第23話 婚約発表

「あっ、ジムくーん!」


 城の大広間。時間は夕刻。ビュッフェ形式の料理が並び、給仕たちが飲み物を配って歩いている。ドレスの淑女たち、礼装の貴族や騎士。大勢がさんざめく華やかな会場だ。

 その一角に集まっているアンサト家一行に、手を振って小走りに近づく娘が一人。礼儀作法がなっていないが、この娘の場合天然すぎて咎める気が失せるようだ。


「チェカちゃん、可愛いね」

「え、本当? えへ、えへへ」


 ジムルスが褒めると、ドレス姿のチェカナはくねくねと身をよじった。

 チェカナも貴族の娘ではあるが、本来はこんなパーティに出られるほどの身分ではない。リリシャの従者であり、旅の同行者であったための特別扱いだった。


「くっ……いつの間にか、愛称で呼び合う仲でござるかっ……!」

「せっかくのパーティだ。お前もがんばれ」

「前面に立ったウェスリド殿やジムルスと違い拙者、後方支援とは名ばかりの荷物運びでござった! 誰も拙者のことなど気付いておらぬでござる!」


 ローストされた肉を噛みしめて唸るティテリー。残念ながら本人の言う通りだった。大舞台で出番のなかったティテリーの認知度はほぼない。

 何時間もペリネイを引き付け続けたウェスリドは、涼し気な容貌もあってあちこちの令嬢から熱い視線が向けられている。とはいえ隣に立つスズルナがそれをことごとく退けていた。正妻、しかも艶麗な美女。敗北を悟った令嬢は次なるターゲットに目を向ける。

 次というのはウェスリドと二人でペリネイに立ち向かった少年従者、ジムルスだ。だがその気のないジムルスは、ハラルリクムのそばから離れなかった。

 ハラルリクムは大本命だが、そもそも王女との見合いのためにやってきた。貴族の令嬢といえど手が出せるわけがない。そしてハラルリクムを差し置いて従者に声をかけるというのも無理がある。

 というわけで、ジムルスは主を盾にしつつ食事を楽しんでいたのだ。

 忖度など端から考えていないチェカナは、知り合いを見つけて真っ直ぐやってきただけだった。


「あっ、スズさん! ちょっとちょっと!」


 チェカナがスズルナを呼び止める。チェカナはスズルナを壁際に引っ張って行き、何やら耳打ちしている。

 手持ち無沙汰になったウェスリドが、退屈そうにしているハラルリクムに言った。


「若、愛想笑いの一つもしないと」

「そう言われてもな」

「リリシャ様もそのうち来ますよ」

「……そうだな」


 ハラルリクムも一応貴族の一員だ。気を取り直して挨拶に来る者たちに応対する。やはりというか、軍人系が多い。たちまち数人がハラルリクムを取り囲んだ。

 その間に後方でスズルナがウェスリドを捕まえ、耳元で囁く。ウェスリドは一瞬驚いた顔をし、それからジムルスとティテリーの腕をつかんで内緒話に引っ張り込んだ。


「しかしそう来たか……」

「まさか王女が……」

「……陛下も……」

「とりあえず、ここは……」


 あちこちで会話の声がするパーティ会場。彼らのひそひそ話もその音に紛れていった。

 ハラルリクムが客から解放される頃には話は終わっていた。丁度奥から王が姿を見せる。

 盛大な拍手で迎えられた国王は、軽く手を上げてそれを抑えた。ずらりと並ぶ一同を見渡し、口を開く。


「皆の者。すでに知っておるだろうが、我が国はワイラ王国より卑劣な騙し討ちを受けた!」


 堂々としたその声は広間の端まで届いた。


「しかし、それはアンサト辺境伯家の働きによって見事打ち砕かれた! それもまた皆が知っておることだ。指揮官であった第四王子も捕らえてある。今後ワイラには何らかの形で鉄槌を下すことになるだろう!」


 歓声と拍手が王に応えた。国境沿いの小競り合いというにはやったことがえげつない。もし魔獣の大群が倒されることなく、モーサバー侯爵領や王都を襲っていたら甚大な被害が出ていた。まさに王国は危機にあったのだ。騎士団の手にも負えない怪物を目の前で屠った、アンサト家の功績を疑う者は誰もいなかった。


