがるとはまだまだウブだな。肌を重ねた間柄ではないか」

「か、身体くらい自分で洗えますっ!」

「オレが洗いたいんだから、気にするな」

「そういう問題じゃなくてですね……ひゃ、あっ⁉︎」


 あっという間にひん剥かれてしまった。素っ裸にされて、私は胸元と秘部を手で隠す。羞恥で小さく震えた。肌も自然と上気する。


「ふふ、綺麗だ、ヴァランティーヌ」


 ずいぶんと満足そうな表情でございますねっ‼︎


 私を眺めながら、ゴーティエ王子も服を脱ぎ始める。脱いだ服は適当に部屋の端に投げ捨てられた。


「着衣もいいが、全裸も捨てがたいな」

「わ、私は、こういうことは……」

「いいではないか。子づくりは避けるという誓いは破らないから、そこは安心しろ」


 全部脱ぎ終えたゴーティエ王子の身体は、騎士たちほどの筋肉はなくても充分に見ごたえのあるものだった。肩幅はあるし、護身用に剣技を身につけているだけはあると思う。


 そういうところについ目が行っちゃうのって、性的欲求の表れなのかしらね……。


 そんな気はなかったのに、ゴーティエ王子に男の裸をジロジロ見ていたと指摘されたのを思い出す。多少なりとも興味が湧いているのかもしれない。

 私が抵抗を諦めていると、ゴーティエ王子は私の身体を抱き上げた。


「さあ、オレに身体を委ねるといい。夢見心地にしてやるぞ」

「はぁ……もう、どうぞ好きにしてください……」


 最後までしていないから、元気が有り余っているんだろうな――などと余計なことを考えながら、私はゴーティエ王子の気が済むように協力しておこうと思ったのだった。





 バスタブにお湯がはられる。隣の部屋に湯を溜める場所があり、そこから注がれるようになっているらしい。我が家のお風呂とは仕組みが違って興味深い。


「――おとなしいな」


 私の身体を泡だてた布で優しく拭いながらゴーティエ王子が呟く。


「抵抗するのも疲れました」


 ため息混じりに答えると、ゴーティエ王子はフッと小さく笑う。

 馬車の中で愛されまくった私は、もう体力切れなのである。普通の御令嬢として育てられているので、体力はあまりないのだ。ダンスレッスン以外は運動らしい運動はしなかったし。身の回りのことも使用人たちがやってくれるので、そんなに動かずに済む。体力は必要ない。


「そうか。――風呂は使用人に手伝ってもらうのか?」

「髪を洗うときは時々」


 長い髪なので、一人で洗うには大変なのだ。頻繁に洗うわけではないにしろ、髪を整える際には手助けが必要なのだった。

 私の返事に、ゴーティエ王子の手が止まる。


「男性に触れさせることはなかっただろうな?」

「ええ、私の身の回りの世話をする使用人は全て女性ですので。その点はご心配なく」


 本当に嫉妬深い人である。下手したら監禁ルートもあるんじゃなかろうか。


 ゲーム内ではそういう話はなかったはずだけども、二次創作界隈では見かけたっけ。まあ、そういうタイプの人に見えるわね。


 私が微苦笑を浮かべると、ゴーティエ王子はホッと息をついた。


「……なんだろうな、貴女との関係を周囲に認められて浮かれている一方で、独占権を得たと錯覚している気持ちも感じられてよくないな。オレのことが重いと、煩わしいと感じているなら、正直に言ってくれ」


 身体を洗う作業を再開させたゴーティエ王子は、懺悔するように告げる。自分の感情の動きに戸惑っているようだ。

 私はゆっくりと首を横に振って否定した。


「別に不快ではありませんわ。愛され慣れていなくて、どうお応えしたものかわかりませんので、あなたさまが望む反応ができていないことは否めませんが」


 投げやりな気持ちになることはしばしばだし、流されてしまっているとも思うけれど、不快だと感じたことはないのである。そこは多分、ゴーティエ王子がヴァランティーヌと築いてきた関係が良好だったおかげなのだろう。


