§02フラグを確認しましょうか
第3話 フラグを確認しましょうか。
「ところで、あなたさまはソフィエット・ノートルベールをご存知?」
自分の話はこれでいいだろう。問題はこれからの私の身の振り方だ。
流産からの死亡エンドは回避できそうな雰囲気になってきたが、ヴァランティーヌはゲーム内では悪役令嬢である。ゲームのヒロイン――ソフィエット・ノートルベールと対峙せねばならない運命が待ち構えている可能性が高い。
私はというと、ソフィエットとは顔見知りである。
ソフィエット・ノートルベールは私より一つ若い十七歳の伯爵家の御令嬢だ。薬学に精通した医者の娘であり、それだけあって学術に優れている。前髪で目元を隠しているので陰気くさい印象だが、それなりの美人。体形はスレンダーであるけれど、つくべきところには脂肪がちゃんとついている。書物を読む際には眼鏡をかけるメガネっ娘だ。
親しいと言えるほどの仲ではないが、パーティー等で顔を合わせれば挨拶くらいはする。お互い、名前と顔が一致する程度の知り合いだと思う。ただ、彼女が私に対してどういう印象を持っているかは定かではない。
彼女がゴーティエ王子ルートに入っているってことは、面識がないってこともないはずだけど、どの程度進展しているのかしら?
「……ソフィエット・ノートルベール?」
ゴーティエ王子は急になんの話だろうかといった様子で目を瞬かせた。
私はすかさず補足する。
「ちまたで噂の薬学令嬢ですわ」
彼女の話題の中で一番有名そうなものを選んで教えるが、ゴーティエ王子からは手応えが感じられない。
なんだろう、この反応。絶対にどこかで顔を合わせているはずだし、その出会いはドラマチックだったはずなんだけど。ゲームの仕様上、それは確実。
うーん、前世を思い出したけど、ここはゲーム世界とは違うのかしら? 違うとすれば、どの程度の差異があるのだろう?
「色白で亜麻色の髪、紫水晶みたいな瞳の娘なんですが……」
だんだん不安になってきて、私は知っている情報で無難なものを伝える。必要以上に情報を与えてしまったら、シナリオ通りにならなくなるかもしれない。せっかくある程度の未来がわかっているというアドバンテージ持ちなのだから、それを大きく改変するようなことはしたくないのだ。
まあ、あのタイミングで思い出したのは、本能的に死を回避したかったからだと解釈しますけどね、はい。
少し悩むような顔をして、ゴーティエ王子はやっと何かを思い出したらしかった。
「……ああ、確かにそんな娘がいたな。公爵家のパーティーで酔っ払いに絡まれたところを、アロルドと助けてやったんだったか。礼状と粗品が届いていた」
アロルドさまと⁉︎
私は意外な人物の名前に目を瞬かせた。
記憶にあるシナリオでは、助けに入るのはゴーティエ王子かアロルドかのどちらかである。二人で助けるなんてシナリオはない。
ゴーティエ王子が助けに入る場合は、ソフィエットを助けるためではなく、酔っ払い自体に迷惑をかけられたために副次的に助けるシナリオだ。ちょっとイヤイヤな感じで、「貴女を助けるためにしたわけではない、気にするな」と言って立ち去る流れだったと思う。
それに対し、アロルドが助けに入るのは彼が正義感溢れる人間だからで、会場での異変にいち早く気づき、ソフィエットを助けるという流れだった。心配するアロルドに、ソフィエット側が「助けてくださりありがとうございました」と礼を言って足早に別れるシーンは何度も見ている。
そう考えると、ソフィエットを一緒に助けるには、シナリオを結構な分量で調整する必要がある。正直なところ、私はそういうルートを発注しようとは思わない。管理が面倒そうだからだ。
先日の公爵家のパーティー、私は欠席していたのよね……こんなことになるなら出席しておけばよかったわ。
後悔するも、時を戻すことはできない。そのときの状況については、近いうちに調査をしておこう。
「で、そのソフィエット嬢がどうしたというんだ?」
「あなたさまはソフィエットと結ばれる運命にあるのです。私とは縁がありませんの。どうか私との婚約を破棄してくださいませ」
両親には申し訳ないが、自分の命がかかっている。とにかく、ベッドインを避けて婚約破棄をしてしまえば、私の死亡フラグは折られる。あとはソフィエットとゴーティエ王子がくっつくように全力で盛り上げていけば、物語としては安泰だろう。演出としての意地悪については、目をつむってもらおう。
ゴーティエ王子が承諾してしまえば、なんらかの理由をでっち上げて婚約破棄はできると考えた。私を好いているようだが、生命と結婚とを天秤にかけたら私の生命を選んでくれると信じられた。
しかし、状況はうまく回らない。
殺気ともいえそうな気配が私の目の前にいる彼から発せられた。
「あの……婚約破棄に協力を――んんっ⁉︎」
ベッドに押し倒されて、唇で唇を塞がれる。情熱的すぎる口づけに驚いてしまい、とっさには反応できなかった。状況を飲み込めてきたところで抵抗しようともがいてみるも、どうにもうまく動けない。
