第8話 思惑どおりにならない。
入浴後に話し合うはずだったのに、疲れ果ててしまった私は帰宅することになった。加えて、ゴーティエ王子自身の仕事の都合もあって、改めて場を設けることにしたのだ。
二日後の昼下がり。
私はゴーティエ王子に招かれて王宮に参上していた。これから二人きりのお茶会と言う名の作戦会議である。
とにかく、ここまでの状況を整理して、どうにか死亡ルートだけは回避しないと……。
あまり悠長なことはしていられない。ゲーム内のイベントがこれから控えているのだ。日が経てば日が経つほど、ソフィエットとのハッピーエンドに向かって物語が進んでしまう。打てる手は打っておかないと私自身の命が危うい。
あれこれと思考を巡らせながらお茶会会場のテラスに出ると、予期せぬ人物が先客として席についていた。
「御機嫌よう、未来の王太子妃さま」
「御機嫌よう、アロルドさま。あの、これは……」
赤い髪、精悍な顔つきでガッチリとした体躯の持ち主はアロルドだった。今日は非番なのか、騎士の姿ではない。侯爵家の一員としての貴族らしい格好だ。
彼は私を見るなり片手を上げて挨拶してくれる。
私はというと、慌てて周囲を見渡した。アロルドと二人きりでいるところを見られたりでもしたら、ゴーティエ王子の嫉妬をかってしまう。かなりマズイ。
「そう警戒するな。ゴーティエに呼ばれたからここにいるわけで、やましいことはないはずだ」
説明されても、彼に近づく気にはなれない。ゴーティエ王子が現れてから席に着こうと、私は距離をとった。
アロルドは苦笑する。
「それに、今日は絶対に手は触れない。先日は冗談が過ぎて申し訳なかったな。監禁されていなくてなによりだ」
「当然です。あのあとは散々な目に遭いました。私にも落ち度はあったのだとは思いますが」
本当に監禁されなくてよかった。入浴で疲れてぐったりしていたら、泊まっていくように勧められたし。もちろん丁重にお断りしたけども。
釘をさすように私が冷たくあしらうと、アロルドは肩を竦めた。
「すまなかったな。あそこまで執着しているとは思っていなかったんだ。政治的に敵対したくないから手元に置いておきたい……その程度の興味だとばかり」
ええ、アロルドさま、私も同感です。
心の中で頷きつつ、私はため息をついた。
ゴーティエ王子がなんとしても手放したくないと強情になっているのが想定外なのである。私は穏便に婚約破棄をして、平穏な余生を送りたいだけだというのに。
その平穏な余生を送る私の世界にゴーティエ王子がそばにいたら――とは思うけど……王妃の身分で平穏な余生は難しいでしょうね。ゴーティエ王子が王子をやめるなんて有り得ないでしょうし。
「ゴーティエさまはずいぶんと私を評価してくださっているようですね」
「そうだな。――それはそれとして、ヴァランティーヌ嬢、君は女性としての魅力は誰よりも持っていると思うぞ」
また私をからかって――と思いつつアロルドの顔をじっと見ると、彼は真面目な顔をしていた。
「最近は特に色っぽくなった。周囲には気をつけたほうがいい」
色っぽく……ね。
自分では実感がないが、年齢的には成熟してきているのだからそう感じる人もいるだろう。
しかし、アロルドさまは命知らずな人なのね……お節介焼きというか。いい人ではあるんだけど。ゴーティエ王子に聞かれていたらどうするのかしら。
「ご忠告ありがとうございます。ですが、気をつけたほうがよろしいのは、あなた様のほうではなくって?」
ああ、言わんこっちゃない。
背後から殺気を感じる。背中がゾクッとした。
私がゆっくりと振り向くと、そこには怖い目をしたゴーティエ王子が立っていた。彼に睨まれているアロルドは涼しい顔をしている。
「遅くなってすまなかったな、ヴァランティーヌ。――では、オレの婚約者を口説く不届き者は退場願おうか?」
アロルドに向けられたものは、目つきだけでなく声も低くて怖かった。私への声かけが甘く優しいものだったから、なおさらその落差が激しくておそろしい。
「自分で呼び出しておいてそれはないだろう、ゴーティエ」
「オレの目が届かない場所でヴァランティーヌに話しかけるのは禁じよう」
アロルドに命じるなり、ゴーティエ王子は私の身体を引き寄せた。ギュウっときつく抱きしめて顔を近づけると、私をさりげなく嗅いでいる。
くすぐったい……。
昨日は一日中顔を合わせなかったので、その反動で過剰なスキンシップになっているのだと思っておこう。
「おいおい。挨拶ぐらいいいじゃないか。顔見知りなんだし」
「今度ヴァランティーヌに余計な話をしたら決闘を申し込む」
「あのな……」
アロルドがあきれている。頭痛を覚えたのか、額に手を当てて俯いていた。
婚約破棄の提案でここまで変わるものなのかしら?
ゴーティエ王子の気持ちがよくわからない。愛情を持って接してくれているのはわかるのだけども、私の周囲から異性を排除しようとするのが理解できない。
「――君たちが俺の前でイチャイチャするのはまったく構わないが、少しは本題のことに触れてくれないか? 見せつけたいだけなら、部屋のほうが都合がいいと思うんだが」
アロルドの提案に、ゴーティエ王子は私を抱きしめる力を強める。
「……悪趣味だな」
腹部のあたりをさわさわと撫でられて、私はくすぐったさに耐えた。これはなんの拷問ですか、ゴーティエ王子。
「君はどういう想像をしたんだ」
ゴーティエ王子がよからぬことを考えたらしいことは口調からわかる。だからだろう、アロルドの声が引き気味だった。
友人にこんな態度をさせるなんて、どうなんでしょうね……?
親しいからこそ察するものもあるのだろうと思うと、私も表情を引きつらせずにはいられない。
「オレたちが愛し合っているさまは、詰所で見せつけたつもりだったんだがな。そんなにオレのヴァランティーヌへの愛情が疑わしいのであれば、証明してやるのもやぶさかではないぞ」
「いえ、それ以上は結構です」
ゴーティエ王子の言葉にかぶせるくらいの勢いでアロルドが拒否を示した。ありがたい。
詰所でのアレはやっぱり牽制のつもりだったのか……。
思い出すと恥ずかしくなる。人前であのような熱烈な口づけは一般的にはしないものだからだ。
気を取り直そう。
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