「そうか……想像よりも可愛い答えで驚いた。オレと結ばれるのが嫌で婚約をなかったことにしたいわけではないのだな……」


 オレと結ばれるのが嫌で――と告げられると少し戸惑う。行き着く未来を知っている状況としては困るのだが、気持ち的にはそういうことではない。

 ゴーティエ王子に言われたことを心の中で反芻して、私はふと思った。


「嫌われたほうがよかったみたいな言い方ですね」

「そのほうがわかりやすいからな。その理由であっても、感情的には諦められないだろうが、周囲の説得はしやすい。でも、時が解決してくれるだろう」


 私の指摘に、ゴーティエ王子は真面目な声で応じた。


「私があなたさまを嫌いであっても婚約をなかったことにできないなら、お飾りとしての結婚になるでしょうね」

「そうなるだろうな。貴女には悪いが、付き合わせることになるだろう。無理矢理抱いて、後継者を産むことを強要することになっただろうな」

「それもまた、お仕事でしょうから、やむなしでしょうね」


 私は頷いた。王太子妃としての仕事だと割り切る覚悟は必要なのだろうと。

 ゴーティエ王子は私の返事を聞いて、そっと目を伏せた。


「こうして触れることを許してくれて、オレは感謝している。ずっと、貴女に触れたいと思っていたんだ。貴女の名前が婚約者の候補に挙がったときは、本当に嬉しかった」

「どうしてそんなに私を好いてくださるのです?」


 執着される理由が私には思い当たらなかった。

 ゴーティエ王子の周りには、私以外にも様々な分野で長けている女性は多数存在する。それこそ、ゲームの正ヒロインであるソフィエットだって薬学知識に秀でた才女だ。

 私は父親が宰相という立場であって、それなりに古くから続く侯爵家の人間という後ろ盾があり、親の勧めで受けた官吏登用試験に一発合格する実力を持つ。試験を受けたのは婚約者候補に選ばれたことを知らされた後だったので、別にそれがゴーティエ王子に選ばれるきっかけにはなっていないだろうけれど。

 私が自分なりに理由を推測していると、ゴーティエ王子は苦笑した。


「――貴女は覚えていないのだな。それでも構わないが」


 ボソリと告げられた言葉に、私は小首を傾げる。


「私、何かしましたっけ?」


 ゴーティエ王子とは幼馴染みなので付き合いは長い。それこそ一緒にイタズラをして大人たちを困らせた仲である。


 どんなことがあったっけ――と、ちょっと思い返してみたけれど、次々に浮かぶエピソードが忘れておいたほうが幸せになれそうなことばかりだったので、回想シーンはやめておくことにしよう。

 本気でなんのことだかわからなかったので無邪気に尋ねたのだが、ゴーティエ王子は小さく笑うだけだった。背中を洗ってくれていた彼の手が、そのまま前に回ってくる。

 大きな胸の膨らみを腫れ物に触るかのように慎重に拭った。少しくすぐったくて、私は密かに喘いだ。


「――貴女にとっては些細なことだったのなら、なおさら嬉しい。……オレはあのとき、確かに貴女に救われたんだ」


 作業をしていた場所に向けていた視線を、ゆっくりと私の顔に向ける。そして改めて顔を上げ、ニッコリと微笑んだ。


 素敵な笑顔だな……。


 心を奪われているうちにゴーティエ王子は私に口づける。甘く優しい口づけ。つい薄く唇を開けると、すかさず彼の舌が入り込んだ。


「んっ……」


 心地よく酔わされる。私の扱いをすっかり熟知した動きに、素直に堕とされてしまう。


 ああ、ダメだ。呑まれちゃう……。


 私はすっかり彼に魅了されていた。


 唇が離れるときに水音がして、名残惜しく思う気持ちが二人を繋ぐ銀糸となって可視化された。


「ヴァランティーヌ……オレは貴女のことしか愛せない。貴女の予知した未来が、オレたちにとって望ましいものになることを切に願っている」

「……はい」


 死にたくはない。できるならこの人と結ばれたい。

 だけど、この身体の中からヴァランティーヌは消えかけているし、そんな状態でゴーティエ王子と結婚をするのは何か間違っているような気がする。


 私はどうしたらいいの?


 ゴーティエ王子の温かな手のひらの感触から優しさやいたわりを覚えるたびに、私の心は苛まれる。このまま快感に溺れてしまっていいのだろうか。それはゴーティエ王子を騙していることにはならないのか。


 ねえ、どうして……こんなに苦しくなるなんて思わなかったよ。


 涙をお湯の飛沫でごまかしながら、私は必死にゴーティエ王子の愛情を受け入れた。そうすることを選ぶ自分を浅ましく、卑怯に思いながら、今はただ自分に待ち受ける障害のことを忘れようと努めたのだった。

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