第2話 未来を見てしまったのです
「――私はおそらく、今宵の交わりで懐妊します」
前世知識を呼び出す限り、今日はいわゆる危険日というやつである。貴族階級で栄養状態のいい私は、月のものが定期的にきている。前回の月経から数えると、今はちょうど排卵日の前日に当たるのだ。
百発百中で妊娠可能というわけでは流石にないだろうが、妊娠しやすい体調には違いない。
「別にそれは構わないと思うが……。挙式に不便はあるだろうが、子どもができることは喜ばしいこと。婚約もしているのだから、手続きとして問題はないではないか?」
ドレスの乱れが気になったのか、ゴーティエ王子は喋りながら私に薄布を羽織らせた。
なんだろう、そういう気遣いがどうにもくすぐったい。
「ええ……手続きとしましては、大きな問題はございませんわ。しかし、私は懐妊と同時に病を患い、子を流してしまうだけでなく、私自身も命を落としてしまう――そういう未来を見てしまったのです」
細かい部分は違うのだが、説明したところで理解できないだろう。うまいことローカライズして結末から離れない範囲に話を作ってみた。
この世界は予言者という職業が周知されており、夢等で未来の吉凶を占うことが日常的に行われている。元々はゲームの攻略に必要な情報をプレイヤーに与えるためのギミックであるが、せっかくなので利用させてもらおう。
「未来を……」
美麗な顔が困惑に歪む。ゴーティエ王子はどうやら本気で私を案じてくれているようだ。
えっと……これは私がいきなり未来を見たなんて言い出したことに対して心配しているのか、それとも、私の言う未来を信じて心配しているのかよくわからないわね……。
「は、はい。どうも、強い恐怖が引き金になったみたいで……」
実際のところはよくわからないが、ゴーティエ王子が私が怖がっているのだと誤解しているようなので便乗することにした。強烈な違和感のことは伏せておこう。
「貴女に怖い思いをさせたことは悪かった。きちんと手順を踏んだつもりだったのだが、まだ足りなかったのだな……。初めてでも快感を与えられるように、研鑽を重ねてきたつもりだったのだが」
心の底から申し訳なく思っているらしく、ゴーティエ王子はこうべを垂れた。
ん? あれ? ゴーティエ王子って……。
「あ、あの……」
「ん? どうした?」
落ち込んだ顔がこちらに向けられる。私は薄布の前をしっかり合わせながら、ゴーティエ王子の顔を覗き込んだ。
「その……あなたさまはずいぶんと経験が豊富でいらっしゃるのですね……」
ゲームの設定では確かに童貞ではなかったはずだが、そんなに様々な女性を相手にするような男だっただろうか。
そもそも、研鑽を重ねてきただなんて、ずっと想ってきた人を前に告げる言葉ではない気がするのだが。
まあ、私はアロルドさま推しだったから、ほかの攻略対象の経歴に興味はなかったんだけどね! それに、推しの攻略の都合上、ほかの攻略対象だってある程度は覚えたけど、忘れることほうが多かったし。
浮気を疑う発言をすると、ゴーティエ王子は目を見開いて焦燥した様子で私の両肩を掴んだ。
「そんな言い方をしないでくれ、ヴァランティーヌ」
必死な顔。彼がそんな表情で迫るシーンを、私は、いや、前世の私でさえ知らない。
「オレは貴女に出逢ったその時から一途に貴女を想ってきたんだ。だから、貴女を傷つけないようにするために父上に相談し、練習用にと女性をあてがってもらった。それを不潔だと、浮気だと言うのであれば、そう罵ってくれて構わない。どうするのが最善なのか、オレにはわからなかったんだ」
えっと……そんなに動揺されましても。
今にも泣き出しそうな必死な表情は、正直ドン引きなのだけども、彼がヴァランティーヌに対して優しくしたいと願い行動していたことは伝わった気がする。
一生懸命な人を、その方法が間違っていても、今くらいは笑わないであげたいよね……正直に話してくれたみたいだし。
どんな反応をしたらいいのかぐるぐる悩んで、私は長く息を吐いた。
「――あなたさまが私をどれほど大事にしようとしていたのかは伝わりました。ですので、手を離してください。肩が痛みます」
「あ、ああ、すまない。今にも貴女がオレの前から消えてしまいそうで……怖くなったんだ」
ゴーティエ王子は私の肩から手を離してくれた。手放したくない気持ちは言葉だけではないらしく、一度離れたのにもう一度触れて、そうしてゆっくり離れていった。
彼は今日を楽しみにしていたのね……勢いで押し倒したんじゃなくて、計画を立てて準備をしてきたんだわ。
私、ヴァランティーヌとしては、親や大人の言いなりでしかなくて、ゴーティエ王子に対しても仲のいいお兄さんとしか見てこなかった。だから、恋人っぽいこととか夫婦になるためのあれこれとか実感を伴っていなかったわけで。
政略結婚なんだろうって考えていたけど、ゴーティエ王子は私を一人の女性として見ていてくれたようだと受け止められた。
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