「やっ……あのっ……ゴーティエ王子っ……あっ⁉︎」
唇が離れて、私はようやく言葉を発した。一体ゴーティエ王子の意識に何が起こったというのか。
「オレと結婚するのが怖くなったのか?」
私の腰のあたりに馬乗りになったゴーティエ王子は、自身の唇を乱暴にぬぐいながら冷たく言い放った。
「そ、そういうわけでは……」
「オレはずっと貴女と結ばれることを夢見ていたのだ。貴女が成熟し、オレが伴侶を得るのに相応しくなるその日を待ちわびていた――だのに、何故貴女はオレに他の女を勧めようとするんだ? オレが求めているのは貴女だけだ、ヴァランティーヌ」
切なげな声に、困惑した表情。私に被せてくれた薄布を強引に剥いできたが、無理に肌に触れようとはしなかった。
彼は今、必死に自分の劣情と戦っている。
そんな様子に、私の胸は締めつけられた。何故だろう、苦しい。
「愛しているんだ、ヴァランティーヌ。婚約破棄など認められない。オレの気持ちの問題だけではなく、そもそも父上が決めたことには逆らえないからな。それこそ死別でもしなければ、成立しないさ」
死別……そういえば、ゲーム内でもそんな設定があったっけ。
ゴーティエ王子ルートに入ったときにヴァランティーヌが死ななければならなくなるのは、現王が王太子妃として彼女を選んだからでもある。だからヴァランティーヌが死ぬことで、晴れてソフィエットはゴーティエ王子と結ばれるようになるのだ。
だが、突破口はどこかにあるはずである。私は考えを巡らす。
「ならば、私に何か王太子妃に相応しくない汚点が見つかっても、ですか?」
「そうだな。よほどのことでもなければ、不都合な事実は揉み消すだろう。そのくらいには貴女を評価し、王家に招きたいと考えているってことだ」
「……そう、ですか」
私の肩書きには宰相の娘というのもあるので、父が裏切りを働かないための人質にしたいのかもしれない。そのためには、なんとしてでも結婚という形で縛っておきたいのだろう。
「ソフィエット嬢に金でも積まれたのか? 貴女に限って弱みを握られることもないだろうし」
「いえ。ノートルベール伯爵家としては、せっかく縁ができたのだから見初めてもらえたら――という下心くらいは持ったかもしれませんけれど、私に直接どうこうといったことは決してございません」
ゲームのことを思い出すまで、ソフィエットは私の眼中になかった娘だ。ゲームのシナリオ通りでないのならば、脅威にはなりえない。
このゲームのファンタジー要素は高確率で当たる予知や予言のみであり、その他の都合のいい魔法は存在しない。各家の勢力図としてもグールドン侯爵家の政治的力は強く、盤石と言えるだろう。そう簡単に脅かされるものではない。
「なら、婚約破棄は不要だ。子ができると身の危険があるというのであれば、ここにオレのを挿れるのは避けよう」
そう告げて、ゴーティエ王子は私の秘部に指を這わせる。
いきなり触られて、私はビクッと身体を震わせる。
「怖がらないでくれ、ヴァランティーヌ。もう痛いことはしないよ」
「い、痛くなくても、そういうことは……あの……あ、あのっ……」
逃げたくてもゴーティエ王子が私の上に乗っているので動けない。彼の指は私の秘部をいじり続けている。
なんで、こんな……
ゴーティエ王子には、今夜のところは終わりにして眠るという選択肢はないようだ。私は首をイヤイヤと横に振った。
「オレは貴女を手放す気などない。貴女がオレとの幸せな未来を予知できるまで、処女を奪うような真似はしないと誓おう。その程度の我慢で済むのであれば、貴女を失うことに比べたらマシだ。嫌な未来を回避するための協力なら惜しまない。だから、なんでも相談してほしい。オレと貴女は夫婦になるのだから」
「わ、わかりましたから……あっ……や、やめ……っ!」
私が承諾したのを聞き届けると、ゴーティエ王子は満足そうに笑って唇を重ねてくる。
「オレは絶対に婚約破棄などさせないぞ、ヴァランティーヌ……今宵は徹底的に快楽を叩き込んで、オレ以外に触れられたくないと思えるくらいに身体に刻みこもう。痛かったり苦しかったら、またオレを全力で蹴り飛ばせ。オレだって学ばなければいけないからな」
口づけで酸欠になってしまって、私はゴーティエ王子が何を言っているのか理解できない。でも、なにか性的によくない状態である感じは掴めた。
「あっ……ゴーティエ王子……や、優しく……して……」
うまく言葉が出てこない。とにかく激しいのはやめてほしくて、私は乱れる呼吸の合間に希望を伝えた。
ねだったつもりはなかったのだけれど、ゴーティエ王子があまりにも幸せそうに笑うので、命の危機さえ回避できるならとりあえず今は任せてしまおうかと――私は考えるのをやめた。
婚約破棄さえできれば、それでよかったはずなのに。
こんなに愛されていただなんて、とんだ誤算だ。
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