「国家の危急を退けたアンサト家のハラルリクムよ。王として其方に最大級の賛辞と名誉を与えよう。こちらへ参れ」


 呼ばれてハラルリクムは進み出て、王の前に片膝をついた。

 ハラルリクムと、共に戦った家臣たちに対して、称号や勲章、巨額の褒賞金が与えられることが発表される。こちらも拍手でもって賛同された。


「――――加えて、そもそも其方を王都へ呼び寄せた件だが」


 王が広間の奥へと目を向ける。そちらにある大きな扉を侍従たちが開いた。

 手を取り合って会場に姿を現したのは、白と赤のドレスに身を包んだ二人の姫だった。





 婚約発表。

 そう聞いた途端にリリシャは真っ白になっていた。

 これから顔合わせの見合いではなかったのか。二人はまだ会ったこともないのだ。もちろん身分高き人々にはそういうこともあるのは知っている。家同志の約束や、政治的判断のせいだ。

 だが元々そういう話ではなかったはず。でなければリリシャが異議を申し立てた時に、相手の検分をして来いなどと言われはしない。ハラルリクムはあくまで何人かの候補の中から選ばれたにすぎない。

 それが何故見合いをすっ飛ばして婚約などという話になっているのだ。

 リリシャははたと気づく。やりすぎたのだ。

 ハラルリクムは、王にも、貴族たちにもその力を見せつけすぎた。地の竜を倒し、空の竜を従えるような男を、どこの権力者が放っておくというのか。

 もう見合いなどどうでもいい。横槍を入れられる前にさっさと婚約を決めて結婚させてしまえ。

 きっとそういうことだ。辺境は危険という認識も、あの戦いぶりを見ればたいしたことには思えない。そもそももう百年、大きな問題もなく領地の運営はなされている。

 ハラルリクムは縁談を辞退すると言ったが、それは見合いの段階だったからだ。まだ内々の話。相性がよくない、姫に気に入られなかった、辺境に迎え入れる準備がない、とにかくリリシャも口添えすればきっと話は流れた。

 だが王が決定事項として婚約を公表したらそうはいかない。それは命令に等しいからだ。


「リリシャ?」


 呼ばれてはっとする。すぐそばに綺麗に着飾ったシンクレアがいて、心配そうに覗き込んでいた。


「まだ疲れが取れていないの?」

「い、いえ……」


 シンクレアはじっとリリシャを見て、嬉しそうに微笑んだ。


「大丈夫。とても綺麗よ。皆貴女に見惚れるわ」


 扉が開く。

 普段とは反対に、怖気づくリリシャをシンクレアが手を引いて歩いて行く。会場がざわめくのがわかった。


「あれは、まさか」

「リリシャ公女?」

「凛々しいお姿も良いが、今日はまたなんという美しさだ」

「これほどあでやかなお姿を拝見できるとは」


 途切れ途切れに聞こえる驚嘆の声。リリシャは落ち着かない。

 社交界のパーティにドレスで出たことなどなかった。紳士ではなく御令嬢からダンスのお誘いが来るほうだったのだ。履きなれない靴のせいか、足元がおぼつかない。

 王族たちがいる舞台より一段低いホールで、王の前に片膝をつくハラルリクムがいる。礼服も似合っているが、リリシャにはそこまでの距離がとても遠く思える。

 二人の姫を見て頷いた国王は、ハラルリクムの方へ向き直った。


「ハラルリクムよ。其方の功績に報いるため、王女シンクレアとの結婚を許す」


 ある程度予想はしていたのか、驚きの声は少なかった。防壁にいた者は王が婿にすると叫んだのを聞いていたし、こうなるのは当然だ。シンクレア姫を手に入れたい男は掃いて捨てるほどいるが、ハラルリクムと争ってまでとなると尻込みせざるを得ない。

 だが、次の瞬間会場は凍り付いた。


「謹んで、辞退申し上げます」


 跪いたまま、顔を上げたハラルリクムは王を見据えてそう言った。

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